斎藤先輩とわたし | ナノ
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01:until Christmas


街はクリスマス一カラーに染まっていた。クリスマスの音楽がどこからともなく聴こえてくる。
天井まで聳える巨大なクリスマスツリーを眺めれば、いくら私とは言えこれでも女子の端くれ、ついつい気持ちが浮き立ち楽しい考え事に耽けってしまう。キラキラと光るイルミネーションのふんだんに巻き付いたそれは、とても豪華だ。
つい先日のこと、ふと思いついて斎藤さんに「今一番欲しい物ってなんですか」と聞いてみたところ「俺が欲しいのはあんただけだ」と間髪入れずに返された。
聞きたかったのはもちろんそういうことじゃない。しかし私の思惑にお構いなしの彼が続けた次の言葉はこうだ。

「その他の大抵のものは己で何とかできる」

……そうですよね。
斎藤さんはそういう人です、わかってました。
きっぱりと告げられた言葉に二の句が次げず、会話が終了したことを思い出す。
確かに彼のその反応は想定内ではあった。だって昨年もうっかり同じやりとりをして、恥ずかしながらその場でしっかりともらわれてしまった私だ。
だけど、今年は。
今年は少しくらい何かこう、クリスマスらしい事をしたいのだよ、私だって。

「おい」
「プレゼントって言ったらほら、何かそれらしくリボンをかけた素敵なラッピングでね」

昨年は食事に連れて行ってもらってお高いワインなんか飲ませてもらって、例の如く飲み過ぎた私は酔っ払って斎藤さんにまた美味しくいただかれてしまい、結局何だかなーな聖夜となった。因みに記憶もところどころ飛んでいる。
今年こそは昨年の雪辱を晴らすべく何か対策を練らねば。負けないぞと私は拳を強く固める。
彼の意表をつくような何か。ない知恵を絞ってうーんと考える。

「お前」

苛ついた声がそんな私の思考をぶった切った。派手なツリーの傍ら、高級で座り心地の良さそうな革張りのソファ、見るからに高級スーツが私を睨み付けている。

「何を考えている」
「……え、だからクリスマスプレゼントの………、はっ!」
「俺の前でそのような阿呆面をして見せるとはたいした根性だ」
「お前はマッチ売りの少女か、みょうじ。取り敢えずこいつのことは気にするな、風間。いつもどおり15段でいいんだな」

土方部長の醒めた声。空調の効いた温かな部屋の中。イベントごとにはそれほど関心のない方だった筈なのに、豪華なツリーの電飾にうっかり幻覚を見ていた。
向かい合わせのソファ、私の隣には土方部長。その正面に物凄く不快げな表情をした人がいる。その顔は恐ろしく整っている。
我に返れば、ここは客先の社長室なのだった。

「す、すみません! 私ったら、」
「貴様の部下だけあって無礼な女だ。持て余しているのではないか、土方」
「お前に言われたかねえよ。お前が採用したアルバイトときたら一月と続いた試しがねえじゃねえか。まあ、おかげでリピート続きでこっちぁ助かるが」
「天霧と不知火がいる」
「ありゃ身内だろ」

燃えるような緋色の瞳にツリーの電飾の明かりを反射させたその人は、イタリア直輸入のブランド革製品を扱うショップを幾つも経営する風間社長である。彼の背後の壁には『風間物産』と墨書きで大書した額が飾られている。
風間社長は再び私に鋭い視線を向けた。

「お前、名をみょうじなまえと言ったか」
「は、はい。申し訳ありませんでした」
「なかなかに人を食った女だが、まあ気に入った」
「は?」
「は?」

思わず深く頭を下げた私と土方部長の声がシンクロする。
外回りの帰りに駅でばったりと遭遇した部長に、お得意さんのとこへ行く序でだからお前も来いと言われ、連れて来られたのがここ、カザマ・カンパニー・リミテッドである。
風間社長は年中ショップアルバイトの募集をかけているが、企業宣伝を兼ねて三大紙に新聞広告を定期的に打っている。しかもサイズは15段、所謂一面広告だ。
こう簡単に言ってしまえばあっさり聞こえるだろうが、それは値引きなしの料金にして、2の後ろに0が七つ付く金額なのだ。
新聞というのは言うまでもなく日刊である。風間社長はこの目の飛び出そうな金額を、たった一日の広告掲載の為に支払う人、イコールとんでもないお金持ちなのである。
彼は新選エージェンシーにとって上得意であり、あまりにも美味し過ぎるリピーターだ。
部長はかねてからこうして少しずつ、抱えている顧客に私の顔を繋げてくれていた。
それにしても土方部長の手腕と人脈恐るべしである。最もこの二人の前で別世界に飛んでいた私も大したものだと思うが、それは威張って言えることではないだろう。

