オーロラをブランケットに



それは、なんてことない日常の一場面のはずだった。
些細な言い合いから、とめどなく溢れる言葉たち。感情の波に飲まれたそれらに、最早意味なんてなかった。打って、打ち返して、切って、切り返して。だけど、そんなやり取りも慣れっこと言えば慣れっこだ。この大波を越えたら、冷静な気持ちを取り戻しどちらからともなく謝って喧嘩は終わり。それがいつも通りの日常。


そのはず、だったのだけれど。



「お前は俺のなんなんだよ!!」



行き過ぎたお節介だと、気づいた時には遅かった。

暫く古馬村に帰ることになったので、皆に一応挨拶をしておこうとB-pitまでやってきた。案の定、いつも面子が揃っていた。銀河も偶には帰ってきなよ、氷魔も北斗も喜ぶだろうし。んー、まあそのうちな。そう言っていつもなかなか帰ってこないんだから。そんなことねえよ。そんな言葉から始まった、子供みたいな言い合い。長い年月を共にしても、何が喧嘩の火種になるか分からないから不思議だ。別にお互い機嫌が悪かったわけでもないのに。

ケンタやベンケイが視界の隅で慌てているのに気づきながらも、止められなかった。世界大会で優勝し、銀河本人にその気がなくても"普通のブレーダー"として過ごすことが難しくなっていることは分かっていた。やりたいことも、やらなければいけないことも沢山あって忙しいことは分かっていた。だけど、止められなかった。


そして、この言葉だ。


途端、きゅっと喉が詰まって、胃の辺りがぐるぐると気持ち悪い。頭が真っ白で、力が入らない。
私は、銀河の何。銀河の何だったんだろう。
言葉が出なくて、胃から喉へそして目元へ上ってくる熱を抑え込むのに必死だった。動けない体で小さく息をしていると、その黄褐色の瞳がこちらに向いた。そして、怒りに満ちていたその瞳が私が映した瞬間、大きく見開かれた。


「お、おい心葉…?」


伸ばされた指先を、只目で追うことしかできない。でも、触れてほしくなかった。

その指に触れてしまったら、多分、きっと。



「その辺にしとけ」



突如響いた第三者の声に、皆が一斉に振り返った。張り詰めた緊張感を壊したキョウヤの声は、言い争いの当人達よりもずっと苛立った色をしている。
止まりかけていた息を吐き、皆に遅れゆっくり振り向くと目が合った。その鋭い眼光に射貫かれて数秒、体が大きく傾く。力が入らない体は、キョウヤに引っ張られるままB-pitを後にしていた。




◇◇◇




「なんつー顔してんだよ」
「泣いてないよ」
「よりひでえな」


夕暮れに染まり始めた街並みに、横並びの影が伸びている。
無言のまま手を引かれ、歩き始めて数分。呼吸が整ってきたところで、一向に歩みを止めないキョウヤに思わず「どこに行くの?」と尋ねる。すると、ぴたりと足が止まり漸く振り向いた表情。それはなんとも苦く気まげで、一連の流れが勢いであることを悟った。そして、同時に笑ってしまった。ありがとう、に返事はなかった。


ぽつりぽつりと、お互いに言葉少なく駅までの道を歩く。特に用事もないということで、キョウヤはそのまま着いてきてくれた。僅かに軽くなった心が、一人になった途端また愚図り始めるのは分かり切っていたので、正直ありがたい。
元々、挨拶をしたらそのまま帰るつもりだったので予定通りではある。だけど、次に戻ってきた時に皆と顔を合わせるのが少し気まずい。…予定より長く帰ってしまおうか。
悶々と頭に影がかかったところで、「おい」と呼ばれ顔を上げる。目が合うと、盛大な溜息をつかれた。


「つーか、このタイミングで何しに帰るんだよ」
「WBBA…というより流星さんからの調査依頼でね。あの辺りもまだ未開の部分が多いし、現地の私とか氷魔で行った方がいいねって」
「ああ…、お前よくパシられるもんな」
「私は一応仕事のつもりなんだけどね…?」


どうだかな、と鼻で笑われる。やめてよ傷つくじゃないか。
その後も、何だか一方的に馬鹿にされて、怒って、笑って、喋って。珍しいなって思うくらい、この短時間で沢山の会話をした。そうして駅が見えた時、ふと彼はこんなに饒舌だったろうかという疑問が思い浮かんだ。当たり障りのない、普段と変わらない会話のなかには、自分も皆のことも含まれている。もちろん銀河のことも。思い出すあの顔に、先程よりも胸は痛まない。今度謝ればいっか、なんて思えるくらいには心が穏やかになっていることに気が付いた。

それは、何故。

核心には触れず、だけど遠ざけたわけでもない。
やわらかく、なるべく静かに落とし込むために必要な時間。そこに流れた全ては、偶然というには出来すぎていた。その意味に気づけないほど、子供ではなかった。


「…キョウヤって実はすごく優しいよね」
「あ?」
「ありがとう」
「…気持ち悪いからそれ以上言うな」
「ひどいなあ」


元々利用者が少ないことあってか、駅内は時間の割に人がまばらである。あはは、と笑って改札前で立ち止まっても、特に迷惑をかけることはなかった。
放送が鳴り、もう少しで電車がくることを告げていた。情けない姿を見せたことに間違いはないのだけれど、なんだか今日一日で、キョウヤとの距離が大分縮まったように感じていた。もっと仲良くなりたいな、そんなことを思ってしまうくらい。


「いつ戻ってくるんだ」
「調査が終わり次第だけど、暫くは向こうにいることになりそう」
「そうか」
「キョウヤも今度おいでよ」
「俺が何しに行くんだよ」
「?、私がいるじゃん」


は?、と軽く見開いた目に、今度は私がえ?と驚く番だった。普通友達と会うのに、何か特別な理由がいるだろうか。と思ったが、古馬村のような辺境の地へ招待すること自体、そもそも普通の内容ではなかった。苦し紛れに「友達じゃん。それに氷魔もいるし。バトルもできるよ」と言ってみたが、その言葉が届いたのかどうか、キョウヤは何故か頭を抑えて溜息をついていた。一体何回目だろう。ここ最近、お互い溜息が多い気がする。まあ、今日に関しては専ら私の所為なのだろうけれど。

…少し調子に乗ってしまっただろうか。
返事のない姿に呼びかけると、キョウヤの口が小さく動いた。聞き取れず首を傾げると、数秒の間を持って少しだけ怒った顔がこちらへと向いた。


「考えとく」










改札をくぐり、少し進んで振り返る。
まだそこにいたキョウヤに小さく手を振ると、気だるげに手を上げ返してくれた彼はそのまま背を向け歩き出した。

遠目に合った瞳が、誰かに似てると思った。
最近見た気がするけれど、よく思い出せなかった。





(次の日、朝一で銀河が古馬村に帰ってきた。お互い謝って、その日は久しぶりに三人でご飯を食べた)


20210411


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