君の為に聞かないこと



「俺と付き合わないか?」

「ブッッ………、っは…?」


吹き出した水で濡れた口元を拭い、恐る恐る声の主へと振り返る。言葉の意味を理解しようにも、隣の碧眼はあまりに平然としていて、聞き間違いかと疑ってしまう程だった。実際、その可能性が高いというのも事実。だって、その予兆は全くという程なかったのだから。


「え、え、クリス、今なんて言った…?」
「俺と付き合わないかと言った」
「ごめんごめん待って待って」


視線を一度前方へ向け、遠目に銀河の姿を確認する。子供達にベイを教える彼の姿は、数分前と至って変わらない。うん、突然世界が変わった訳でも夢でもなさそうだ。

今回私達が派遣されたのは、既に復興が大きく進んでいるヨーロッパ。銀河は指導員、私はいつも通り調査員として。
祭典のゲストとして招かれていた銀河は、到着してすぐシーザー達と合流した。その頃私は、丁度別の依頼でヨーロッパへ来ていたクリスと合流していた。本来なら、後で銀河に調査を手伝ってもらうはずだったが、折角手伝ってくれるというので甘えさせてもらうことにしたのだ。銀河同様、様々な機関から依頼を受け各国を飛び回っているクリスの協力もあり、こちらの調査はあっという間に完了してしまった。

予定が早まったこともあり、今回は随分とゆっくりできそうだ。調査結果をまとめたら、残りの時間で何をしよう。今後の予定を考えながら帰路を辿ると、祭典は既に終了していた。しかし、子供達に囲まれすっかり熱くなっている彼の様子を見る限り、暫くはあの状態が続くのだろう。その輪に混ざる気はなかったので、クリスと共に休憩し、遠目に様子を眺めながら近況報告に花を咲かせていた。


すっかりミステリーハンターだな。調査員だよ、調査員。でも、大分体力もついたんじゃないか。そうだね、でもクリスのこと見てたらもっといろいろ勉強しなきゃなと思ったよ。怪我じゃすまないこともあるしな。本当それだねえ。
そんな仕事についての話から、どう話が逸れたのか。
そういえば、お前は今付き合ってる奴はいるのか。あはは、いないんだなこれがー。そうか、なら良かった。え?

そして、この言葉である。


「ど、どうしたのさクリス急に」
「別に急じゃない」
「え、」
「気を使ったんだが、もう時効扱いでいいかと思ってな」


なんの話、と聞き返してもクリスは曖昧に笑っているだけで答えてはくれなかった。その表情に益々謎は深まるが、追究できる程心に余裕はなかった。だって、え、なんで。信じられないと思いながらも、徐々に心臓がその存在を主張してくる。彼は急じゃないというが、それは嘘だ。だって、そんな素振り今まで何もなかったじゃないか。


「ク、クリスは私のことが好きなの…?」


言葉にして、目を見て、ひと呼吸。自分の問いの、間抜けさに気づいた。あ、ダメ、やっぱり今の無し。そう言葉を続けるより早く、クリスの真剣な表情に射貫かれていた。


「好きだ」


熱すぎる顔に、今度こそ心臓が跳ねた。身体のよく分からない場所に力が籠る。続くふわふわとした感覚に、眩暈に近い何かを覚える。全く持って、免疫がない。
だけど、何か言わなければ。喉から絞り出した声は上ずっていたが、気にしてはいられなかった。


「い、いや、いやいやいやいやいや!」
「ダメか?」
「ダ、ダメだよ」
「何故?」
「何故、って…」


その言葉に、詰まってしまった。

クリスは優しい、頼りにもなる。贔屓目無しにもとても格好良いと思う。そう、とても素敵なお友達なのだ。素敵な、友達。
頭で言葉を並べる程、断る理由がないことに気が付いてしまった。だけど、ダメだ。それはダメだと何故かハッキリ分かっていた。
もう一度ダメと口にすると、クリスは同じように何故?と言葉を返す。態となのか、徐々に縮まる距離に全力で肩を押し返した。なんて心臓に悪い。
そんなやり取りを数回繰り返した後、クリスは静かに「分かった」と口にした。…助かった、だってこんな状況恥ずかしすぎる。
しかし、ほっとして顔を上げるも、そこには意地悪く笑うクリスがいるだけだった。


「理由がないなら、もう少し押し甲斐はあるな?」
「わー!!やめてやめて!!」


銀河がこちらに気が付くまで、このやり取りは延々と続いていた。




◇◇◇



「付き合ってみたらいいじゃないか」
「付き合わないよ!!」
「なんでだ、クリス良い奴だろう」
「それは、そうなんだけど…」

最近オープンしたという喫茶店は、それなりに人で賑わっている。WBBA本部の近くということもあり、お客さんの中にはなんとなく見覚えのある人も多い。店長さん、いい場所にお店を建てたと思う。実際、向かい合うヒカルとも場所が良いという理由でこのお店を選んでいた。

日本に帰国して早速、先日のことをヒカルに相談してしまった。というより、上の空でミスを連発している私を見かねて、ヒカルが声をかけてくれたのだ。我ながら情けないことこの上ない。
向こうにいる間、クリスの言う"押し"は何度もあった。その度に、同じ問答を繰り返し最終的には耐えきれず私が逃げ出すというパターンだ。しかし、中途半端にしていい問題ではない。だから、別れ際の言葉にはハッキリと答えたのだ。


「付き合わないって言ったんだよ」
「でも、返事は今じゃなくていいって言ってきたんだろ」
「噛み合ってないんだよ」
「態とだろ」


空港のど真ん中、「だから付き合わないよ!!」に何人の人が振り返ったのか。思い出すだけでも恥ずかしい。しかも、その返答が「返事は今じゃなくていい」ときた。見送りに来てくれたのは嬉しいが、これなら黙って帰れば良かったと後悔している。

唸る私を他所に、ヒカルはさらりとコーヒーを飲んでいる。そして、なんでダメなんだ?という追い打ちをかけてきた。その言葉には、もう人目も気にせずテーブルへと突っ伏すしかなかった。ダメはダメじゃ、ダメなんだろうか。
クリスは良い人だ、本当に。自分には勿体ないくらい。だけど、彼をそういう対象として考えたことなんてなかったのだ。逆に、彼はいつから私をそんな風に意識してくれていたんだろう。考えれば考える程、恥ずかしさでいっぱいになってしまう。
再度唸りだした私の頭を、ヒカルが軽く小突いた。


「だってクリスのこと、そういう目で見たことなかったし…」
「なら、一度そういう目で見てちゃんと考えてみたらどうだ。そして、次に会った時にでも返事をしてやればいいだろ」
「………そうする」


目から鱗、まではいかなくてもヒカルの言うことは最もだ。私の目線が変われば、この落ち着かない気持ちも恋という枠に収まるようになるのだろうか。
だけど、でも、やっぱり。そんな言葉が浮かんできてしまうが、続きを零してしまう前に頭を振りオレンジジュースを飲み干した。


「ありがとうヒカル」
「なあ心葉、」
「ん?」
「…いや。私も久々に心葉とゆっくり話せて嬉しいよ」
「〜〜いっぱい来よう!!」


思わずヒカルの両手を掴み、お互い声を出して笑ってしまった。
店長さんは、新たな常連の気配を察知したのかいい笑顔をこちらに向けていた。



20210516


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