その告白待った!

通いつけの雀荘から、ほど良い勝ちを収めての帰宅途中。豪快な勝ちは煙たがられる、との天さんの言い分を気にしての結果だ。本当だったらもっと勝ちを拾えた。まあ、前のとこのように出入り禁止にされても敵わないから、これでいい。

小さくため息をついて夜道の街灯を浴びていた。今日はいつもと違う道でも通ってみようか、気晴らしにでも。
ぶつかりそうになる人を避けながら歩いていくと、居酒屋の宣伝や車のエンジン音とは別に、やたらと耳障りな声が耳に転がってきた。

(喧嘩か…?迷惑な奴だ)

大の男がやたらと叫んでいる。偶に呂律が回っていないところを見ると、ありゃそうとう酔ってるな。男の言葉の調子からして、間違いなく喧嘩をふっかけた方だ。相手も気の毒な。
馬鹿馬鹿しい、路上で騒ぐなよ。本能的に目を逸らそうとした、が。


その酔っ払いの喧嘩相手と思われるソプラノ声に、絶句した。


「だから!私が何したって言うんですか!」
「ああ?!ぶつかっといて何もねえってのか!?」
「謝ったじゃないですか!」
「酒も溢れた!」
「飲み歩きする方が悪い!」
「靴も踏んだ!」
「踏んでないです!」


名前さん…!!


何してるんですか貴方…!
ただでさえ華奢な彼女の姿が、目の前に立つ男との比較でより小さく見えた。
肩には、随分見慣れた小さめの鞄が下がっている。本人が意識しているかどうかは分からないが、あの鞄ってことは…雀荘行ってたな名前さん。しかもその中には、分厚い札束が入っているはずだ。



と、とにかくこれはまずい。
いくら名前さんと言えども、大の男に敵うわけないだろ!いくら腕がよくたって、それ麻雀だけだから!アンタ女なんだぞ!

苛立ちとも焦りとも取れる感情が、ぐるぐる脳内埋め尽くす。
しかしそこで冷静に、俺一人じゃ止められないという事実が突きつけられる。くそっ、情けない…。そうぼやきつつ、必死に当たりを見回すが、とても頼りになりそうな人はいない。お前らなに避けてんだよっ!!


頭のどこかでは、まあ、避けて当然だということは分かっている。面倒事はなるべく敬遠したい。俺だってそうだ。…だけど、事態に憧れの人が関わっていたら別だろう。

とにかく誰か、その言葉ばかりが口から零れそうになっていたが、彼女が男に突き飛ばされ、地面に投げ出されたのを見た瞬間、ぷつんと何かが切れた。



やってしまった…。


気がつくと、言い争いの当人達の間に入り込んでいた。当然のように、「ああ?」とひどい睨みを利かされる。うわ、酒臭っ…!


「ひ、ひろ君?!」
「名前さん、一体何やってんですか!」


ポカンと俺を見上げる彼女に、どうしようもなく何か言ってやりたくなって、人目も気にせず馬鹿ですか!と怒鳴っていた。
一瞬口を噤んで目を逸らし、もごもごと何か言いたげに彼女は視線を戻した。どことなく強気に。


「だってこの人が…!」
「だってじゃない!」


ここまで彼女に強気に出るのも、考えれば初めてかもしれない。再びうぐっと怯む彼女から向き直り、避けられない状況へと頭を切り替えた。名前さんが酔ってないことが唯一の救いというか…まあいい、お説教はそれからだ。

つっても俺、どうすんだよこれ…?!


「ああ?なんだ兄ちゃん?」
「な、何が理由か分かりませんけど、相手は女の子ですよ!このへんにしたらどうですか」
「はあ?!」


怖いよ。普通に怖いよ。
本物より怖いよ…!!沢田さんの笑顔が頭に過ぎり、世界は広いんだと実感した。

救いなんてない。
これもう、どうにもならないだろ…!
そういえば、俺達って結構カモなのかもしれない。やばいよ、二人して大金持ち歩いてるよ。だらだらと流れる汗に、拳を握り直した。
駄目だ、逃げるしかない。
相当酔ってるんだし、上手くいけば大丈夫だろう。

ぐちぐちと言葉を放つ男の前で、冷たい夜の空気吸い込んだ。そして、遠くを見つめ、通り越した先へ。


「お巡りさん!こっちです!」


ベタな逃げ方だけど、こんなのしか思いつかないよこんな状況じゃ。想像以上に勢い良く振り向いた男に希望を見出して、彼女の手を取った。慌てた声を上げる彼女に、逃げますよと手を引いたのは良かったが、そこで希望の糸は切れた。

歩道の割れ目に、躓いた。
俺じゃない、名前さんが。


ああ、終わった。
気づいた男がすごい形相で睨んでる。ご丁寧に拳まで振りかぶって。
諦めがつくと、なんかもう逆に清々しい。そうだよ、うん。いいじゃないか。憧れの人の守って倒れるんだったら、男として本望だよ。

迫る拳。名前さんを後ろへ押し、歯を食いしばった






直後、鈍い音が響いた。

瞑っていた目を開けると、無残にも先ほどの男が倒れているではないか。
目の前にいるのは、既に別の人物だ。見慣れた白いスーツを見上げていくと、夜風にその特徴的な白髪が揺れていた。


「随分と男前じゃねえか…ひろ」
「あ、赤木さん…」


なるほど、さっきの音は…。
もう一度その男を見ると、ああ、おそらく顔面に食らったんだろう。赤木さん、腕っ節も半端ないんだな…。危機を脱したことに胸をなで下ろしていると、視線の先で男がふらりと立ち上がった。さぁーっと、血の気が引いた。

しかしどういうことだろう、途端俺の様に顔が青ざめ、そそくさと逃げていってしまった。…赤木さんどんな睨みを効かせたんだよ…。向き直った普段の表情に、へらりと笑みを浮かべておいた。


「ありがとうございます、助かりました…」
「なに、女の盾になるたぁ、やるじゃねえかひろ」
「ハハハ…。あ、名前さん。大丈…」


ざわ…


なんだ…この熱っぽい視線…?!分かるぞ、この暗さでも、ほんのりと赤く染まった頬も…うっとりと細められた瞳も…!

嫌な予感が、全身を駆け巡った。


「大丈夫か?嬢ちゃん」
「は、はい!ありがとうございました!」
「礼はこっちにな」


両手を胸の前で組み視線を逸らさない名前さんを見て、もう確信に変わった。
勝ち目、ないよ。絶対。


「あの…お名前は?」
「ん、こんな爺の名前知ってどうするよ?赤木しげるだ」
「赤木さん」
「なんだ?」
「結婚してください」
「ハ?」


世界は不合理でできている。



(…ひろ、なんだこの嬢ちゃ…っておい、お前なに泣いてんだ)
(それでも赤木さんを慕ってます…)
(ハア?)




20111229








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