4 「わっ」「あ、」 誰かの声が自分のそれと重なり、間もなく続いたばさばさという音に手元が随分と寂しくなる。 ああ、やってしまった。 すいませんと口にしてしゃがみこみ、無駄にばらばらと広がってしまったノートへと手を伸ばす。廊下の曲がり角だなんてよくある話だが、お互い派手に転んでしまったわけでもないので、周りの注目を引いたのは一瞬だけだった。 申し訳ないなぁなんて思っていると、視界に男の子と思われる日に焼けた腕が入り込み、反射的に顔を上げた 「「……。」」 ら、そこにいた人物に体が動かなくなった。 (が、涯君だ…) 表情筋が固まると裏腹に、顔に熱が集まっていくのが分かる。日に焼けた肌や、右頬の火傷、ほんの少しつり上がった瞳。一気に視界へ入り込んだその全てに、頭の中だけは冷静に情報を整理していく。一方急な出来事に追いつけないのか、妙な高揚感と気持ち悪さが体を蝕んでいった。 お互い似たような表情で数秒視線を合わせた後、これまた同じように視線を下へと落として目的のものを拾い上げ立ち上がる。 「…わ、悪い」 「いえ、こちらこそ…どうも」 無駄に重い首は上げず、結局そのまま顔も見ずその場を立ち去ってしまった。今、まさに本能で動いたような気がする。 話してしまった…。麻痺してきたのか微動だにしない表情と、じんわりと熱い胸に急かされながら自然と早足になる。 だからこそ、宇海君とすれ違ったことも、その後すごい形相で睨まれていたことなんて、知る由もなかった。 ◇◇◇ 「なんか最近暇だよなあ」 「勉強しなよカイジさん」 「勉強しようよカイジ」 「ぐっ…!お前ら…!」 いつも通りの帰り道に、いつも通りのカイジのぼろっ…ぼろっ…が響く。暇と言うわりに、ノートを貸してほしいなんて珍しいことを言ってきたのは、一体どういうことだろう。 お詫びも込めてポケットから探り当てたキャンディを差し出すと、肩を落としながらも受け取ってくれた。小さな包み紙が剥がされていくのを眺めていて気づいた事実に、あ。 「そういやコウ、って辛っ!」 「ごめんカイジ、それあれだった、興味本位で買ってみたやつだった」 「なんてもん食ってんだお前!」 「いや、一個で諦めた」 「じゃあ持ってくんなよ!」 ひーっと息を荒くしているカイジの横で、アカギがちょいと手を差し出してきた。食べたいと一言言うので、まだ残っていたひとつを手に乗せると、包みを取り躊躇いなくそれを口に放り込む。私とカイジの視線が突き刺さる中、アカギは一言。 「不味くはない」 「味じゃねぇだろ…」 「(需要あるんだ…)」 味覚についての話で少し盛り上がったあと、もう食ってかかる気力もないのか、若干涙目になっているカイジが、そうだ、と口を開いた。 「コウ、明日のやつ俺もだった…」 「明日?何かあったっけ」 「はぁ?お前が言ってたやつだよ、補習」 「……補習?」 そんなこと話したかな。 …あった。飛び込んだ記憶の海に、ひとつだけ思い当たることがあった。 「……現実になるとは」 「何か言ったか?」 「なんでもない」 「ククッ…留年に続き補習とは、やるねカイジさん」 「アカギ、お前もだぞ」 「あらら」 話がどこまで本当になってしまったのかは分からないが、三人揃ってとは笑い話もいいところ。 二人で肩を落とす中、アカギの口元から飴の砕ける音が虚しく響いた。 20120218 ← ×
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