遠退くほど柔らかく優しく見える



「じゃあ、そんなコハルンに良い男を紹介するよ!」
「お、誰々?」
「背が高くてー安定した職を持っててー、顔もまあイケてると思うよー。性格は……ちょっと暗いけど昔よりはマシかなー」
「もしかして…?」
「大鳥翼っていうんだけど!」
「どひゃーでもお高いんでしょう?」
「ここまでテンプレなんだよなあ」


お前らその遊び好きだな、と毎回ツッコミを入れてくれる翼だが、そのツッコミもテンプレの一部という自覚はあるのだろうか。


本部長室では、先程からこの調子でずっと笑い声が響いている。主に私と遊の。
調査書類を目の前に、翼もとい本部長とにらっめこを続けること数分。嵐は突然やってきた。ばたーん!と豪快な音を立てて開いた扉の向こうで、ただいまと元気よく手を振る太陽。数か月ぶりの帰国に驚いているこちらに構わず、遊はお土産を手渡すと、あれコハルンもいる久しぶりー!それなんの資料?それより僕喉乾いちゃったからなんか頂戴よつばさー!とマシンガントークをかまし、返事を聞く前にソファへと座り込んでいる。あまりに変わらない姿に、私と翼も最早笑うしかなかった。そして、仕事は一旦中断するしかないと判断した。
良くも悪くも、"本部長"にここまで王様ができるのは遊だけだろう。


遊は今、海外での活動をメインに世界を飛び回っている。元々人懐っこい性格もあってか、各国のWBBAと連絡を取り合い、連携のパイプを担うのに彼ほど適任な人物はいなかった。本人曰く、お金を貰いながら世界中を旅できて、世界大会で会った皆のとこに遊びに行けるなんて最高じゃん?とのことだ。
組織が大きくなれば、どうしても一枚岩ではいかなくなる。こういう時、無邪気とはとても強みだ。遊本人に自覚はないのだろうけれど。


「あ、チャウシンから手紙預かってるよ」
「え?あはは、彼もまめだね」
「今時手紙か?」
「この前中国に行った時、古馬村だと電波届かないかもって冗談言っちゃったから」
「ああ…」


かくいう私も、遊までと言わずとも各国へ調査へ向かう機会が増え、それに伴い友達が増えた。この手紙もその証のひとつだ。それはとても嬉しいことで、自然と頬が緩んでしまう。

早速手紙を明けてみると、最早寄せ書き並みの文字の詰め込み具合だった。内容は、ベイ林寺や最近の流行の話。急に可愛い誤字が多くなったのは、恐らくメイメイの仕業だろう。これはゆっくり解読したいので、気になるが今は仕舞うことにした。

「まあ、チャウシンだから許される行いだよね」
「確かに。というより、心葉に声を掛けようなんて思う男はそういないだろう」
「だよねえー」
「え、ひどくない?」

二人がさも当たり前のように言うものだから、割とこちらも本気の声で返してしまったではないか。すると、今度は二人同時に首を傾げてみせている。え、え、何、ひどくない?
私は何か、二人の恨みでも買ってしまったのだろうか。確かにこの前、まどかとヒカルと女子会をした際、翼は気苦労が多いから将来髪が心配だと失言はしてしまったが。純粋な心配じゃないの、許してほしい。

ショックによるダメージで、そろそろ顔面が崩壊しそうだ。すると、翼が何か行き違いに気づいたのか、そうじゃないと否定してくれた。良かった、このままでは泣いて帰るところだった。


「うーん、僕達みたいな昔からの付き合いはともかくさ、今じゃあのギンギンの幼馴染っていうだけで、声掛けてくる勇者なんてそういないだろうし」
「……あー…そういう…」


私たちの意思とは関係なしに、世界は動く。
今じゃ有名人どころか一部で神様のような扱いを受けている銀河とも、暫くは会えていない。彼も指導員としての役割があるのだが、自由気ままに世界を回ってしまうため、どこにいるのか正確には分からない。まあ、銀河のことだから元気でやってはいるのだろう。

実際、ブレーダーではない私でさえ、向けられる視線に諦めにも似た多少の理解を持ってしまう時がある。きっと、翼や遊はさらに大変なのだろう。労いを込めてコーヒーを淹れると、遊はさらにお土産のお菓子を広げ始めた。


「…いや、でもまどかならまだしもさ。実際に銀河とは何もなかったのに、幼馴染ってだけで…」
「世間ってそんなもんだよ」
「お前が言うのか」


別に声をかけてほしい訳じゃないが、なんとまあ、理不尽な理由である。
最年少の悟り発言に、なんとなく分かったような気で再度コーヒーを淹れる。しかし、狙いのカップは遠ざけられ、翼の訝しげな視線が返ってきた。「お前仕事に戻りたくないんだろ?」バレてしまっては仕様がない、作戦は失敗だ。




「それに、その後だってさあー」
「遊」


そんな翼との攻防戦には気づかず、頬にクッキーをつけたまま遊が一言。
翼の軽く諫めるような声に、遊がぐっと押し黙った。その意味が分からず二人を交互に見やるも、どちらも視線を合わせてはくれない。根気比べなら自信があるので、そのまま遊をじっと見つめ数秒、「はいはいはいはい」と彼は大きく息を吐いた。粘り勝ちである。


「だって僕もまさか二人がここまで拗らせるとは思ってなかったからさー!」
「拗らせ…?」
「もっとこう、ガッとスピード勝負で決まると思ってたのに」


何がと言いかけた口は、突如開いた扉によって言葉を止めた。しかし、開きかけた扉は何故か中途半端な位置で止まり、その先からは「んだこれ壊れてんのか」と不穏な声が飛んで来ている。扉が壊れているとしたら、原因はひとつだろう。二人分の視線に、遊は一切目を合わせてはくれない。
耐え切れず、遊の「ごめんって!」が部屋に響いた頃、漸く扉が完全に開いた。


「相変わらずうるせえな」
「うっわタテキョー久しぶりええええスーツ似合わないね!!」
「ぶん殴るぞ」


変わるもの、変わらないもの。それらを全部抱えながら世界は進んでいる。

その中で私自身、変わっていない自覚があった。違う、正確には変われていないのだ。

「よお」
「仕事は?」
「カケルに任せてきた」
「身内の特権だね」
「この場合濫用だろ」

大人になれば分かると思っていたことも、結局何一つ分からないまま。まだ子供なの?と問いかけても、あの頃より伸びた身長が、大きくなった手のひらが、それを認めてはくれなかった。


あの頃と同じように向かい合い、喋って、笑って、ムキになったり、溜息、そして。
そう、何も変わっていないのだ。幸せなほどにあの頃のまま。不満は何もないはず、不安も何もないはず。だけど、その幸福に浸りながら時々振り返る。そこにはまだ、あの雨の日に立ち尽くしている自分がいるのだ。



20210506


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