もうずっときみに恋してる ああ、またか。 なんて言いたげな眼差しが、静かにこっちへと向いた。日はとっくに落ちていて、ネオンも届かないこんな裏通りじゃ、見ることのできる表情はほとんど影がかかっているのだけど。 「……。」 「……。」 「何か言ったら?」なんて脅しめいた言葉を、今更出す気もない。 相変らず、決まって彼女は僕の目を見るだけだ。本当に息をしてるのか不思議なくらい、本当にただ真っ直ぐに僕を見る。 HDアカデミーきっての天才。 そう呼ばれている、彼女は。 頭脳明晰、ベイの腕だってなかなか。ああそうだ、ジャックがよく彼女をモデルにしたがってたっけ。補足、個人差はあれど、客観的に見ても彼女はなかなか顔も良い。 そんな憧れと羨望の的である彼女。自信に溢れていつも不敵な笑みを浮かべている彼女が、ここまで無表情を徹しているなんて。見るまでは想像もしなかった。それどころか、自惚れが過ぎた馬鹿な女の子だとも思っていた。 一体こんな時間にこんな場所で何をしているのか。 (ああ、今日もか…) 逃げてきたんだ。あの檻から。 星だって輝いて、月だって昇ってる。そんな遅くに出歩くのは、誰がどう見ても不自然極まりない。逃げ出してきたことは明らかなのに、今、彼女と向き合っているのは僕一人。追っ手なんて、誰もいない。 一つだけ、彼女にも欠点があった。 彼女は、アレンジ適合者ではなかった。 それでも、ベイの腕は確か。つまり悪く言えば、下っ端のトップ。 魅力的な潜在能力も、化学の前では為す術がなかったみたい。ま、関係ないけどねそんなことは。 毎晩こうして逃げてきては、こうやって立ち止まってる。 誰かに止めてほしいのかなんて思った時期もあったけど、多分違う。言葉なんて交わしたことはほとんどないけど、そんな女々しいことする女の子ではないみたいだ。 何かに引き止められている。 何かが縛り付けているんだと、ゼオが言っていた。近いものでも感じるのか、自分のことのように言っていた姿がよく記憶に残っている。 最大限の反抗、だろうか。 「君、哀れだよねえ」 何度この言葉を浴びせただろう。君の顔を見るたび思うよ、ずっとずっと何度も。 逃げたいなら、逃げればいいじゃない。どうせ誰も手なんて伸ばさないんだし。駒にだってならないんだから。 早く表の世界に戻りなよ。君程度の力だったら、結構いいところまでいけるんじゃない?顔だっていいんだからさ、普通に女の子してればいいじゃない。 引き止める何かなんて、分かるはずない。だって僕と彼女はただの顔見知り。それが小さなことだろうと大きなことだろうと、僕には関係のないことだ。興味だってない。 ただ、気が付くとそこにいるから、目で追ってるだけであって。 ただ、初めて会ったときの印象と今が噛み合わなくていらいらしてるだけであって。 なんでそこにいるのって思うくらい、君は僕の視界にいる。 僕しか気づいてないなら、僕が追ってあげるしかないじゃない。 本当に、それだけ。 逃げ出したいなら、もっと上手く逃げてくれよ。中途半端じゃなくて、さっさとその何かを捨て去ってさ。 いっそのこと、僕がアレンジでも受けてるときにしてくれないかなあ。 嫌でも見つけちゃうんだよ、君のこと。 ああほら、さっさと絶望させちゃえよ。中途半端なことをされるのは、もううんざりなんだ。強いなんていっても、結局弱いんだよ彼女も。正直、HDアカデミー似合ってないし。 突き放そう。彼女が逃げ出せるように。真っ暗闇で、その何かを捨てさせちゃえばいいんだ。 どうせ真っ暗闇の先は、明るい場所なんだろうし。 「逃げられると思ってるの?逃がすわけないじゃないか」 ああ、また言っちゃった。 言いたいことは真逆なのになあ。 いい加減にしてほしい。 (、出会った時からだよ) もうずっときみに恋してる 嫌でも見つけちゃうんだ。 だから、どうか早く目の届かないところへ。 -------------------- 夢色流星群様 企画提出作品(旧サイト:みずいろ) 20110821 ← ×
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