「時になまえ。クリスマスプレゼントなどで悩んでいるのならばこのカタログから選べ。お前が寄越すならば受け取ってやろう」

自社製品のカタログを差し出す風間社長。

「はい?」
「ついでに俺の店の店員として雇ってやる。給料はそいつのところの倍出すぞ」

そう言って土方部長を顎で指す。

「やめてくれねえか」
「口出しをするな、土方。誰に向かって口を利いている」
「口出ししねえでいられるか。こいつに手を出されたら俺の身が危ねえんだよ」
「え、そっちの心配……?」
「いや、そうじゃねえ。こいつはうちの大切な社員だ」
「そんな取ってつけたみたいに、しかも棒読み」
「……ゴホッ」

土方部長を横目でジトリと見れば、部長はわざとらしく咳払いなんかしてる。
それにしても風間社長の思考回路ってよくわからない。わからないけれどこの尊大な態度も致し方なしと思えるレベルの顧客ではある。
でもその風間社長にこんな口の利き方をする土方部長もまた改めて恐ろしい人だと思った。





「平助、どういうつもりだ」
「千鶴が一君となまえにって、少し早いけどクリスマスプレゼント」
「それは先ほど聞いた。俺の疑問は何故これを寄越すのかという点だ」
「うん、千鶴には少しサイズが大きいらしくてな。本当は千鶴に着せたかったんだけどさ、ちょっと見てくれよ、これ」
「ま、待て、平助、」

この男との会話が噛み合わぬのは何も今に始まったことではない。紙袋の中から赤い衣服のようなものを目の前で取り出そうとしている平助の、その考えなしの行動を泡を食って制止する。
中途で手を止めたまま平助はにこにこと腹立たしいほどに機嫌がいい。

「クリスマスと言えば恋人達の一大イベントだろ?一君達の聖なる夜にぜひ役立てて欲しくてさ」
「…………、」
「なあ、一君。もしかしてこういうの嫌いか?」
…………。
…………決して、嫌いではない。
いや、だが昼日中の蕎麦屋である。しかもここは俺のオフィスの目と鼻の先である。場所柄を弁えろと声を荒らげたい気持ちを抑えて黙り込む。
わざわざ出向いてきて昼食に誘ってきたかと思えばこの面妖なプレゼントとやらと引き換えに、伝票を押し付けようとする平助を見返し俺は憮然とした。

「いっけねえ、俺これからまだ行くとこがあるんだった。とにかく渡したかんな。んじゃ一君、またな!」

やっと俺の顔色に気づいたらしき平助がそそくさと席を立った。
押し付けられたものを手に暫し呆然としていたが、腕時計は昼休みが残り僅かとなっていることを示す。会計を済ませ俺も店を出た。
デスクに行く前にふと考え使用していない会議室に入り施錠をし、そこで俺は袋の中身を改めた。
先ほどもチラリと見えたこれは恐らく、いや間違いなく。
ごくりと喉が鳴る。
引き出してみればそれはやはりサンタクロースの衣装女性版であった。このようなものをじかに目にしたのは金輪際初めてだ。
俺の認識が間違っていないとすればこれは、所謂社交飲食店の女性店員が客の目を楽しませる為に着用する類のものだ。或いはコスチュームプレイと呼ばれる行為に使用される用途のものであろう。
肩紐のない赤いドレスは明らかに胸が広く開いていて驚くほど胴が細く、広がったスカートの丈は下着が見えそうなほどに短い。胸元と裾にはそこだけが申し訳程度にサンタクロースを模した白い起毛の飾りがついており、ご丁寧に共布の帽子と長いグローブまで付随していた。
これは全く、妙なプレゼントとやらを押し付けられたものである。どうすべきか。
自宅に持ち帰ってなまえに見つかり変態呼ばわりなどされてはたまらぬ。かと言ってオフィスに置きっぱなしにするなども到底考えられぬことだ。
その時不意に脳裏によみがえる光景があった。それは少し前のハロウィンという行事だ。あの時なまえが纏っていた非常に煽情的な衣装のことが否応なしに思い出される。
手にしたものに目を落とした俺はそれを再び袋に戻した。

I wonder if Santa is coming to see you.



01:until Christmas

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Loved you all the time