感情の定義

「赤木さんにとって、楽しい時ってどんな時ですか?」

「……。」












「ま「あ、麻雀以外でお願いします」……。」


困ったように頭を掻くその姿から目を逸らさずにいると、一応答えを考えてはくれているのか、赤木さんは静かに目を伏せた。手元で静かに揺れる紫煙が、窓を出て夜空へと伸びていく。頬に当たる夏の夜風は、少しだけ煙草の香りがした。


「…ひろ、そこの饅頭取ってくれねえか」
「あ!赤木さん逃げましたね!」
「あれ?赤木さん甘いもの好きでしたっけ?」
「俺じゃねえ、こいつだこいつ」
「私ですか!あ、ありがとうございます」
「名前さん、もう夕飯なんですからほどほどにしてくださいよ」
「うーん…夏は素麺だねえ」


天さんのお嫁さんの手伝いに戻ったひろ君のエプロンが、ひらりと揺れている。妙に似合っていてなんだかちょっと面白い。
皆で夕飯だ!素麺パーティーだ!なんて天さんの言葉で皆集まったわけだけれど、それだけじゃ味気ないでしょと、なんと天さんのお嫁さん方が急遽天ぷらまで揚げてくれているのだ。素敵なお嫁さんです。感謝の気持ちでいっぱいです。

天ぷらも楽しみだけれど、お饅頭もとっても美味しい。餡子の甘さににやけていると、赤木さんが小さく笑っていた。


「しかしまた、随分ぶっ飛んだ質問だな」
「なんとなくですよ」
「そうだな…、俺には分からねえな。楽しいことなんざ、この世にゃ五万とあるからな。逆もそうだ」


天さんもひろ君もそうだ。偶に彼らが見えているものが羨ましく思うときがあった。赤木さんには特にそうだ。きっと私では見えないどころか、その存在に気づけないものでさえ、この人には多分見えているのだろう。
それは一体どんな世界なのだろうか。綺麗な色をしているだろうか。


下げられた風鈴が音を立てた。


「まあ、そうだな」


ゆらゆらと立ち上る紫煙が形を崩し、静かに消えていく。明るい室内から暗い夜空へと伸びるその白は、色を変え消えていく。



「俺は、お前といると楽しいよ」



奥のキッチンから、がしゃーん、きゃーっ!なんて声が響いてくる。あらら、なんて笑う赤木さんの笑顔がとても暖かった。だから私は、緩む口元に気づかないように、静かに目を細めるしかなかった。


「私は、赤木さんがいないと寂しいですよ」
「おお、奇遇だな。似てるな俺達」
「違いますよ」


そう、違うんだ。全然、どこも、似てるはずがないんだ。
私にとって嬉しいことが、赤木さんにはどうでもいいことかもしれない。私にとって大事なことが、赤木さんにとっては興味もないことかもしれない。そんなの、人それぞれだもん、当たり前なのに。


(少しだけ、寂しく感じてしまうのは…)


我が儘も、いいところですよ。



「全然違いますよ」



赤木さんの見える世界を想像して、小さく笑ってしまった。私では、楽しいのかそうでないのかすら、分からないのかもしれない。
いつか、その目で見える世界に私は行けるだろうか。




「…名前、手出してみろ」


赤木さんの言葉に疑問を抱きながらも、言われた通りに右手を差し出した。同じように出された赤木さんの右手が、緩く拳を作っている。


「赤木さん?」
「じゃんけんっ」
「え、うえ!?」
「ほい」「ぽんっ」

「「……。」」

「…お前の勝ちだな」
「は、はい…」


赤木さんの拳の横で、私の右手は開いていた。


「名前」
「はい?」
「今、嬉しいか?」
「…はい!」


勝負事もそう人生もそう。貴方のようになりたかったんです。
貴方といるだけで、幸せだと思えるんです。





(…勝ったご褒美に赤木さんの分のいか天くれますか?)
(そりゃあ無理だな)






「二人三脚」企画提出作品
20120715








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