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張り出されたテスト結果から、思わず目が離せなかった。周囲の賞賛の言葉も、今では単なる雑音にしか聞こえないくらい俺の頭は混乱している。これはどういうことだろう。"1"という見慣れた数字の下には、無機質に印刷された俺の名前。テストの順位なんてそう簡単に変わるものではないから、やはり上位者の名前は見慣れた人たちばかりだ。

しかし、順番に数字を降りていくと"6"でどうしても止まる俺の目。
本来なら口にすることも不快だが、思わずその名前が口から零れ落ちた。

「水野…」

どうしてここに彼女の名前があるのだろう。分かりきっているが、点数を取って学年で上位に入れば当然名前は載る。それは分かっている、が。
以前、不本意ながら彼女の勉強を見る羽目になった際、お世辞にも勉強ができるとは言えなかったように思う。この短期間で、必死に勉強したということだろうか。特に彼女の何を知っているわけでもないが、カンニングというような姑息な手を使う奴ではないだだろう。というより、できないだろう。(だって、不器用そうだし)

ふーん。やればできるんだ。

素直に感心したけれど、だからといって何が変わるわけでもない。
否が応にも思い出されてしまう彼女の姿は、あの時の表情も映していた。
薄い笑みと、自嘲気味に呟かれた言葉。思い出しただけで、胸糞悪い。

(馬鹿に見えるか、なんて)

相容れない部分ばかりで正直癪に障ることばかりだったけれど、馬鹿にしたことなんて一度もなかった。俺のほうが上だなんて思ったこと、一度もなかったのに。
所詮、一緒だった。彼女も周りの奴らと変わらなかった。俺は彼女が好きじゃないし、彼女も俺を好きではないだろう。別にそれで構わなかった、そのはずだったのに。

このひどい苛立ちはなんだろう。



◇◇◇



昼休みも残り僅かとなり、テスト結果の張り出しを眺めていた生徒も教室に戻り始めていた。特にすることもなかったので、読みかけの本でも出そうかと思うと、入り口で誰かが俺の名前を呼んだ。席を立ち近づけば、「お客さんだぞーこれだから宇海はなー」と軽く突かれる始末。ああ、女の子なのかな、お客さんって。それにしても、俺をわざわざ訪ねてくる女の子とはいったい誰だろうか。ここからではその子の姿は見えず、扉を出て辺りを見回す、と。


「宇海」


その声に、心臓がどきりと音を立てた。
いや、そんなはずないと多少期待を込めつつ視線をずらすも、目の前に立っていたのは紛れもなく水野だった。

え、なんでここにいるんだ。

内心とても驚いている俺に構わず、水野の真っ直ぐな瞳が以前と変わらず俺を射抜いてくる。あれほどに苛立っていたというのに、実際に本人を目の前にすると何も言えなくなるのはどうしてだろう。咄嗟に言うべき言葉が見つからず、水野と視線を合わせていることしかできなかった。

しかし、いつまでもそうしているわけにもいかない。俺には、ここに水野が来た理由が全く分からないのだ。何かを問いかけなくてはと思い、染み付いた習慣で口元を僅かに上げようとした瞬間。


「ごめん」


水野が頭を下げた。その行動の意味が分からず、俺はまたもや何も言うことができなかった。しかし、先ほどと違うのは、水野は俺の言葉を待つことなく再びその口を動かしたということだ。


「本当は、私のほうだったんだ」
「え?」


漸く俺の口から出てきたのは、疑問を意味するそんな一言。彼女の言葉の意味が、まだ俺には分からない。何故、彼女は頭を下げ、俺に謝罪しているのだろう。
ゆっくりと顔を上げた水野の表情は、真っ直ぐに俺を捉えていた。


「馬鹿にしてたのは、私のほうなんだ」


ごめんねともう一度謝罪を口にし、水野は背を向ける。彼女は謝っているんだ、あの時のことを。けれど、それ以上のことは分からない。言葉の真意を汲み取ることができない俺は、何故彼女がそんなに真剣な表情をしているのかが分からない。
引きとめようと伸ばした腕は、午後の授業を知らせるチャイムにより空を切った。



水野に対する嫌悪感は変わらない。けれど、言葉の意味はどうしても知りたかった。この胸に残された気持ち悪い何かは、その意味を知ることでしか消えないとすぐに予測できたのだ。
小走りで遠くなる背中は、声をかけるには最早遠すぎる。


(……まぁ、これから夏休みに入るといっても、講習でどっちみち登校しなくちゃいけないし。その時嫌でも会えるだろう)





しかし、夏休み入ってからも水野の姿を見ることはなかった。




20141030








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