3 「カイジ構えた?アカギーいいよー」 「よしっ、来いアカギ」 バ シ ニ ッッ 「ストラーイク」 「ちょちょちょちょと待て!なんだ今の球!?」 「フフ…なに、今のはほんのお遊び。次、行くよカイジさん」 「バッ…!打てるわけねぇだろそんなの!」 「倍プッシュだ」 「だ」 「"だ"じゃねーよ!しかもなんでお前は普通にキャッチできてんだよ!」 「余裕。あ、カイジ次打てなかったら帰り荷物持ってね」 「はぁ!?」 「いやぁ、辞書は重くて大変でしてね…早く電子辞書買おう」 「知らねえよ、んなの!」 「見てな、凍りつかせてやる…」 「やめろっー!!」 「あいつ等ってなんかこう…妙な盛り上がり方するよな」 天気も良い、なんてことないお昼休み。 校庭に向け呟かれた言葉に顔を向けると、3人の生徒が野球をしている姿。別校舎へと続くこの渡り廊下から、校庭はよく見える。前方を歩く言葉を漏らした男子、山口の言う通り、確かにこう、テンションの違いというか、3人の纏う雰囲気から統一性のなさが滲み出ており、異様な光景だった。 バットをひたすら振っているのは、俺もよく知ってるカイジさんだ。カイジさん、相変わらずだな…。昔からどこかお人よしだった彼の姿が自然と思い浮かび、苦笑いを零してしまった。そもそも、人見知りだったカイジさんがあんな風に誰かと一緒にいるのも珍しいといえば珍しい。 ついに乱闘でも始まるのか、バットを投げ出したカイジさんが白髪のピッチャーに向かって走り出した。周りで小さく笑い声が起こり、ゆっくりになっていた足をそれぞれが動かし始める。俺もそれに合わせ一歩踏み出したところで、隣の彼が微動だにしていないことに気づいた。 「涯君?」 気づいてない? 真っ直ぐに一点を見つめる彼の視線を追いかけると、一人の人物にたどり着いた。右手にグローブをつけ、小さく笑みを浮かべている女の子に。どうしたんだろう…と思ってもう一度涯君の顔を見て、思わず目を見開いてしまった。 「涯君」 「…え、あ」 「遅れちゃうよ、行こう」 「あ、わるい」 ああ、嫌だな。目には見えない、それでも確かに内側で広がる不快感に拳を握り締めた。嫌だ、嫌だ。じわじわと滲む感情がなんなのか、我ながらよく分かっている。 涯君は、あの子が気になるんだ。 ◇◇◇ 「あの問題、何にした?」 「4番」 「えーっ!4かよー!俺3だ…」 「あははっ、ドンマイ」 「やっぱ零は違うなー」 いろいろ調べて分かったこと、彼女は水野コウさんというらしい。カイジさんと同じクラスだ。帰宅部で、成績はそこそこ。最初は無表情な人だな…と思ったけど、そうでもなかった。気だるそうな姿に、淡々とした口調。これが特徴だろうか。 もう一つ分かったこと。 彼女も、涯君が気になるようだ。 ああ、最悪だ。 ふざけろ、馬鹿野郎。胸に鬱積していく苛立ちは表情に出さず、前に座るクラスメートへと笑いかけた。話によると、先ほど行った豆テストには再テストがあるらしい、初耳だ。 「どうしたらそんなに頭良くなんだよ」 「そうでもないよ。普通に勉強すればいいだろ」 「それができりゃ苦労しないっての」 「バーカ、お前が雲上人と肩並べようってのがまず無謀!」 「ひどっ!」 何言ってんだよ。その言葉には蓋をして、湧き上がる笑いに俺も混ざった。無謀ってなんだよ、無謀って。楽しげに上がった口角の内側で、何かがびしびしと硬くなる。見えていた世界が、途端に色褪せる。…雲上人か。 一通りの答え合わせが終わるとクラスメートは席へと戻り、理由もない苛立った気持ちのまま教科書を広げた。指先が静かに動くことに、少し嫌気が差した。 それから数分もしないうちに、廊下から聞き覚えのある声がした。視線を向けると、女の子と一緒に歩く、水野さんの姿。 涯君を見ると、気づいていたのか、彼もシャーペンを握り締めたままそっちを見ていた。 ぐしゃりと、右手がページの端を握りつぶす。 涯君、嫌だよ涯君。警報だなんてそんな派手なものじゃなくて、もっと不快で、静かにじわじわと侵食していく感情。 俺には君が必要なんだ。ひとりにしないでくれ。 『 』 あの時俺を見つけてくれた君が、誰かのもとへ行ってしまうなんて嫌だ。嫌だ、嫌だ。 そうだ、行動しなくちゃいけない。 幸いにも、彼女はお喋りなタイプではない。 彼女は涯君が気になるみたいだ。 涯君は彼女が気になるみたいだ。 知っているから、俺が止めなきゃ 「話したいことがあるんだけど、放課後空いてるかな?」 20120216 ← ×
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