1 自分は、極々平凡な人間だと思っている。 性格、可もなく不可もなく。容姿、好みによる。運動、あまり好きではない。ああ、美心に指摘された社交性の足りなさは多少気にしてる。あと、気力を感じられないってのはどうなのそれ。 それ故というわけではないけれど、クラブに所属しているわけでもないし、交友関係が広いわけでもない。 だからこそ、奴ら以外の男子から声をかけられただけでも、驚きだというのに。 「水野さん、話したいことがあるんだけど、放課後空いてるかな?」 「…は、はあ」 ありがとう、それじゃ放課後屋上で待ってる。と言って教室を出て行った彼の背中を、自分でも分かるくらい間抜け面で眺めていると、横で一緒に話を聞いていた美心が半ば興奮気味に机を揺らしてきた。 「ちょっとコウ!今のってC組の宇海君じゃない?!」 「そうだね…」 「キャーッ!すっごい!絶対告白だよ告白!」 「はあ…」 宇海君といえば、容姿端麗、学年の首位ときて雲上人なんて呼ばれている存在だ。噂通り、その笑顔にきらきらと星が舞っていた。 はて、そんな彼が用だなんて一体何事だ。会話はもちろん、目が合うことですら今が初めてだったというのに。 「ねえ、どうするの!」 「…え」 「放課後に屋上なんて、告白しかない、よ!」 「いや…まだ決まったわけじゃ…っておいおい」 駄目だ、聞いてない。そんなことない!と胸の前で腕を組みこれまた宇海君とは違った星を飛ばす彼女に、今は何を言っても無駄だろう。 「何騒いでんだ」 「あ、カイジ君聞いてよ!コウが呼び出されたの!」 「ハ?また何かしたのか?」 「違うよ、男の子だよ!C組の宇海君」 「え、零?」 「ん、カイジ知り合い?」 「ああ、まあ」 「告白よー!絶対!」 「こ、告白?!」 信じられないという目を向けるカイジに眉を寄せるも、気持ちは分かる。 なにやら2人の間で始まった議論を聞き流し、宇海君の出て行った扉を一瞥すると、視界の隅で白い何かがもぞもぞと動き始めた。 「…どうしたの?」 「アアア、アカギ!ちょっと聞けよ!」 「おはようアカギ君!あのね、コウが男の子に呼び出されたの!」 「…呼び出し?」 まだ少しぼんやりとした瞳に映る自分が、瞬きでぼやけた。微動だにしないアカギは、無言で何かを考えているようだ。少しの間。考えがまとまったのか、口がゆっくりと。 「男…?」 「まあ、うん」 「…一人?」 「え?うん」 「…じゃあ、気を付けないと」 「?」 「アカギ、お前何言ってんだ?」 「…え?喧嘩じゃないの?」 「違えーよっ!!」 なるほど。 喧嘩か、どうだろう。 告白というには、なんというか、こう。 視線に気づいて振り向くと、目の合った女の子が慌てて背を向けてしまった。…地味に悲しいな。宇海君の人気ぶりは分かったけど、大丈夫、きっと君の心配するようなことではないよ。 「もうコウ、嬉しそうにしなよ!」 「うーん…」 「相変わらず気の抜けた顔してんな」 「…カイジには言われたくないなぁ」 「ちょ!」 「武器…いる?」 「だから違えって!」 あまり良い予感がしない。 きらきらの宇海君の目が、ひどく冷たかったことを思い出す。 何かまずいことしちゃったかな、でも初対面だよな。何度も確認しているうちに、刻々と時間は過ぎていった。 ◇◇◇ 「騙された…」 「何が?」 視界いっぱいに広がる宇海君の背後から太陽が覗き、背中に当たるコンクリートの壁を指先でなぞってみると、ひんやりとした感触が伝わった。 何故こうなってしまった。足取り重く硬い扉を開ければ、青空の下、既にそこにいた宇海君がにっこりと手を振った。絵になるなぁ、なんてぼんやりと思いながら足を進め、急にごめんね、いいよ別に、そんなありきたりな会話を繋いでいった。 どこか淡々とした口調から、感情が篭っていないのが伺えてしまった。 気まずさ故に視線を逸らしたところで呼びかけられ、彼に向き直った時には、肩から伝わった勢いに流され、背中に衝撃が走って、いて。 (何故……) 皺一つないない学生服から伸びる、見た目よりもしっかりとした彼の腕で両脇は塞がれ、脱出経路はなさそうだ。まさか初対面の彼を蹴り飛ばすこともできるはずなく、付きたいため息を飲み込んだ。 それにしてもこの状況。 ああ、殴られるのかなーもしかして。 居心地の悪さと恥ずかしさに宇海君の顔色を伺うと、にっこりと笑みが。 「水野さんって、涯君のことが好きなんだよね?」 「っ、え」 聞いた名前に、反射的に顔が熱くなった。近さ故鼓膜がぞくりと震える。何故、彼がそんなことを知っているのか。突然すぎて否定できなかったのを肯定と受け取ったのか、冷たさを凝縮した宇海君の笑みが濃くなった。 「話したかったことは、そのことなんだ」 「……え?」 「単刀直入に言うけどさ。諦めてくれないかな?涯君のこと」 (はい……?) 理解よ早く追いついて 20120118 ← ×
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