神様になんてならないで


相も変わらずキョウヤに文句を言われながら、首狩団のたまり場でだらだらと過ごす時間。代わり映えのしない光景、飛んで来る文句、つまらないバトル。そして、その日行われた百機バトルも何も変わらない日常。

に、なるはずだった。

今になって思えば、目を奪った白い翼は開いた本の一ページ目。誰が主役かも分からないおとぎ話を、確かな鼓動を抱えて私は歩き始めていた。


キョウヤもベンケイも最近調子に乗っていたし、これは良い薬かもしれない。初めは、そんなことを思っていただけ。銀河を追いかけるキョウヤの後ろを、私も一緒についていった。
そうして彼と対峙する時間が増え、その間に、私はその天馬に恋をしてしまったんだ。真っすぐな目も、ひたむきな背中も、心を奪われるには十分すぎるそれだった。

まあ、彼もこの女心が何も分からない幼馴染と同じで、ベイブレード馬鹿ということはすぐに分かった。だからこそ、私のことなんて、キョウヤの後ろによくいる女くらいの認識だろうと思っていた。それなのに、彼は私をちゃんと認識して、笑いかけて、一緒に行こうぜなんて手を差し伸べてくれる。すごい、首狩団みたいな男友達しかいなかった私にとって、彼の笑顔は王子様のそれだ。


「私、銀河のことが好き」と堪らず一大決心の告白をした相手は、本人でも女友達でもなく、なんだかんだ一番傍にいたキョウヤだった。余りにドン引きの表情で「趣味悪いな」なんて言うものだから、大喧嘩になって三日は口を利かなかった。最終的にはキョウヤが折れたけど。


どんな時でも彼を目で追ってしまい、周囲に私の想いはバレバレだった。初めは恥ずかしかったけど、事ある度に揶揄ってくるまどかちゃんもケンタ君も、優しい子達で私が喜んでしまうギリギリのラインを心得ている。これ、これだよキョウヤ。アンタにはこういうのが足りないのよ。いや、決してアンタにそういうのを求めてはいないんだけど。


そんな鮮やかで柔らかい恋心を抱きながら、彼の冒険に並んで歩く。


とにかく彼は凄かった。その強さに、何度心が盗み取られたことか。

だけど、暗黒星雲を倒しバトルブレーダーズで優勝したあたりから、何か違和感に気がついた。それは違和感とも言いづらい本当に些細な何かで、自分でも初めは分からなかった。銀河のまわりにはいつも通り人が集まっていて、笑顔で、そう、何も変わらないはず。気のせいだろうって、私も笑った。


次に、彼は世界大会の日本代表になった。しかも予選免除で。銀河はそのことを面白くなさそうに語っていたけれど、喜ぶべきことでしょう。だって、それは強さの証明だから。

彼の強さは絶対だ。

だけど、角谷正宗、彼の存在は何故か私を安心させた。彼が銀河と出会い、チームを組み、俺の方が強いと食って掛かる姿を見て私は少し安心したの。何故だかは分からないけれど。
でも、ダメだった。
世界大会で優勝し帰国した彼らに会って、そう思った。幸せしかないその空間に、私はまた何か違和感を感じてしまった。そして、ああ、彼もダメだったか、なんて。何がダメなのか、自分でも全然分からないんだけど。


この時には、私の恋を揶揄う人はもう誰もいなかった。銀河にどんな熱視線を送ろうとも、彼の手が私に触れる度真っ赤になって狼狽えても、皆優しく微笑むだけ。それに不満がある訳じゃない。私はいつも幸せの空間にいて、この胸を高鳴りはあの時から全く色を変えていない。

だけど、何故かどうしても胸に閊えた思いがあって、「私、銀河のことが好き」と口にする。やっぱり相手はキョウヤだけど。キョウヤはあの時と変わらず「趣味悪いな」と言った。
だけど、違った。苦々し気な表情は、あの時とは意味が違っていた。
堪らず「アンタにはガッカリだよ」と言ってしまうと、これまた大喧嘩になってしまった。アンタだけが頼りだったのに。はあ?意味か分かんねえんだよ。そう言って伸ばされた頬がヒリヒリと痛む。なんでそんなことを言ってしまったのか、自分でも分からないけど。



うん、後悔はしていない。



「お前は女の子なんだから、キョウヤに喧嘩で勝てるわけないだろ」
「…昔は勝ってたよ」
「それは手加減してやってたんだよ」


そう言って笑う私の王子は、頭を優しく撫でてくれる。
じわじわと広がる熱が、陽だまりみたいに暖かい。



出会った頃より、少しだけ大人びた顔つき。追い抜かれた身長。

その過程を全て一緒に過ごしてきたはずなのに、どうして今、少しだけ遠くに感じてしまうのだろう。こうして漸く心を落ち着かせ、目を合わせ、触れられる関係まで近づくことができたというのに。

私も少しだけ大人になったから、今なら貴方が大好きだと、本人に伝えられる気がするの。いつもみたいにキョウヤ相手じゃなく。


だけど、何故かその言葉は届きそうもない気がした。目を瞑ればすぐに思い出す、百機バトルで見下ろした貴方相手になら届きそうなのに。



「早く仲直りしろよ」
「分かってる!」



ねえ、貴方が大好きなの。
これが恋だといえるうちに、届けなくちゃいけないのに。




20210524








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