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かつかつと鳴らす足音は、自分でも驚く程小刻みにリズムを刻んでいた。普段のようにのろのろと歩く時と景色が違って見えるのは、眩しいほどの夕日が原因ではないだろう。ずらりと並ぶ窓から差し込む橙に、思わず目を細めた。

こうして私が急いでいる理由はひとつ。宇海を探しているからだ。宇海の明白に私を避ける理由が知りたかった。余熱が冷めてから聞こうとも思ったけれど、ここでもし宇海から離れてしまったら、なんだかそのまま、もう宇海との関係が切れてしまうような気がしたのだ。とはいえ、元々口下手な私が宇海を振り向かせるような気の利いた言葉が言えるわけもなく、その背中を追い掛け名前を呼ぶくらいしかできなかった。ああ、なんて歯がゆい。もっとこう、ボキャブラリーがあればなぁ。


「(やっと宇海と友達になれると思ったのに…)」


宇海との距離感は、やっぱり曖昧だ。今だってそう、大分近づけたと思ったのに、どうやら実際はまだまだ手の届かない場所にいたみたいだ。それでも、もう無視できるほど宇海の存在は私にとって小さくない。
当てはないけれど、宇海とは屋上で遭遇することが多い。もしかしたら、今もいるかもしれない。そう思い、柔らかい色を放つ階段を上り、渡り廊下を横切る。しかし、そのまま屋上を目指すはずだった足は、ある教室の前でぴたりと止まった。窓際の机から気だるそうに外を眺める姿は、彼らしくなくて一瞬気がつかなかったが、間違いなく宇海だ。らしくない、といっても今はもう驚かない。宇海のあんな姿を、私は見てきたはずだ。


一歩一歩、隠れることなく進み宇海の目の前で立ち止まる。ふと向けられた目は驚きでぱちりと見開き、背けた顔と共に静かに細められた。


「…なんだよ」


と、私に向けられた言葉は、本当に久しぶりなものだった。

ずっとそう問いかけてほしかったような気がしているのに、胸がどきりとしただけで返答が思いつかなかった。痺れを切らしたかのように、宇海がもう一度同じように口を開いた。静かな怒気を含んだ声に目を伏せる。


「宇海はさ」


なんとか開いた唇は、次の言葉を探している。どうしたらいいのか分からない自分に、腹が立つ。訳も分からず腹を立ててる宇海が、ムカつく。握った拳に力が入り、もう一度目を伏せる。ああ、なんだか馬鹿みたいだ。こんなに一生懸命になって、私はいったい何をしてるんだろう。宇海が、私の何が気に入らないかを知って、私はどうするつもりなんだろう。



なんか、違うんだ。そうじゃないんだ。

友達になりたい?とは、少し違うような気がする。でも、友達になれるかもと思って、嬉しかった。
もうよく分からない。分からないことばっかりで、本当に嫌だ。イライラとした気持ちを隠せず、思わず口元が笑ってしまった。細めた目は、宇海にどんな風に映ってしまったのだろう。流されるまま、唇を開いた。



「やっぱり、私みたいなのは馬鹿に見える?」



宇海だったら、こんな気持ちの正体も分かるのだろうか。答えのあてもなく悩む私を、宇海は馬鹿にするだろうか。宇海は、私を振り回してる自覚があるんだろうか。もう、いい加減教えてくれたっていいじゃないか。


こんなんじゃ、なんにも分からない。


返事のない宇海を見ると、真っ直ぐな瞳はこちらに向き直っていて思わず肩が震えた。呆気に取られたような宇海のそんな顔を、初めて見た。ひどく澄んだ瞳に映る色は、深い深い青に染まっていて、今にも泣き出しそうだ。あれ、私なんて言ったんだっけ。こんな表情にさせること、言ってしまったっけ。


「お前…っ本気で言ってるのか?」


宇海の言葉がよく分からず、否定も肯定もできず視線が逸らせなかった。今までにないほど怒りを含んだ声も目も、何が何だか分からず言葉が出ない。


「…そうだよな、お前だって、所詮何も変わらねえよな」


吐き捨てるようにそう言った宇海は、荷物を持って教室から静かに出て行ってしまった。引き止めることもできなかった。

分からないことばかり。だけど、ひとつだけ分かったこと。
私は、宇海を傷つけてしまったんだ。





20130406








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