愛しくて堪らない! 唐突だが、俺には好きな奴がいる。あと、すごく嫌いな奴がいる。いや、嫌いというのとは少し違うのかもしれない。なんて言うんだろう、そう…その嫌いな奴ってのが成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能男。そんな男が好きな奴と仲良くして、いい顔をする男なんてきっといないだろう。 その男っていうのが、やはりというか、これまたとてつもなくモテる。あのキラキラに女子が弱いということは、名前もきっとそうなんだろう。 普通に仲良し、というならまあ目を瞑ることもできる。だけどそう、何故なんだろう、あの2人はどうもこう気が合いすぎるんだ。 「山口、辞書貸してくれない?」 「はあ?名前、お前昨日も忘れただろ」 「いやそうなんだけどさー」 「どうせ寝坊でもしたんだろ」 「だって辞書重いし?」 「確信犯かよ!」 何かにつけて俺を頼りにしてくれるのは非常に嬉しい(パシリではないパシリではない…)が、その度に動揺する心臓を必死に抑えている俺はなんて格好悪いんだか。 学生の恋はなんとやら。なんとなくこのまま会話が終わってしまうのも勿体無くて、鞄の中を探る手を机上へと戻す。さて、と思った瞬間だ。 奴が来たのは。 「よ、山口」 「げっ…!」 「あ、おはよう宇海君」 きら…と効果音をつけて現れた宇海は、爽やかな笑みを浮かべていた。その顔も、その声も、俺としてみれば恐怖の対象でしかないのだが。 「おはよう苗字さん、今日も可愛いね」 「うふふ、ありがとう。宇海君は今日も格好良いね!」 「そんなことないよ、照れるぁ」 「うふふ」 「ふふ」 何気ない、冗談めいた会話。 そんなことは分かっていても、アイツが格好良いと言う度、可愛いと言う度、ぐさりぐさりと何かが突き刺さる。どうせ俺には言えっこない言葉。だらだらと汗ばかりが伝うような気がした。 「山口と何話してたの?」 「辞書貸してって言ったんだけど、山口がなかなか強情でね」 「じゃあ、俺の貸してあげようか?」 「ちょっ…!」 「本当?じゃあ、お願いしようかな」 にっこり、にっこりと。 なんて絵になる図だろうか。って、なに勝手に話を進めてるんだこいつら!会話に割って入ろうと、がたっと音を鳴らし椅子から立ち上がった。 「じゃあさ、苗字さん、あとでモデルになってくれない?」 「ちぇ、やっぱり条件付きか。なんの?」 「美術。課題まだ書き終わってなくて」 「ジャンルは?」 「うーん…とりえあずヌードかな」 「うふふ、初めてだから不安だなぁ」 「ちょっと待てっー!」 な、何言ってんだこいつら…! 駄目だこいつら早くなんとかしないと…!お前ら普段からそんなはっちゃけた奴じゃないだろ。なんでノリノリなんだよなんでこう2人揃うとそうなるんだよ…! ぜえぜえと息を切らし、集まったクラスの視線を避けるように、2人の顔を見た。宇海は驚いたように目を見開いていて、名前は呆れたようにため息をついた。 「もう、どうしたの山口。煩いよ」 「どうしたんだ?」 「どうしたじゃねえだろ!」 宇海にその気があるのかはどうか分からないが、こいつらの会話がどこまで本気かさっぱり読めない。冗談じゃない、ねーと笑う2人の横で、ため息をついて椅子へ座り直した。恋って、こんなに疲れることだっけか。 ああもう正直に言おう。単純に、宇海に名前が取られるのが怖くて仕様がない。名前が宇海に惚れるのが怖い。恋に障害はつきもの?雲上人だぜ?この壁は高すぎるだろいくらなんでも! 「そういえば最近、新しく喫茶店できたの知ってる?」 「あ、知ってる。あの綺麗なところでしょ?」 「そうそう!皆で行かない?」 「本当!?」 こんな悩殺もいいところのスマイルで誘われれば、女子なんて一発KOだろう。どうせ名前もそうなんだろ…、そう思って見た彼女は、あ、と何かを思い出したように口を開いた。 「だけど、今日って山口委員会だったよね?」 「…ああ」 くそっ、なんてことだ。 宇海がいるとはいえ、折角放課後まで一緒にいられるチャンスだったのに。ああ、なぜあの時ジャンケンで負けた!あのひと勝負に勝っているだけで、今頃俺はなんの邪魔もなく名前と…! 「…そっか、残念だね。じゃあ、2人で行こっか」 「そうだね」 ちょっと待てそれって、2人きりってことじゃねえか…!あまりにも簡単に作られてしまった状況に、空いた口が塞がらなかった。 やばい、これはもう委員会とかそういう場合じゃない。絶対に阻止しなくちゃならねえ!というか、俺を置いていくこの遠慮のなさ。 とってつけたような文句でも、とにかく何かしらをと思って口を開こうとした。 「その喫茶店、俺の家から近いんだ」 「へぇ!いいな」 「そうだ、よかったら帰り寄ってくかい?」 「え、いいの?」 「あ、なんなら泊まってく?」 「うふふ、楽しい夜になりそうね」 「うわあっーー!!」 勝負放棄ではない。途中休憩というやつだ。 もう、無理無理絶対無理!こんな会話聞いていられない、くそっ、宇海のバカ野郎!名前のアホ! だけど、教室を飛び出した俺を迎えに来る彼女の笑顔で、やっぱりどうしようもなく好きだと実感してしまうオチ。どうせ溺れてるよ! 愛しくて堪らない! (…苗字さん本当に山口が好きだよね) (やだなぁ、宇海君だってそうなくせに) ((あいつって本当におもしろい…)) 20120202 ← ×
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