プロローグ



開いた手帳から滑り落ちた、一枚の写真。

荷解きの手を止め、翼は心当たりもなくそれを拾い上げた。そして、首を傾げながら裏返しの写真を捲ってみる。
途端、思わず漏れた「あ」という声。そこに映る二人の人物には、心当たりしかなかった。

こんな写真、いつ撮っただろうか。しかも、なんでこんな場所に。
暫く記憶を辿ってみるが、正確な答えはでそうにもない。しかし、少なくともその笑顔は自分の記憶通りのものだと、翼は至極普通の感想を得ていた。

「おい、翼が女子の写真持ってる!!」

背後から響いた正宗の声に、翼の肩が大きく跳ねた。心臓に悪い、という文句よりも早く、正宗は翼の右手から例の写真を抜き取り食い入るように眺めている。

そして、鼻がつきそうな程至近距離で数秒、

「しかもツーショットだ」

と、真顔で走り出してしまった。

反射的に伸ばした手は無情にも空を掴み、だらりと崩れ落ちる。
ああ、もう、最悪だ…!
既に手遅れの状態に、翼はひどく頭を抱えた。目線だけ上げてみれば、銀河達も同様に荷解きの手を止め、なんだなんだと集まってきている。そんな様子を最早諦めの境地で眺めることしかできなかった。


「あれ?この子って確か…」
「知ってるのか?彼女なのかッ?!」
「違う、返せ」
「あ、そっか。正宗は知らないのね」
「翼ファンだったの?」
「ファン?」
「この子アイドルだよ。ほら、サインも入ってる」
「はーなんだよ吃驚させんなよ」
「お前が勝手に勘違いしたんだろ」
「……え、ていうかお前世界大会にまで持ってくるとかガチってやつか?」
「違う!」


食い気味の否定。
しかし、当の正宗は右から左にという具合に、その言葉を聞き流していた。こいつ……と引き攣る口元を抑え、一度静かに深呼吸をする。やっと結成したチームでいきなりの衝突は避けたい。そう自らに言い聞かせ、翼は口を閉じることにした。勿論、しっかりと写真を取り返した後に。

「俺も一回戦ったことあるぜ、なんかテレビのやつで」
「ギンギンも意外とそういうの出てるよねー」
「そういえばこの子、バトルブレーダーズの後からあんまり見かけなくなったわね」
「確かに」
「で、結局翼がガチファンってことでオーケー?」
「……アイツはそもそも、俺と同じWBBAのスカウトなんだよ。だからまあ、それなりに関わりがあったっていうだけだ」

ブレーダー兼アイドル。WBBAの広告塔であった彼女ーーアリスの存在は、日本のブレーダーならば誰もが知るところであった。それは憧れであったり、或いは目標であったり、いろいろと。

自身との関係を明らかにし、彼女疑惑、そして熱烈なファン疑惑という自分にも彼女にも迷惑でしかない誤解は解消できたはず。
そう胸を撫で下ろし、翼が視線を上げるも、

「こーんな可愛いアイドルが友達とか、……お前どこまでも嫌な奴だな」
「お前さっきからなんなんだ!」

始終真顔で噛みつく正宗は、変わらず「ケッ!」と大げさに顔を逸らして見せた。しかし、どうも興味はつきないようで、もっかい見せろと両手を伸ばしている。
写真を高く掲げ、背伸びで対抗する翼は仲間たちへ助けを求め視線を投げた。しかし、誰も合わせてはくれない。間違いなくその様子に気づいているにも関わらず、遊は「確かにねえ」と何食わぬ顔で頷くだけだった。


「でも、流石アイドルって感じよね」
「ねー。さっきの写真も多分オフでしょ?でも完璧じゃん」


改めて、翼は写真の二人を眺めた。

戸惑い顔の横に、星を飛ばすような笑顔。
彼女の代名詞でもある表情に、翼はある言葉を思い出していた。所謂、キャッチコピーと言うやつだ。彼女に魅入られたファン達は、その表情をさしてこう言っていた、"世界中の幸せを集めた、そんな笑顔"と。

まあ、分からないでもない。
しかし、心から納得はできないと、翼はその笑顔から視線を逸らした。

「翼連絡取ってたりするの?」
「いや」
「今何してるの?」

大体、あまりに軽率に使われる"幸せ"という言葉は、実際何を表していたのだろう。そもそも幸せとはなんなのだろう。
そう思ってしまう程に、翼にとって彼女の存在は分からないことだらけだった。

しかし、今だからこそ思うこともある。分からないのではなく、分かりたくないだけなのではないかと。
幸せとは何か。そんな疑問は考える余地すらなく、既に答えが出されていた。彼女本人の口から、表情から、そして。

翼にとってその答えは、理解し難いものだった。
これまでも、きっとこの先も。

『ねえ、翼君!』

興奮気味で駆けてきた表情に、今ならかける言葉は違っていたんだろうか。
そんな今更な後悔だけを残して、耳の奥ではいつかの声が響いていた。


きっと、誰も悪くなかったはず。

只、彼には何も分からなかった。
握りしめた写真をどこに仕舞えばいいのか。それさえ、分からなくなる程に。



20210602


(戻る)

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -