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その2
(2/6)


その日の夕餉の席に斎藤さんの姿が見えない事が気になり、私は皆が食事を終えるとなるべく早めに部屋に戻りたくて、だらだらといつまでも居残ろうとする平助君や永倉さんを追い立てて後片付けに励む。
沖田さんが呼びに行った時「夕餉はいらぬ」と追い返されたと言っていた。心配だから終わったら部屋に戻る前に斎藤さんの様子を見にいこうと思っているのだ。
沖田さんが近寄ってきて「手伝おうか?」と言ってくれたけど丁寧に辞退した。私には策士は向かないんだ。斎藤さんには策略じゃなくて誠意で勝負をかけたい。
それにしても夕餉もとらないなんて、今朝顔が赤かったのは、やっぱり風邪だったのかもしれない。おにぎりを作って持って行こうか、それとも玉子酒でも作るべきかなと思案していると、思いがけず斎藤さんが勝手場に顔を出した。

「あ! 斎藤さ……ん……、」

その顔を見て思わず息を飲む。呼びかけた私の語尾が消えかける。今までに見たこともないような冷たい瞳で斎藤さんが私を見据えていたのだ。
彼はついと私から視線を外すと、今洗い上げたお皿の中からお猪口を一つ取り上げた。よく見ると片手に大徳利を持っている。え、それは、もしかしなくてもお酒ですよね? っていうか呑むんですか?

「あの、具合が悪いのでは……もしかして風邪じゃ? そんな時にお酒なんて……、」
「うるさい」

斎藤さんが低い声で私の言葉を遮った。強張る私を置いて踵を返した彼は、ふと足を止める。

「監視役としてあんたに言っておかねばならぬことがある」
「…………」
「後で俺の部屋に来るように」
「……は、はい……、」

背中越しに一言残して彼はそのまま歩き去った。怖い。こんな怖い斎藤さんは初めてだ。いつもなら私と話す時軽くどもりがちだったり薄ら目元を染めたりするのに、今の淡々とした口調の彼は感情が全然読めなかった。
背筋を冷たいものが伝う。
私、何かしてしまったのだろうか。いや、きっとそうに違いないけれど、心当たりがない。だけどあの様子からしてかなり怒っていることは確かだ。一体何を叱られるのだろう。
斎藤さんは照れ屋で少し不器用で、ただただ優しい人だとばかり思っていた。何かと付き纏う私を彼はいつも困惑気に見返したけれど、あんなに怒った事なんて今まで一度もない。私は此処に身を寄せてから直ぐに彼を好きになってしまって、それから一生懸命想いを伝えてきたつもりなんだけれど伝わってる節もない。
よく考えてみればここは刀を腰に差した武士の闊歩する幕末で、斎藤さんは人斬りも厭わずに行わなければならない新選組の幹部隊士なのだ。
今になって急に自分の舐めた態度が後悔されてくるけど、時既に遅し。
斎藤さんを怒らせることや彼に対して失礼なこと、思い当たらないといえば思い当たらないけれど、これまでの私の行動の全てが失礼なのだと言われれば返す言葉もない。
斎藤さんの部屋に恭しく置かれた刀掛け。其処に掛けられた彼の愛刀が目に浮かぶ。斎藤さんは誰よりも刀を大切にしていて手入れも怠らない。彼のそれはさぞや切れ味もいいことだろう。
もしや、あれで斬られるのかな、私? いやいや、まさか。いやいやいや、まさかじゃないよ、此処は幕末。十分有り得るよ。
でも大好きな斎藤さんに斬られるならば……、って違う、違うよ。いくら好きでもそれとこれとは全然違う。私はまだ死にたくない……っ!





手酌で注いだ酒を一息に呷る。なまえと出逢ってから俺の胸は、まるで病態を示しているかのような異常な動きばかりをする。それは特に彼女に近寄ったり寄られたりした時に顕著である。何故なのかと今日も考えてしまった。
巡察から戻った矢先、偶々見てしまった光景が頭から離れぬ。思い出すたびに胸の奥がきりきりと捻じれるようだ。
つい左胸を強く掴む。
思えばなまえと共に居る時は常に身体の芯が熱を持ったように疼く。彼女の想定外の行動に出会う度、例えて言うならば感冒にかかった時のように全身が熱くなる。
これは左之や新八との酒の席でよく聞かされた、女に惚れたと言う状態によく似ているようだ。とすれば俺はみょうじなまえを好いているということになるのであろうか。
浮かぶのはまた総司の顔だ。いやに熱のこもった瞳でなまえを見つめていた。またしても胸を刺す痛み。
総司はなまえを好いているのだろうか。そしてそれよりも肝心のなまえの方はどうなのだ?

