水も滴る


綺麗なシルエットだった。視界を悪くするほどよい暑さ、暗さ。月明かりに照らされた姿は、光が滑り息をするのも忘れるほど。

時計の針は日付の変わり目を疾うに過ぎていた。

ちゃぷん、そう弾く水から伸びるすらっとした足。視線をそのまま上へ上へと、白く薄いものに纏われた体を過ぎ、首元を過ぎ、水の滴る髪が見え、





「「………。」」





かこん。







「いやああああーー!!!!!」
「うわああああーーー!!!!」




水面が大きく揺れた。




「ななな、なんでアンタがここにいんの?!」
「だっておま?!ここ混浴だろッ?!普通女子は入らねえよ!!」
「だからわざわざこんな夜中に来たんじゃん!!普通人いないじゃん?!それなのになんでアンタいんの?!最悪!!」
「俺だって同じだよ!!早く出てけ!!」
「嫌だよ!!アンタが出てけー!!」


そこまで言うと、お互いにぜえぜえと息を整えた。幸いにも湯気に包まれたこの場所じゃ、喉を痛めたりなんかしない。

WBBAには珍しく、手配してくれた宿泊場所がホテルではなくどこか趣のある温泉旅館だった。温泉、混浴、浴衣。惹かれる言葉も、所詮俺達にはあまり関係がなかった。何故ってそんなの、結局俺達にとってはベイが一番だから。


だからこんな展開、全く想像していなかったわけで。


「いいから早く出てってよ!!
「うるせえよ!!近所迷惑だろ!!」
「アンタのせいでしょ?!」


混乱してたのかもしれない。考えるよりも先に言葉が溢れてくるのが、正に証拠。湯に沈むどころか、一枚の布で体を隠し、相手の目を見て怒鳴り合う男女がどこにいるんだろうか。……いたか、ここに。


他に誰もいないこの場所では、ひたすら声が重なるだけ、月明かりが滑るだけ、もわっとした空気が漂うだけ。風は涼しい。
そんな落ち着いた空間だからこそ、やたらと声は響く。


「温泉が好きなの!!分かる?!夜中にわざわざ来た私の気持ちが!?」
「だから全く俺も一緒だっつの!!」
「それなのにまさか正宗と出くわすなんて…最悪…」


がくっと肩を下ろすコイツに、カチンときたのか。負けじと張った意地みたいな何かだったのか。

頭がただ、熱く熱く。蝕む熱がここから立ち去るという最も正しい選択を拒否した結果、




「Aカップだからって、そんなに気落とすなよ!!」




そう、俺はのぼせてたんだ。そうに違いない。
だから見たまんまのことを言っちまったんだ。そうに違いない。



だから頼む、片手に構えた桶を下ろしてください。






それでも、
真っ赤になったその顔に見とれたなんて、
絶対言えない。



2011****








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