山道を越え、久々に街に辿り着いた。立ち並ぶビルも、横を過ぎる多くの車も久々に感じるものだとどうも愛しく思えてしまう。だけど、スキップでもしたくなるような気分の理由は、それだけではない。なんと!左京君が!いない!ついでに鷹ノ助君もいない。
なんて開放感だ…!
左京君はバレエの講演、鷹ノ助君は見学。そして私は自由行動だ。鷹ノ助君が側にいるなら、私まで一緒にいる必要はないだろうし。
おかげで今日は、久々にひとりの時間を堪能できた。日は落ちかけ、もう公演も終わる時間だ。ホテルの場所は聞いているから、もう少しぶらぶらしても大丈夫だろうか。旅をするのに邪魔で買えはしないけれど、買い物は見るだけでも楽しいし。
夕暮れに町並みが染まる中、鼻歌混じりに歩き続ける。すると後方から周りのそれと比べ慌ただしい足音が聞こえてくるではないか。そんなに急がなくっていいじゃない、こんなに綺麗な夕日ですもの、のんびりいきましょうよ。
特に振り向きもせず近づく足音を聞いている、と。
「っへ?!」
と口から溢れるや否や、急に腕を掴まれ、スピードは衰えずすぐ横の路地裏へと入り込む。ななな、なにこれなにこれ…!?隠れるよう引き寄せられた体で我に返り、逃れようと顔を上げると、そこにいた人物に絶句だ。
「さ、左京君?!」
「ああ」
どうやら足音の主は左京君だったようだ。び、吃驚した…。ハッキリとは言えないけれど、薄暗い路地裏でも左京君の赤はよく見える。
「なに、どうしたの?」
「分からん。急に鬼のような形相で三人の女に追いかけられた…」
「鬼のようって…。それ多分、左京君のファンじゃないの」
「そうなのか?」
へえー、左京君にも追っかけさんとかいたんだ。吃驚だ。まあ、プロのバレエダンサーだし、不思議なことではないよね。バレエは詳しくないからよく分からないけれど。
「それで、なんで私までこんなとこ隠れなきゃいけないの」
「目の前にお前がいたからだ」
「なんとなくか」
「なんとなくだ」
ビシィッッと、この狭い路地裏でさえ不思議ポーズを取ってくれる左京君。ああ、プロだよ彼は。その姿に思わず溜息を溢すと、また左京君が覆いかぶさってきた。自分だって身長はそれなりに高いはずだが、流石に左京君よりは小さいのですっぽりと収まってしまう。ちょっと、と言いたかった言葉は、左京君の「静かにしろ」で形にならず。大人しく黙ると、大通りから話の追っかけさんであろう女の子の声が聞こえてきた。ああ、諦めて引き返してきたのかもしれない。
「…行ったな」
「プロも大変だね」
「それは嫌味か」
「さあね」
「今日はどこに行ってたんだ?」
「別に。ぶらぶらーっと」
「ならば、この通りの店舗は全て見たのか」
「見てる途中でこうなった」
「ここで前に公演があった時、お前の好きそうな雑貨屋があったはずだ」
「え、本当?」
「ああ。だがもう閉店時間だろう」
「…なんですと」
「残念だったな」
「も、元はと言えば左京君のせいじゃん…!」
「ああ。すまんな」
「そうと知りつつなんで巻き込むの…!」
「なんとなくだ」
「またそれかっ…!」
「あのー…」
「む?」
「ん?」
「お二人とも、いつまでそうしてるんですかー?」
「鷹ノ助」
「今までどこにいたの?」
「いやぁ、二人が路地裏に入ったっきりなかなか出てこないんで。覗くのも無粋だと思ったんですけど、やっぱり気になっちゃって」
「いらない気遣いありがとう」
「どういたしましてー」
路地から出ると、すっかり夕日は沈んでいた。
20120304