「……斎藤さん」

控えめな声が聞こえたのはその時だ。俺の肩が己の制御を超えてビクリと跳ねた。もう一杯酒を呷り一呼吸おいて応える。
朝とは違い静かに開いた障子戸の向こうには、神妙に俯いたなまえが正座をしている。
「入れ」と言う前になまえはいきなり、畳に頭を擦り付けんばかりに平伏した。

「か……っ、数々の御無礼をどうぞお許しください」
「……は?」

またこの娘は予想外の行動に出た。どのように反応してよいのか解らずに俺は固まる。
だが次第に得体の知れない笑いが込み上げてくる。何を謝っているのかは知らぬが、必死そうなその姿が愛らしく、同時に何やら笑いを誘うのだ。

「あんたは何を謝っているのだ? 兎も角頭を上げろ」
「……はい」

顔を上げたなまえは俺の顔を見て目を丸くした。

「……あの、斎藤さんはどうして笑っているんですか?」
「さあ、よく解らぬ。ではあんたは何故頭を下げている?」
「さあって、他人事みたいに。さっき怒っていましたよね? だから私は」
「俺は怒ってなどおらぬが」
「え、だって。あんなに怖い顔をして、さっき」
「怖い顔、そうだったか?」
「食事もとらずに」

己の顔に片手を当てた俺を凝視したままなまえは尚も緊張を続けているが、俺は事実何かに怒っているわけではなかった。
先程の勝手場では緊張の余り強張っていたことは認めるが、怒っていたつもりはない。ただ今宵のうちに彼女に言っておきたい事と、必ず確かめておきたいことがあるだけだ。
文言を頭の中で組み立てつつも上手く形にならないが為に頭を悩ませ続け、夕餉を呑気に口にする気になどとてもなれなかったのである。
俺は猪口に酒を注ぎ飲み干す。なまえが俺を見つめ続けている。
視線に晒されているのが面映ゆく、戯れに「呑むか」と差し出せば意外にも手を出す。これまでになまえが酒を口にするところを見たことはなかった。





俺はやはりこの娘を好いている。見つめれば見つめるほどに目が離せない。酒のおかげで幾分緊張も解けたような気がする。
しかし核心に触れることは出来ぬまま、互いに酒を注ぎ合い交互に猪口を口に運んでいる。なまえが酒を嗜むことなど、俺は全く知らなかった。
如何な言葉にすれば伝わるのかと逡巡を続けていれば、目元を染め蕩けるような目つきでふとなまえが俺を見上げた。魅き込まれ脳天まで熱が上る。
やめてくれ。そのような瞳で見つめるな。

「さっきの斎藤さん、怖かったです」
「そ、それは、すまん。怖がらせるつもりでは、」
「でも、かっこよかった……です」
「……は?」
「いつもの優しい顔も、照れたような顔も素敵だけど。さっきは少し怖かったけど、ううん、少しどころじゃない、斬られるかと思いましたもん。でもああいう厳しい顔も素敵で……私はやっぱり、斎藤さんの……こと……が……、」

なまえが俺の胸に倒れ込んでくる。受け止めた俺の心の臓は激しく暴れ今にも胸の皮を突き破らんばかりだ。
今だ。今口を開かずしていつ開くのだ。
俺は長いことわだかまっていた溢れそうな想いを初めて曝け出す。常の俺にはないことだが、少しばかり声が裏返っていたような気がする。しかしそのような事に頓着している場合ではない。

「なまえ……、あんたは俺を好いていると言ってくれたように思うが、あれは一体どういった心持ちで口にしたことなのかを先ず聞きたい。それから、そ、総司のことだがあんたはあいつにもあのような、つまり、その……俺にすると同じような事をいつもしているのか? だとしたらそのような女子にあるまじき行動は今すぐに改め、総司か俺かどちらかに心を決めて欲しい。このようなことを言うからには無論、俺も覚悟を決めている。俺は、あんたを……あんたのことを…………っ、」

