駆け下りろ螺旋階段


「…で、お前は一体何をしているんだ?」
「え?見たまんまだけど?」
「それが分からないから声をかけたんだ」


ストレッチも万全の私を後ろから呼び止めた声。ナイル君ったら何を言ってらっしゃるのでしょう。どう見たって分かるじゃない。


「螺旋階段駆け下りようとしてるだけだけど?」


とある大会会場。
目の前に広がる螺旋階段を指差せば、深い溜息が空間に響いた。おお、ナイス美声。


「何故?」

やっとの思いで搾り出した声のように聞こえる。ナイルはそれを言ったっきり、良い笑顔で口元引き攣らせているだけだ。
目を細めたナイルの表情がやたらとムカつくけど、いいだろう教えてあげるからよく聞きなさい!!そしてそのトサカで驚きを表現しないさい!!


「まあ、あれだよつまりナイル君。君は運命といものは信じるかい?」
「ダメだこいつ重症かもしれない」
「聞けよゴルァ。つまり、螺旋階段といえば!」
「避難経路…?」
「だいたい合ってないよ?!」


いや確かに螺旋階段の避難経路とかあるけどね!瞬間的にそれが思いつくなんて、アンタ優秀すぎるでしょう。よし、これからどっか出かけるときはなるべくナイルの側にいよう。避難経路はバッチリだ。


「で、まあ違うんだけどさ」
「二回も言うな。地味に傷つく」
「ああごめん。まあわざとなんだけどさ」
「わざとなのか」


だってナイルがあまりにもくそ真面目に答えたものだから、うっかり。ちゃんと教えてあげなくちゃ、人生そんな真面目で通せると思うなよ、好青年キャラがいつまでも人気だと思ってんなよ。


「…で、結局なんなんだ」
「ああ、そうでしたうっかり。よくさ、螺旋階段とかってどこぞのお城にあるじゃん」
「担架ーーッ!!」
「黙れナイーブ」


あ、これって繊細なほうじゃないよ。シャンプーだよシャンプー。似てるよね響きが。ナイーブッ!!


「それでね、だいたいお姫様が階段駆け下りると、大抵は王子様が一番下で手を広げて待ってるんだよ」
「つまり…」
「そう!駆け下りたら、私にも素敵な誰かがいらっしゃるんじゃないかと思って!」


そんな展開素敵過ぎるよね!ニヤニヤしてよだれ出そうだよえへへ!うわ、なんか一気に奴の顔に黒い立て線が入った。失礼すぎる、何だこいつって目してる。最悪だこの男。


「まあ、いいや。というわけでナイル君、君に構ってる時間はないのだよ。だってチャンスは一度きりだから」
「何故ワンチャンスなんだ。…とりあえず、そのお姫様は下りてくる前に気合を入れて屈伸なんてしないと思うぞ」


あ、それもそうか。
でもいいんじゃないかな、そんなアクティブなお姫様もそろそろ流行るんじゃないか。


「屈伸は見逃してくれ。これやんなきゃ勢い余って、いろいろとまずいことになるんだ」
「危険だという自覚はあったのか、そこだけは嬉しいよ」
「にゃろう今に見てろ。…よし、じゃあいってきま「待て」ごふっ!!」


なんで首根っこ掴むんですか痛いじゃないですか!!
くそっ、離せ…私の運命の架け橋が目の前に…!!…ん?架け橋、いや、階段?

ひたすらに手足をばたつかせていれば、頭上から本日二度目の盛大な溜息が聞こえてきた。


「いいか、よく聞け」
「ああん?なんだこの野郎」
「何故喧嘩腰なんだ。…この長い螺旋階段を駆け下りてみろ。間違いなく転ぶぞ」
「それが運命ならばッ」
「ダメだこいつはやく何とかしないと。…とにかく、お前はしっかり準備運動でもしとけ」
「おっ」


ぱっと離された腕に、妙な開放感を覚えた。それを味わうのとほぼ同時にナイルは私の横を通り過ぎ、階段を一段、下りた。


「ナイル?」
「いいか、しっかり念入りにしとけよ」


ん?ん?
何故にそのまま下りていくナイル少年。二、三段下りたところで思わず呼び止めれば、呆れ顔がこっちに振り向いた。


そして、溜息交じりで続いた言葉。





「一番下まで下りるのには、時間がかかるだろ」





そう言ってまた下り始めるナイルに、私はただ笑うことしかできなかった。




(こんにちは王子様あああー!!!!)
(あー…、はいはい)




20101211








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