10 「宇海!次も頼むぜ」 「ああ」 試合を終え、一度教室に戻ろうかと足を進めるなか、次々と叩かれる背中。熱の篭った仲間の手に、自然とやる気が湧いてくる。面倒だとは思わない。別に、誰かに頼られるということが苦手なわけではないのだ。運動も好きだし。 決勝戦は午後からで、まだ時間がある。バスケの決勝なんて、特に注目を集めそうな試合だ。今以上に、この場が熱気で包まれるのかと思うと、少し気が滅入る。 その中に、アイツもいたりするのかとふと考えて、頭を振った。 あの変化に乏しい表情で、歓声の中に紛れ、小さく笑みを浮かべるのだろうか。正直、想像しづらい。まあでも、アイツだって一生徒なわけだし、見に来たって何もおかしいことなんてないんだ。別にいたところで、俺を見てるわけではないんだし。 「流石だな」 悶々とした頭に入り込んだ声は、アイツのことなんて忘れさせるには充分すぎるそれだった。 「涯君、お疲れ。どうだった?」 「惨敗」 「あははっ。ま、仕様がないって」 運動神経は良くても、こういった団体競技を主とする体育祭に、涯君はあまり興味がないようだ。まあ俺だって別に、周囲のように口々に青春青春と盛り上がっているわけではないが。 「決勝前に、お祝いしてくれてもいいよ」 「油断してると負ける、いや、負けろ」 「ひどいなあ」 そんな軽口を叩いていると、別になんでもいいんだろ、と涯君が言った。あ、本当に祝ってくれるんだ。ホットじゃなればなんでも、と返せば、元々夏には売ってない、なんて。この心地よいテンポで進んでいく会話が、俺は好きだ。こんな何気ない会話でも、自分を作ることなく自然と出てくる宇海零は嫌いじゃなかった。 涯君と別れ先に教室へ戻ろうとすると、ひとりの女の子が視界に入った。あ、知ってる。そう気づくと同時に、彼女もこちらに気づいたのか、笑顔で声をかけてくれた。 「宇海君お疲れ様。バスケすごかったね!って、あ、ごめん!…私のこと知らない、よね?」 「えっと、坂崎さん?だよね。お疲れ様。ありがとう」 「あ、よかったー!知ってくれてたんだ!」 それはだって、君とカイジさんの噂は学年中に広まってるし。というのは、取り敢えず黙っておこう。それよりも、彼女の隣にいるはずであろうアイツの姿がないことが、妙に気になってしまった。ちらりと辺りを見回すが、それらしい姿もない。すると、目の前の彼女がまるで心でも読んだように「コウ?」なんて呟くもんだから、柄にもなくドキリとした。 「実はね、コウってばドッヂでボール顔面に受けちゃって保健室行ったのよ」 「え?」 「今は外で休んでるんだけどさ…ほら、あの大きな木のとこ!」 「ああ…、あそこ確かに涼しいもんね。大丈夫なの?水野さん」 「うん、多分大丈夫だとは思うけど……あ!もう次の試合始まっちゃう!私審判なの!じゃあね宇海君!」 嵐のように去っていった坂崎さんを見送り、窓から外をぼんやりと眺める。顔面とか…鈍臭え…。そもそも、ドッヂボールとかすっげえ似合わねえ…。 馬鹿だなあ、と思い教室の扉を潜る。自分の鞄を漁ると、余分に持ってきていたハンドタオルが目に入った。外では、じりじりと太陽が熱を放っている。 別に、意味があったわけじゃない。ただ、なんとなく。外の空気が吸いたくなった。だったら、まあ、ついでに様子くらい見に行ってもいいのかもしれない。握り締めたタオルを濡らすべく、近場の水道を思い描いた。 ◇◇◇ 外へ出た途端、むわりとした暑さに包まれる。時折吹く風が、涼しかった。 いつからだったろう、分からない。アイツに初めて話しかけた時よりも、ずっとずっと前からだってことは覚えてる。ああ、涯君の件でアイツを目で追うようになった時かな。視界に映るアイツに思ったことはひとつ、何だか、近い。なんて言うんだろう、そう、感覚的に。 あの無表情の奥にあるものに、何だかとても覚えがある様な気がしたんだ。俺と彼女は似てるのかもしれない、なんて。言うなら、同族故に分かる何かに、気づいてしまった。 隠してる、彼女も何かを。知りたいと思った。彼女は俺をどう思っているのだろう、俺と同じ感覚を抱いているのだろうか。いや、例え気づいていなくても、きっと彼女に話したら全てを理解されてしまうのだろう。 でも、それは嫌だった。直感的な思いに堪らなく嫌悪感を覚えた。お前なんかに、分かってたまるか。 (話したこともなかったのに…) 本当、不思議で仕様がない。 アイツは、やっぱり思った通りの奴だった。ただ以前よりも、俺を見るあの真っ黒な瞳は嫌いじゃなかった。 ほんの少しでも、話したいと思った俺は相当毒されたのかもしれない。 遠くから歓声が聞こえる。 多分、この辺りのはず。木漏れ日を視界に収めながら足を進めると、それらしい人影を見つけた。唇を開こう、と。 刹那、時間が止まる。 「……。」 ああ、そうかよ。 なんだよ、それ。俺は何を期待していたんだろう。アイツが浮かべた小さな笑みに、その横に立つ涯君に、滲み出した感情はひどい色をしているのだろう。握り締めたハンドタオルから、じわりと水が滲んだ。 なんだよ、それ。俺とは全然違う。似てる?笑っちゃうよな、なんだよ、全然違うじゃん。 やっぱり、お前のことなんて嫌いだ。 ◇◇◇ 「宇海、優勝おめ…」 吐き出してしまいたいこの思いも、そのうち、きっと貼り付けた仮面が消してしまうんだろう。久しぶりに聞いたアイツの声に、ひどく苛立ちが募った。 怒ってるのか、それとも悲しいのか。今俺はどんな表情をしているのだろう。それすら全然分からなかった。 20121103 ← ×
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