「すーすーすー」

俺の胸に顔を埋めたなまえの細い身体が、僅か重みを増したようには感じていた。
あまりにも反応のないことを怪訝に思い胸から引き剥がせば、果たしてなまえは寝入っていた。
まさかこのような局面で。
俺の方は全身に回った熱を冷ましきれずにいると言うのに、これでは完全に独り相撲ではないか。一体どうしてくれるのだ。
だが見つめればなんとも憎めない愛くるしい寝顔である。彼女の小さな手に握られていた空の猪口を取り、脇に置いてその身体を抱き直す。
んん、と小さく声を漏らすなまえはしかし目覚める気配が全くなく、寝苦しさにか僅かに身じろいだ。
体勢を変えその頭を俺の膝に載せればなまえは再び深い眠りに落ちていったようだ。酒を呑んだ為か、いつもはきちんと合わされているなまえの襟元が僅かに乱れ、いつもは見えない肌が薄桃色に染まっているのが見て取れた。またしても鼓動が早鐘を打つ。
あんたにはもう一つ大切なことを言っておかねばなるまい。
あんたを想う男の前でこのような姿を晒すなど如何に危険な事か、無防備なあんたは全く解っておらぬ。真っ先にそれを教えてやらねばなるまいな。
今夜は酒が入っている故、今目を覚ましたあんたを前にしたならば、俺に己を律する力などは恐らくないぞ。いや、恐らくではない。断じてない。
俺は膝の上に何とも言えない幸福な重みを感じながら一人手酌を続けた。





気づけば眠っていた。どのくらい眠ったんだろう。うっかりうたた寝をしてしまったみたいと思いながら、薄ぼんやりと意識が戻れば温かくて少し硬い枕に頭を載せている……って。あれ?
違う、これは違う。いつもの私の布団じゃない、これは。
横向きで寝ていた私の目の前は墨色。恐る恐る顔を天井に向けてみる。直ぐに目に飛び込んできたのは切れ長の潤んだ青い瞳。斎藤さんが私を優しく見下ろしていた。
いつものように首元に襟巻きはなく、少し緩めた前合わせから覗く鎖骨に引き締まった胸が目に入った。
着物を脱ぎかけた姿は今朝も見た筈なのに私は急に狼狽える。結紐を解かれた紫紺の髪がしどけなく肩に纏わりあまりにも色っぽい。頬にじわじわと熱が上る。

「起きたか」
「ふあっ! さ……さっ、さ、斎藤さん……っ、」

慌てて飛び起きようとした身体が彼にしっかりと拘束されてしまった。反射的に抗うもますます強く抱き込まれ、一ミリも身動きが取れなくなる。

「あ、あの……ご、ごめんなさい、私、」
「何故、謝る?」
「い、いえ、あの、離してください……」
「悪いがそれは聞けぬ」

彼の揺れる瞳が近づく。
待って、待って。
確かに私は思った、思いました。斎藤さんとだったらそんな事になってもいいって、確かに思いました。
だ、だけどだけど、仮にも私初めてなんです、こういうこと。
いくらなんでも心の準備っていうものが必要なんです。だから、だからお願い……

「待……っ!」
「待てぬ」

次の瞬間温かくて柔らかい、少しお酒の香りのする唇が私を塞いだ。
長い睫毛を伏せた斎藤さんが、ちゅ、ちゅ、と頭の芯まで蕩けてしまいそうな甘く切ない口づけを私に。
おかしい。おかしいでしょう?
追いかけていたのは私のほうだった筈。これじゃあ、まるで、まるで……。





初めて出会ったのはあんたが俺の上に降ってきた瞬間だ。その時初めて俺はあんたに触れた。その感触を片時も忘れたことなどないがもう一度確かめたい。俺はどうやらずっとそう望んでいたようだ。
あんたの半径一間ほどの空間に一度入ってしまえば、それだけでこの身は微熱を孕み狂おしい程に胸が高鳴る。その理由をもう一度確かめたかった。
なまえの甘い唇に溺れながら俺は、動かしようのない己の真実を知る。

先程の言葉だが、一部を訂正させて貰いたい。つい俺と総司のどちらかを選べと言ってしまったがあれを撤回する。
武士に二言はないがこのような事は生涯これ一度きりにするゆえ。

なまえ。
酒の力を借りて想いを告げる俺を赦せ。
総司でも他の誰でもなく、どうかこの俺を選んで欲しい。
これからもずっと俺の目の届く範囲にいつもいて欲しい。

俺はおまえを愛している。



2014.04.25

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MATERIAL: egg*station

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