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15 因果律


眠ることも出来ず自室に座りこんだ名前は、定まらない目で長い時間じっと壁を見つめていた。

斎藤さんは原田さんといた私に失望しただろうか。
誤解だと言えばよかったのだろうか。

でも名前には言えなかった。
それどころか斎藤が誤解をしたまま自分を軽蔑し、嫌いになって離れていくならいっそその方がいいのかもしれないと考えていた。
それはとても辛い事だ。また原田に申し訳なく思う気持ちがある。それでも。斎藤にこれ以上近づけばきっと自分の方こそが想いを抑えることが出来なくなる。この時代に生きる人達の人生を変えることが怖い。それをすることはきっと因果律の崩壊に繋がるからだ。
時間軸の中では原因となる物事があり後の結果に結びつく、それが因果の定義だ。全ての事象には因果が存在する。過去に遡り出来事を変更してしまえば未来が変わってしまうということだ。
自分がここにいる為に起こり得ないことが起こる。起こるべきことが起こらない。何者であるのかも定かでない自分などのせいで過去や未来が変わるなどあってはならない。
だが怒りと悲しみを宿らせた斎藤の深碧の瞳が、瞼の裏に焼き付いて離れない。胸が裂かれるように苦しくなる。
大坂から戻った夜、斎藤が贈ってくれた青い簪が嬉しかった。しかしあれから隊務でも稽古の時も何事もなかったように振る舞った。斎藤に時折切なげな瞳を向けられることだってわかっていた。彼が伝えてくれた真摯な想いも、抱き締められた腕の温かさもずっと忘れられない。名を呼んでくれた声が今も耳に残っている。
一枚の壁を隔てた向こうに、すぐに手の届くところに彼はいる。この足でたった今彼の元へ行き自分も同じだと、あなたを好きなのだと告げてしまえたらどんなにいいだろう。
だがもう斎藤に近づいてはいけないのだ。
未だ記憶は完全ではなく、認識出来ている事はほんの少し。姓名が苗字名前である事。1991年に生まれ2013年に22歳であった事。そして何故だか解らないが自分の時空間だけが歪み1865年の此所に今居る事。
148年後がどんな世界かは覚えている。それは此所にない物ばかりがある世界。コンクリートで出来た街。車が走り飛行機が空を飛ぶ。電力が最大のエネルギー源となって、産業も生活も賄われている。
その世界がきっと自分の帰る場所だと思う。
しかし自分が何者だったのかが全く思い出せない。どんな場所でどんな人と生きていたのか。誰か愛した人が居たのか。両親のことすらもわからない。
そして本当にそこへ帰れるのかも。もう居場所がわからない。

どうして此処へ来たのだろう。
このまま此処にいていいのだろうか。
この先どうすればいいのだろう。

幾度も考えた。出口がない思考の中をそのたびに彷徨う。まるで常世の闇の迷子だ。
新選組についての知識は少しだけあった。斎藤一と言う人物のことも、やがて徳川幕府が終焉することも漠然とだが知っていた。それは史実として学習をしたからだ。
自分の知る新選組にとっての近い未来を彼ら自身が知ってしまう事が恐ろしい。無論伝えることなど出来るわけもない。

私は斎藤さんの優しい瞳に見つめられて少し浮かれていたんだ。好きになんてなってはいけなかったのに。
彼には千鶴ちゃんがいる。千鶴ちゃんならきっと彼と幸せになれる。あの屈託のない笑顔で斎藤さんをきっと幸せにしてくれる。
これ以上、斎藤さんに近づいてはいけない。いつまた何処へ消えるとも解らないこの身では。

果ての見えないスパイラルの中で名前の思考はいつまでもぐるぐるぐるぐると回り続けた。気付かぬうちに涙が零れ落ちた。止まらない涙を零し続けていた。




十一月、幕軍としての立場で近藤局長は長州訊問使永井主水正尚志に随行し広島に赴く。長州藩代表宍戸備後を訊問したが、成果は得られなかった。
遡るこの年の初め長州では高杉晋作らが挙兵し倒幕派政権を成立させていた。高杉らは西洋式軍制を敷いて奇兵隊や長州藩諸隊を編成し、また薩摩藩においては軍備拡張動向が見られた。この時点で薩長には翌年明けて直ぐの同盟が視野にあったと思われる。
しかし危機感の足りない幕府は、これをただの内紛であろう程度にしか認識しなかった。
第一次長州征討続く翌年の第二次征討は不首尾に終わり、幕府瓦解への秒読みは確実に始まっていた。



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MATERIAL: ユリ柩 / FOOL LOVERS

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