「あ、条ちゃんだ」
「よぉ」
「ただいま」

自室の扉を開けてまず目がいったのは、堂々とベットに腰掛け我が物顔で漫画片手におかえりと言うひとつ年上の幼馴染だった。
我ながら慣れたもので、別に今更無断で部屋にいようが驚きはしない。お隣さん、というやつである。家族ぐるみの付き合いであるから、居間で寛いでいる母さんも全く気にしないどころか、ここへ通したのはまさしく母さんだろう。


「これ、続きないのか」
「新刊出てたかな…?まだ買ってないけど」
「ふーん」


そう言って条ちゃんは、ベットに腰掛けたまま器用に手を伸ばして本棚へと漫画を戻した。制服姿なところを見ると、条ちゃんもまだ学校帰りのようだ。


「忘れてるだろうから言っておくが、夕飯食べてくからな」
「あ、そうなんだ。おばさん達は?」
「出張だよ」
「あーなるほど」


中身の少ない鞄を机の脇にかけ、向かい合うようにして椅子へと腰掛ける。
こんな風に、条ちゃんこと一条聖也が我が家で夕食を食べていくのは珍しくない。小さい頃からそうだ。高校生になっても、それは変わらない。私も条ちゃんもそれなりに料理はできるけど、なにより一緒のほうが楽しいし、母さんもおばさんも喜ぶ。特に母さんは条ちゃんのこと大好きだ。(…条ちゃん昔から紳士的だし、美形だし)


そういえば、本人達は否定するが条ちゃんとカイジは仲良しなんだとか。カイジが留年するまではいろいろと勝負を繰り広げたらしいが、逆に勝負になったのか気になるところだ。


「そういえばこの前村上さん購買で見た」
「あぁ、俺が買いに行かせた時だな」
「行かせたんだ」
「ついでだついで。なんでもいいって言ったら、アイツ何買ってきたと思う?」
「無難なら焼きそばパンとか…?」
「食パン」
「それは…」


お気の毒に、と言いう言葉を最後までは出さず、簡単に思い浮かんだその絵に小さく笑いを零してしまった。村上さんは、我儘な条ちゃんを面倒見てくれるとてもいい人だ。



「今日、条ちゃん機嫌いいね」
「あ?」
「微妙に笑ってる」
「そりゃあお前の機嫌がいいからな」


ククッと笑いを零すその姿に首を傾げると、「微妙に笑ってる」とそのまま返された。ぺたぺた顔を触ってみるが、自分ではよく分からない。


「嬉しいことでもあったのか?」
「…あ」


思い出した彼の顔。気がつくと、じんわりと顔が熱かった。こうした熱はどうすれば下げられるのかなど、そういう経験に乏しい自分には検討もつかなかった。そういう隙を、目の前の男は昔から見逃さないんだ。


「へぇ、図星か」
「…いや、条ちゃんが期待するのとは少し違うけどね」


視線を逸らしながらそう口にしても、変わらず条ちゃんは品の良い口元をにやにやと歪めている。しかし、次にその口から繋がれる言葉で一気に気分は急降下だ。


「コウ、明日の放課後空いてるか?」
「ん、空いて……なかった…」


熱は消え去り、どっと疲労感が襲ってくる。…そうだ、明日は補習だ。皆で仲良く。話を聞くと、そのあとには再テストもあるそうだ。恐らくこの前の豆テストが原因だから…数学か。


「補習」
「補習?」
「…カイジ」
「あのクズ…」
「…アカギ」
「あぁ、アイツか」
「…と、私」
「はぁ?」


呟きにも似た言葉に表情を崩し、条ちゃんは呆れたというよりは驚いたといった顔をしている。整った顔が台無しじゃないか。崩したのはどいつだ。そう言われてしまえば、目を逸らすしかなかった。

やれやれと言って肩を竦めた姿は、それでもやっぱり絵になっている。


「お前いつまで遊んでるつもりだ?」
「別に遊んでないよ」


責めているわけではないその視線は、なんだか見慣れてしまっていて、全然笑うところでもなんでもないのに小さく笑みを浮かべてしまった。


ため息をついた条ちゃんが出した条件。せめて、"再テストで満点だったら駅前の新作ケーキ奢り"のためにも少しは頑張ろうと思う。



「少しじゃない全力だ」
「あ、すいません…」



20120221








×