屋上に足を踏み入れたら、別世界へ来てしまいました。


ざっくり表現するなら、今まさにそんな感じだ。兎どころか別に誰かを追いかけてきたわけでもないのに。
宇海君の印象が自分の中でどんどん塗り替えられていくなか、当の本人の言葉は右から左へ、といった具合で。


「水野さんは知らないかもしれないけど、涯君って真面目で優しい奴なんだ。特に相手の気持ちを、無下にしたりはできないんだよ。相手の好意には、自分の意志とは関係なく答えちゃうような、ね」
「はぁ…」
「分かる?それって、水野さんの場合でも当てはまるんだよ。罪悪感感じちゃうんだよ。そんな風に困る涯君、友人として見てられないんだよね」



だから、諦めて?と再度言われても、えっと…。彼の言い分は何だか、若干誤解があるような気がしないでもないのだが。まず涯君のことだが、今すぐにでも私が想いを伝えに行ってしまいそう、な。涯君とは話したこともないし、一方的な感情だ。しかも、そんな甘いものではなくて、本当にただ、話してみたいというだけ。


(なのに…)


と思って彼の目を見るが、それでもと捲し立てられてしまうのは雰囲気で察しているので、言葉は慎重に選ばなくてはと思う。


「分かってくれた?」
「このこと、涯君は…」
「ああ、知らないよ。俺の独断」
「え…?」


ぱちっと数回の瞬き後、少しだけ、本当に少しだけ生まれた反抗心。なんだろう、こう、理不尽というか。あまり一方的に言われ続けるのはおもしろくない。張り付けただけの笑みに、ただ疑問が口から溢れた。



「なんでアンタにそんなこと言われなきゃ…」
「分かんねぇの?望みないって言ってんだよ」



あれ?と思う間もなく、彼の表情は笑顔から一転。無表情から放たれた言葉は口調すら変わって、初めの印象を完全に消し去った。…そっか、彼のきらきらは、噂だけだったのかもしれない。
なんだろう、ムカツク。胸の真ん中がもやもやとし始め、顔を顰めてしまった。そうすると、私の視線に気づいたのか、宇海君がやっと体から離れる。久しぶりにも思える太陽がじりじりと熱く感じた。



「迷惑とは言わねぇけど、水野さんとしても、涯君を困らせるのはどうなのかな」
「…なんでそんなに必死なの?」


問うた疑問の答えはなんとなく想像がつく。
宇海君は、多分、まあ、そうなんだろう。いや、だからといって彼を見る目が変わるわけでもないのだけど。涯君も愛されてるなぁ、と視線だけ空を仰いだ。



「今失礼なこと考えてるだろうけど、全然違うから。馬鹿じゃねえの」
「…。」


失礼か、ごめんなさい。


「ただ俺は、…涯君を困らせてほしくないだけさ、友人として」


今更だけど、なんでこう突っかかるかなぁ。私と涯君なんて、接点もないし。それに涯君だって、そもそも私のことなんて知らないだろうし。…そんなに私の存在は嫌な意味で目立つのだろうか。ふい、と視線をずらし、とりあえず分かった事実を口にした。


「…随分嫌われてるみたいだ」
「別に、嫌いではないよ」
「…ふーん」


教室で宇海君のことを気にしてた子がいたけど、見せてあげたいよ今の彼を。…あぁいや、逆に見なくて良かったと思うべきかもしれない。
人は見かけによらない。



それじゃあ、よろしく。なんて言葉を残して屋上から立ち去った宇海君の背中を見つめ、深いため息をついた。なんだか、変なことに巻き込まれてしまったのかもしれない。





◇◇◇




「なあ、」
「何?」
「いや、あの…け、結局昨日どうだったんだ?」


あからさまに眉を顰めると、カイジは一瞬怯んでから、き、気になるだろ!と正直な感想を述べてくれた。教室で美心にした話を一語一句変えることなく、口にする。


「…前のテスト、結構ひどかったみたいでさ。補習で勉強見てやってくれって、先生からの差し金」


宇海君頼まれちゃったみたいで。同学年なら身に入るだろ、と。当然断ったけどさ。そう言えば、納得したようにカイジはあー…と声を漏らした。中途半端にリアルで、こんな話題なら他人事ではないだろうから。

別に、人に言うような話題ではないし。自分も、なんて言っていいのか分からないし。



そんな会話をして廊下の角を曲がれば、話題の人物の姿があった。昨日あんな一件があれば、今まで気にもしていなかったのに、一気に視線が持っていかれる。そういえば、確かに普段から涯君の傍で見かけたかもしれない。同じく、彼も移動教室のようだ。(…が、涯君はいない)



バチッと、視線が合った。



必然、目指す場所が反対側故、彼との距離が縮まっていく。だけど、別に話すことがあるわけでもない。まず視線を逸したのは宇海君のほうで、別に私も何も思わなかった。


「お、零」


すれ違った直後。カイジの声に宇海君が振り向いた。つられるように私も振り向く。


「あ、カイジさん!おはよう」
「よお」


知り合いだったな、そういえば。妙な絵面に納得していると、そのキラキラした瞳がこっちへと向いた。



「水野さんも、おはよう!」



(この野郎…)

にっこり、と。
確かに、きらきらとしていた。


(なあ零…その補習俺は免除でいいんだよな?)
(え?)




20120130








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