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未来へと綴る


今夜泊まる温泉旅館の建つこの地は、木々の緑と渓流のせせらぎが穏やかで風光明媚な所だった。
自家源泉の天然掛け流しの湯は無色透明で柔らかく、コラーゲンの生成を促進する成分が入っているらしい。
由緒がありかなり有名な旅館らしいが、時期を外れているせいか他の客に勝ちあう事もなく、湯の心地よさになまえはついゆっくりし過ぎてしまった。
脱衣所の時計を見れば、入口で斎藤と分かれてからもう1時間以上経っている。
はじめさんはもう部屋に戻っているかもしれない。
髪を乾かすのもそこそこに、少し慌てて浴場を出た。
木の廊下や柱はピカピカに磨き上げられ、開け放した窓から入り込む風が火照った身体に心地よい。
入籍はしたが挙式も新婚旅行もしていない二人は両親の勧めもあり、退院した斎藤の快癒を祝い一泊だけではあるが、二人でのんびりしようとやってきたのだ。

「はじめさん、遅くなってごめんなさい」

ドアを開け格子状の引き戸を引くと正面の窓際に、床の間を背にして斎藤が渓流を眺めていた。

「はじめさん?」

物思いに耽っていた斎藤は二度声をかけられやっとなまえに気づくと、頬に柔らかい笑みを浮かべる。

「お帰り。いい湯だったか」
「はい」

斎藤は湯上りのなまえの浴衣姿に頬を緩める。
差しのべられた手に誘われるように傍まで行き、彼に並んで外を眺めた。
なまえの腰を抱きよせた彼が窓外に目をやったまま、小さな声で呟くのを聞いた。

「……似ているな」
「え?」

暮れかけた日の光、残照に照らされた木々、人工物のまるでないその景色は何となくあの風景を思わせた。
木々に囲まれた甲州街道を。
斎藤の横顔から表情は読みとれなかったが、声に僅かな痛みが滲んでいるように聞こえて見上げる。
なまえの視線に気づいた斎藤はふと表情を和らげ、何も言わずに触れるだけの口づけをした。
やがて中居がやってきて食事の用意が整った事を告げる。
食事の為の個室に案内されて時季にしか味わえない食材を活かした懐石料理が供され、甘いざくろの食前酒になまえが心を浮き立たせれば、斎藤が目を細め彼女を見つめる。
侘びや寂びを感じさせ趣のある料理を前に、彼も地酒をゆっくりと堪能した。





再び部屋に戻ると二間続きの奥の間に寝具が述べられていた。
敷居際の窓辺に設えられた置き行燈の柔らかい灯りごしに、斎藤がまた外を眺めやる。
その横顔は行燈の灯がそうさせるのか、影が浮かんでいるように見えた。
彼に寄り添いなまえもすっかり暗くなった夜の窓外に目をやる。
昼間は爽やかな緑も夜の帳の中では、鬱蒼と重なり合う木々がどこか禍々しさを感じさせた。

「あの時、木々の間を、お前と歩いた」
「はい」
「勝沼の敗走は苦しかったが、お前と共にあるというだけで、嬉しかった」
「はい……、」

横顔は翳りを濃くし、手が僅かに震え拳を握っている。
いつもと違う斎藤の様子にはっとして彼を見つめる。

「そのような俺の慢心が……お前を」
「はじめさん?」
「なまえが目の前で撃たれるのを、俺は守りきれず」
「はじめさん、そんなこと、」

肩を震わせ沈鬱な声を絞り出したかと思うと、斎藤がなまえの前に崩れるように膝をついた。

「すまない……」
「はじめさんっ」

なまえはこれまでにこんな斎藤を見た事がなかった。
過去にも、あの時代にも、再び戻った現代でも。
まるでいたいけな子供が母親に縋るように、斎藤がなまえの腰に腕を回す。
彼の頭を、思わず抱き締める。
髪をゆっくりと撫でれば、斎藤はなまえのなすがままになっていた。

「はじめさん、私は生きている。これからもあなたと共に生きていく。だからもう、」

心許なげな瞳で見上げてくる斎藤の頬を小さな細い手で包み、優しく語りかけるように言葉を紡ぐとなまえは腰を屈めた。

「もう苦しまないで」
「……俺は、なまえの傍に居て良いのだろうか、」

今までに聞いた事のない斎藤の弱音が胸につまされ、小刻みに震える唇に優しく口づけた。
唇を離すと、斎藤が驚いた様に眼を見開きなまえの瞳を見つめる。
その瞳を見返しながら膝をつき、斎藤の首筋に顔を寄せて唇を滑らせた。





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2013.06.05



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MATERIAL: ユリ柩 / FOOL LOVERS

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