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これは失敗だったかもしれない。

目の前にある山は、盛り盛りの生クリーム。デラックスという名にふさわしいチョコレートパフェは、既に晩御飯で満たされてしまったお腹に、え、本当に食べるの?とまるで訴えかけているようだった。

しかし、食べたかったのだ。
…食べたかったのだから仕方ない。

お姉さんが笑顔で伝票を置いていった後、もう一度「いただきます」と手を合わせる。そんな人知れず気合を入れている私に、気づいているのかそうでないのか、目の前の条ちゃんは優雅にコーヒーを啜っていた。

「にしても、やっぱり流石だな」
「ん、パフェが?」
「期末テストだよ」


夏休みに入り、何事もなく毎日は過ぎていた。今日はというと、仲良く旅行へ行ってしまった私と条ちゃんの両親が、ご飯代を置いていってくれたことにより、二人でこんなんに贅沢してしまってるわけだ。ファミレスだけど。普通は頼まない、デラックスなんて。

減らない生クリームをひと掬いし、あぁ、と条ちゃんの言葉に頷いた。思い返した自分の答案用紙は、くだらないミスのために満点を逃していた。どの教科もツメが甘いというのか、あと一歩のところができていない。こういうのって、性格が出るなぁと数日前は地味に落ち込んだ。


「凡ミスばっかりだったけどね」
「十分だろ。あいつ等も驚い……いや、ドン引きだったろ」
「ドン引き…」


突然の快進撃に、確かにカイジもアカギも驚いているようだった。幸いにもドン引きではなく、しつこく理由を聞かれただけで済んだのはよかったけれど。挙句の果てには、これは奇跡であって次はないとまで言われた。それはひどい。


「本当はね、一番狙ってたんだよ」
「へぇ」
「だけど、一番はやっぱりすごかった。凡ミスしなくても、流石に全教科満点は無理だったよ」


宇海は、天才だ。本当は、心のどこかで私と同じなんじゃないかと思っていた。でも、違った。宇海は天才だった。そして、やっぱり私は天才なんかじゃなかった。
一目見たときに、あぁ、これは満点取らせる気なんてさらさらないなと、すぐに分かってしまった。こんな問題解けるやつ、いないのだろうと思った。それさえも、宇海は満点の回答をしたのだ。

細く、綺麗に並べられた文字を思い、自分との差を痛感した。

嬉しいわけでも、まして悲しいわけでもない。でも、なんだか可笑しくて思わず笑ってしまった。すると、目の前の条ちゃんが怪訝そうな顔をしたので、ハッとして口を結んだ。今の顔は、まるであの頃みたいな顔していたのだ。
なんとか話を逸らそうと思い、わざとらしかっただろうが「とにかく、一番の人はすごいんだぁ」ともう一度口にした。なんとなく察してくれたのか、条ちゃんは特別追究しないでいてくれた。


「お前らの学年は別格だろ。ひとり飛びぬけて」
「あれ、宇海のこと知ってる?」
「あんだけすごけりゃ、学年なんて関係なく有名人だよ」


へぇ、やっぱりすごいな宇海は。

改めてそんなことを思っていると、条ちゃんに生クリームを一口持っていかれた。もっと食べてよ、と言っても、十分だと断られてしまった。


◇◇◇


「ねぇ、あの人格好良くない?」

不意にそんな言葉が聞こえ、思わず声の方向に目線を送ると、可愛らしい女の子2人と視線が合った。直後、勢いよく逸らされたが、彼女たちの頬はほんのりと赤い。お互いに目配せしあう姿は、まさに女の子というそれだった。

もう慣れてしまったといえばそうだが、やはり見られていることが分かっていてると、なかなか勢いよくスプーンを口に運ぶのは難しい。うーん、と思わず視線を走らせる。


「気にするな、見られてるのは俺だ」
「そこは疑ってないよ」


これだけ綺麗な顔立ちをしていれば、条ちゃんが注目を引くのに驚くことはない。
こうして条ちゃんが女の子に人気があるのは分かるが、特定の女の子と一緒にいることはあまり見ない。それどころか、彼女を見た事だって実はあまりない。何人かはあるけど。…性格という問題かもなぁ。条ちゃん、こう見えてすぐに手が出るからな。

「条ちゃんって、誰でもウェルカムな風に見えるけど、意外とガード固いよね」
「前半が聞き捨てならん」
「痛い痛いよ条ちゃん」
「いちいち相手にしてたんじゃ、俺の身が持たないからな」
「自慢か!」

ギリギリと伸びていく頬っぺたは、そろそろ頬袋でも作れるくらいになってしまうんじゃないだろうか。手を離し、何事もなかったかのように再びコーヒーに口をつける条ちゃんは、これまた絵になっていて悔しい。


「ああでも、条ちゃんに彼女ができたっていうのは別に驚かないけど、カイジに彼女ができたっていったら吃驚だよね」
「そんな日はこない」
「即答だ」
「考えてみろ、仮に付き合ったとして、そこから想像できるか?」
「うーん…これはカイジの肩を持てないなぁ」

と、思っていたが、あれ?でもカイジと美心が付き合ったところは想像できる。やっぱりあの二人、お似合いなんだろうなぁ。いい加減カイジも素直になればいいのに。

いつの間にか残り僅かとなったパフェは、最終ゾーンのコーンフレークにまで達していた。ここ、ここ好きなんだよね。口に含んで食感を楽しんでいると、延々とカイジのダメッぷりを語っていた条ちゃんが「まぁ、あのコミュ障はせいぜい振られるか、自然消滅かの二択だな」と結論を出していた。自然消滅…と思わず口にすると、ふと、ある可能性が思いついた。


「自然消滅ってさ、多分恋人同士以外にも当てはまるよね」


恋人はそう、恐らく友達も、そう。ましてそれが知り合い程度なら、消滅なんて言葉も勿体無いくらい、まるで何事もなかったかのように二人を他人に戻してしまう。そうやって削って、選んで、自分の周りに残るのは本当に親しい人だけになるんだろう。何かの本でもいっていた。繋がっていたいと思う相手がいるなら、自分からちゃんと行動をしましょうって。


ひとり、いた。キラキラの青を思い出した。


夏休みが明けたら、宇海と私はどうなっているだろうか。他人に戻ってしまっているだろうか。そうしたら、もうあんな表情を向けられることもない。

会わせる顔が見つからなくて、言うべき言葉が見つからなくて、多分、会っても苦しい気持ちになるだけ。ならいっそ、他人に戻ってしまったほうが、楽なのかもしれない。



だけど、もう宇海とは会えないのかもしれない。そう思うと、何故だか無性に会いたいと思ってしまった。



20160417








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