雨が降っている。

ぽつぽつと雨音が響き、頭上には薄暗い空が広がる。振り続ける無数の線を、もうどれくらい見送ったことか。
屋上のドアに背中をつけ、僅かしない庇で雨を凌ぐには限界がある。思い出せば、こんな経験前にもあった。ただ、あの日は晴れていていつまでもそこにいられるような気がした。あの時と同じことといえば、自分以外の誰かが、すぐ側にいるということだろうか。


「アカギ達が、多分気づいてくれるよ」
「…そう」


宇海君は不機嫌だった。
それが私と共にいるからなのか、ミスとはいえ屋上に閉じ込められるなんて状況に陥ったからなのか、それはよく分からなかった。
経緯は簡単だった。昼食の時に置き忘れたペットボトルを取りに屋上へ来ると、後に現れた宇海君が、私の存在に驚いたのか扉から手を放してしまったのだ。…古い扉だからなぁ、勢い良く閉めると外側から開かなくなってしまうことは、それなりに有名だ。


アカギ達が気づいてくれるとは言ったものだが、実際かれこれ30分以上は経っていた。風邪引くだろうな、これ。


「っくし」


冷たい風が過ぎ、体がぞわっとする。梅雨に入り、毎日が雨続きだ。せめて今日ばかりは晴れてほしかったと思うのは、きっと彼も同じだろう。
すると、突然肩に何かが掛かる。僅かに温かみを残すそれが、宇海君のブレザーであると気づくのに数秒かかった。当の本人は、相変わらずこちらに視線も向けやしない。


「宇海君?」
「…使えば」
「いや、悪いよ」
「俺のせいで風邪引かれても嫌だから」
「…あ、うん。ありがとう」


大きめのブレザーを着ると、ほんのりと暖かかった。宇海君には悪いが、ここは甘えさせてもらおう。彼なりのお詫びなのだろうか。別に気にしてないが、そういうことならしっかり受け取っておこう。僅か数センチの距離にいる宇海君は、気だるそうに雨を眺めていた。きっとこんな顔も、普段の宇海君から見ることはできないのだろう。

少しだけ、雨に感謝した。
無音は少し、気まずい。








「前にもさ、同じことがあったんだ」


何気ない話題に、宇海君は曖昧に返事をしてくれた。


「その時は、カイジと一緒にこんな風でさ」


それがカイジとの出会いでもあった。オロオロとして、正直あの時のカイジはかなり面白かった。あの時のように、アカギが面倒くさそうにこの扉を開けてくれるといいのだが。
そういえば、宇海君は何用でここに来たのだろう。聞こうかどうかを考えている間に、宇海君は「ふーん」と相槌を打ち、顔を伏せてしまった。

どうしたのだろう。



(……。)




宇海君へと向けた視線を、ゆっくり戻した。


どうして、"泣いてるの"と聞きたくなったのだろう。

どう見ても、泣いてなんかいないのに。



「宇海君」
「……。」
「宇海君」
「……。」
「……。」
「……。」


「宇海」



返事はなかった。ただ、少しだけ見開いた目がこちらに振り向いた。ぱちりと瞬きをした後、表情が歪む。何か言いたげに見えたが、その目は再び無数の線へと戻った。

どう声をかけていいのか、分からなかった。声をかけていいのかも、正直よく分からない。

だけど、彼は嫌だと言わなかった。
それだけなのに、何故かこんなにも嬉しい。


「もう少しで夏休みだね」


やっぱり返事はない。数えてみると、まだ2ヶ月もあった。


宇海は気だるげに空を眺めていた。薄暗いそれは、これからもっと暗くなる。雨は今夜まで続くらしい。
明日は久々に晴れるそうだ。





20120415








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