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ここのところ、宇海の様子が可笑しい。いや、可笑しいというのは少し違うのかもしれない。なんて言えばいいのだろう…、そう、決して上手い言い方ではないけれど、言葉にするなら悪化したという表現が一番しっくりくる。最近になって気づいたが、体育祭以来、どうやらずっと避けられているようだ。


夕暮れの空に、チャイムが響き渡る。今日も、一度も宇海の姿を見ることなく下校時間となった。こんなこと、普通によくあることなはずなのに、変な引っ掛かりが取れない。そもそも、自分から会いに行くわけでもない私がこんなこと言う自体可笑しな話ではあるが。


(ほんの少しでも…)


近づけたと思ったのは、勘違いだったかな。


ため息を飲み込み、鞄を肩にかけ教室を出る。開けた扉の先には、一人の人物がいた。こちらに入ろうとしていたのではなく、通りかかっただけなのは見て分かる。しかし、相手が相手だったのだ。私は彼を見て、止まる。突如横で開いた扉にふいに彼もこちらを見て、そして止まる。

あの綺麗に澄んだ大きな瞳が、私を捕らえた。どうしたらいいのか分からず、ただ苦しさにだけ包まれる。気を抜いたら簡単に崩れてしまいそうな表情を、必死に貼り付けた。


きっと多分、ほんの数秒だったんだろう。瞬きをする度、まるでシャッターを切るように宇海の姿が切り出される。
見つめ合ったのはほんの一瞬。彼の世界に私がいたのは、ほんの僅か。立ち去る宇海に、明白に表情が崩れるのが分かった。

背を向けた宇海は、多分怒ってはいない。いや、もしかしたら怒ってるのかもしれないけれど。だけど、そうじゃないんだ。見上げた宇海の表情は、なんだかとても泣きそうに見えた。宇海はいつだってそうだ、怒っていたり、泣きそうだったり。



嫌なんだ、そういうの。

宇海は初めから、よく分からなかった。気に食わないなら、そう言えばよかったじゃないか。聞くつもりなんて、なかったのに。今は、どうだろう。

足が、動いた。


「宇海」


届かない位置で、宇海が立ち止まる。

私は、何を言いたいんだろう。何を聞いて欲しいんだろう。ぐるぐる回った頭に、言葉という言葉が浮かんでは消えていく。小さく吸い込んだ息が冷たくて、夏の暑さなんて忘れさせるようだった。
そうして、喉に登った言葉、は。


「私は宇海に、嫌われたくないよ」


近づきも、離れもしない一定で動かないこの距離を、埋めたいと願ったのは私だけなのかな。だけどこれは、偽りのない本心だよ。振り向いた宇海の瞳が、ぱちりと開く。ビー玉のような輝きは、そこに確かにあった。




◇◇◇




「ああ?仮にもアイツだって女だろ」
「そ、そうだな」
「それでこんな夜道を一人で歩かせようとは…カイジの器量のなさが丸分かりだな」
「ぐっ…!なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねえんだ…!」
「クズ」
「ッアカギ!お前も黙ってねえで何かねえのかよ!」
「俺は待つつもりだったよ」
「!?」
「にしたって、お前らこんな時間まで何やってんだ」
「あ?そういうお前こそ、何してんだよ」
「愚問だな。俺は暇なお前らと違って受験の真っ只中だぞ?そこまで頭の回らない男だった……な、カイジは」
「そういうことです」
「お前らうるせえよ!!」
「大方補習とかそんなんだろ」
「ああそうだよ…」
「本当お前、馬鹿だよな…」
「バカだよね、カイジさん」
「うるせえ!お前だって成績変わんねえだろ!」
「カイジさんって結構失礼だよね」
「お前がだよ。大体、コウだって似たようなもんだからな」
「はあ?お前何寝言言って……ああ、そうか。言っとくけどな、アイツはッいでででででで!!」


「あ、コウ」
「やあ。皆まだいたんだ」
「何しやがるお前…」
「いや、皆がいて、条ちゃんがいて、条ちゃん髪長いから、つい…」
「ほお…それで引っ張ったと。いい度胸だな」
「痛い痛いよごめんよ条ちゃん」
「遅かったね」
「委員会がね。なんでジャンケン負けたんだろうね。待っててくれたんだ、ありがとう」
「ありがとうだって、カイジさん」
「い、いいから帰ろうぜ!」
「ん?」




「あー腹減った」
「右に同じ」
「そういや、前に話した駅前のカフェまだ行ってねえな」
「そうだね」
「ごちそうさまです」
「悪いな一条」
「!?」



その綺麗な瞳には、何が映っているんでしょうか。こんな当たり前の日常を、君も過ごしているんでしょうか。





20121130








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