酸素と海と言葉の順序をソート



「僕は絶対ね!!ギンギンはコハルンだと思ってたの!!」
「ご、ごめんね心葉…」
「ケンタが謝ることじゃないでしょ」


B-pitのカウンターをぺしぺしと両手で叩く遊。隣では、そんな遊を諫めつつ口元を引き攣らせているケンタがいる。一見無神経に聞こえそうな言葉も、相手が相手なので特に気にはならなかった。そこに悪気が一切ないのは分かっている。でも後でまどかには報告します。備品叩いちゃダメ絶対。



WBBAの用事で外出したまどかに頼まれ、B-pitの店番をしていた昼下がり。店へ駆けこんできた「コハルンが失恋と聞いて!!」という言葉に、眠気なんてすっかり吹き飛んでしまった。待って待って、全く身に覚えがない。
事情を聞いてみると、どうやら遊も銀河とまどかの話を知ってしまったようで。遊的にはそれがあまりにも衝撃的だったらしく、流れるようにここまで走ってきたらしい。


遊のことだから、てっきり銀河を盛大に揶揄うものだと思っていたけど……そんなことはなかった。ちょっと意外、そしてごめん。
しかし、その理由を聞いて納得した。どうやら遊は、私と銀河がそうなるものだと思っていたらしい。……うん、まあ、何も言わないでおこう。取り敢えず、失恋じゃないということだけはハッキリと伝えておいた。


「一部では結構気になってたんだよ?ギンギンは、コハルンとまどかどっちを選ぶんだろうねーって」
「えぇー…それは聞きたくなかったなあ」
「コハルン頑張ってよ!」
「何をよ」


自分の知らないところで、そんな話題が上がっていたなんて。なんというか、微妙な気持ちだ。
それに、自分もそうだと思っていた部分があるから余計に恥ずかしいんだ。絶対に言わないけれど。


「絶対ギンギンは、コハルンのことが好きだと思ってたのに…」
「ゆ、遊、あのね」
「てゆーか、コハルンもギンギンのことが好きだと思ってたのにさあー」
「遊、あのね、遊あの」
「僕は悲しい!!」
「もう許してください」


羞恥心のあまり顔を覆い、カウンターに突っ伏しかなかった。子供怖い。無邪気怖い。流石に哀れに思ってくれたのか、ケンタが再度遊を諫める声が聞こえた。


長い溜息をついて、大きく息を吸う。
新鮮な空気で、頭が少しクリアになった気がする。

………ん、ちょっと待って。

遊の言葉からすると、銀河と私、そしてまどかの(誤解だけど)三角関係を気になってる人が他にもいたってことだよね?その界隈に、私はこれから失恋したって思われるの?


(…………。)


い、嫌だ!嫌すぎる!誤解だ!
思い出せば、キョウヤにも似たようなことを言われじゃないか。ダメだ手遅れだ。


自分が不憫すぎると涙ながらに訴えれば、二人共とても同情に満ちた目を向けてくれた。違う、同情するならなんとやらだ。なんとかしてほしい。



「でも実際、銀河と心葉ってそういう風にしか見えなかったし」
「ケンタまで…。只の幼馴染だよ」
「二人共、幼馴染ってだけの距離感じゃないでしょあれ」



うんうんと頷き合う二人に、私はぐっと押し黙るしかなかった。



確かに、只の幼馴染とは違うんだと思う。今までは疑いもしなかった。でも、それは私だけだったかもしれないのだ。そこに全てがあると思っていたのは、私だけだったかもしれないのだ。暖かく小さな世界には、初めから私しかいなかったかもしれないのだ。

その事実が、怖くて堪らない。

恋人になりたかったんじゃないの。お嫁さんになりたかったわけじゃないの。只漠然と、ずっと一緒にいるんだと思ってただけ。
君にしか向けられない思いがあった。はっきりとした、でも名前のない不明確で特別な気持ち。それは、周りには恋に見えてしまうらしい。違うの、でも上手く説明できない。


日本語って難しい。特別という言葉を別の言葉に置き換えようとしても、私もやっぱり、恋愛と結びつく何かしか思いつかなかった。



私は特別だと思っていたよ。
でも、銀河は違うかもしれないんでしょ?



今となっては、確認することもできない。だって、周りがそうであるように銀河にまでこの気持ちを"恋"と思われてしまうのは困る。
初めてだ、銀河相手に理解されないかもしれないと思ってしまうなんて。



「悲しいなあ…」



当たり前だと思っていたものが、急に信じられなくなってしまった。これが大人になるってことなんだろうか。いやだなあ、なんだかとっても苦い。


私の脳内など知らず、遊はけろりとした顔で「大丈夫だよ」と口にする。その大丈夫は、先ほどまでの会話に対してなんだろうけど。


「まあでも、これで新しく始まることもあるのかもねー」
「なによそれ…」
「コハルンが失恋したら、喜ぶ人もいるってこと」


顔を上げれば、にっこりと遊が笑っている。
意味が分からない。でも、その意味を問いかける前に一言言わせて。


だから失恋じゃないってば!!



20210211


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