He is an angel. | ナノ
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03 嬉し恥ずかし彼氏と彼女


とんでもない展開になった。
この私が男の人と同じ部屋で暮らすなんて、未だに信じられない。
彼氏いた歴さえ僅か二ヶ月程の(今になって思えばあれが彼氏と言えたのかさえも疑問だ)私が、同棲まがいの暮らしって、なんて大胆な。
しかも、相手はよりによって。
そっと横目で隣にいる人を見上げてみる。
整った輪郭に引き結んだ薄く形のいい唇。
長い前髪がふわりと掛かった鼻筋は通っていて、垣間見える伏せた瞼を縁どる睫毛が長い。あまりの綺麗さに目が離せなくなり下から覗きこむと、手元を見据えるのは切れ長の目。その瞳は澄んだ藍色。
じーっと見つめているとその目のふちが薄っすらと染まっていった。
彼の手元に目を移すと節の目立つ長い指が、黒いシャツを広げようとしたままぴたりと止まっていた。
ここはセレクトショップのシャツが置いてあるコーナーである。
このショップはバイヤーさんのセンスがとてもよく、お財布にも優しいので私のお気に入りのお店だ。

「なまえ、そのように見つめられると……選びにくいのだが……」
「あっ、あっ、ごめんなさい。私ったら……、」

はじめさんの小さな声に、はっと我に返る。
いけない、口が開いていた。
綺麗な横顔に見とれて、私の心は完全にどこか彼方に飛んでいた。
恐るべし、イケメンパワー。
間違いなく涎を垂らさんばかりの顔をして、見つめていたに違いない。
思わず舌舐めずりをして手の甲で口を拭う仕種をしてしまう。
私は獣か。
人外とは言え、天使とは言え、と、とにかくこんな壮絶なイケメンと一緒に暮らすとか、私、大丈夫なのか?心臓が持つのか?
独り百面相をしながら、限りなく挙動不審な私である。

「……どうかしたか?」
「い、いえ……、」

焦る私を見た彼の唇の端がほんの少しだけ持ち上がり、小さく笑んだ。それだけの表情の変化さえもとことん様になっている。
今朝突然に彼が宣言して、異論を挟む余地もなく突然に(?)始まった同居生活。
当面の着替えは持参していたようだけど、生活するとなると色々足りないものがあるので、身の回りの物を購入する為にこうして、二人で買い物に出てきたのだ。
そしてまずは洋服をと思い夏物を見ていた。

「はじめさん、さっきから黒い服ばかり見ていますね。そんなに黒が好きなんですか?」
「ああ、黒が落ち着く。しかし夏服は黒いものが少ないな」

彼ほどの容姿だったらどんな色でも形でも着こなせそうだけれど、確かにモノトーンが似合うと思う。
でも彼自身はお洒落にあまり興味がないみたいで。
まあ、この中身があれば何を着ていようと特に飾らなくても、最強のビジュアルなんだけれども。
とりあえずTシャツを数枚と、私が強力に推した黒に近い紺のスリムなシルエットのポロシャツ、そして濃い目のネイビーのデニムシャツ、それから彼の希望の黒シャツと白シャツを買った。
パンツは彼のスタイルなら短パンとかも可愛いと思ったのにきっぱりと拒否をされ、スリムジーンズとタイトフィットチノを。

「帰ったら着て見せてくださいね?」

わくわくしてそう言うと、何故だ? とはじめさんは心底不思議そうに目を丸くした。
え、普通しません?
洋服を買って帰ったらおうちファッションショー。
はじめさんのファッションショーを特等席で見たいのに、なんてふわふわ考えてまた口元が緩みそうになるのを、おっといけねえ、と引き締める。
なんだか私、今、すごく楽しい。
陳列されている商品を見ながら私があれこれ話すのを、はじめさんが優しい目をして聞いている。
ふと目を上げれば店内にいる女の子達がこそっとした視線をはじめさんに向けているのが解った。
あ、女の子達、みんなはじめさんを見てる。
そりゃ、そうだよね、こんなレベルのイケメンってそうそう滅多にお目にかかれるもんじゃない。
私だって彼女達の立場だったら、喰らいつく勢いでガン見する、きっと。
そのイケメンが私の隣を歩いている。
これって、もしかして、とっても凄いことなんじゃ?
また、空恐ろしいような感覚が襲ってきた。
罰当たらないかな。
更に思考がカオス化しながら歩いていると、レディースコーナーに通りかかった。
さっきはじめさんが買ったデニムシャツとそっくりな色合いで、ウェストラインが少しスリムになったものをトルソーが着ていた。
目を止めて思わず立ち止まる。
一緒にはじめさんも足を止め私の視線の先を見る。
可愛いな、これ。
どうしよう、欲しい。
でも、はじめさんのシャツとペアみたいで恥ずかしいかな。
するとそこへさっきはじめさんのお会計をしたショップの店員さんが近づいてきた。
きっと、これ今イチオシなんだ。
店員さんて敏感だからイチオシ商品見てると即効寄ってくるもん。
彼女がおもむろに私の見ていたデニムシャツに触れた。

「こちら、可愛いでしょう。今日着てらっしゃるみたいなチュールのミニスカートにも相性バッチリですよぉ。もちろんカジュアルにもいけますし、とっても使いやすいんですよぉ。定番だけど、ほら、ウェストほんのすこーし絞ってるのが、女の子らしさを強調してて、」
「うん、ほんと……可愛い、」
「それにこれ、さっき彼氏さんがお買い上げになったシャツとペアを意識して仕入れたんですよぉ。彼女とペアどうですかぁ?ねえ、彼氏さん?」

かっ、彼女? かっ、かっ、彼氏?

反射的に横を向けばはじめさんの顔がカーッとみるみる真っ赤に染まった。
髪の隙間から覗いている耳も真っ赤だ。
基本、はじめさんの赤面は好きだけれども、今の状況下では煽られて私の顔にもどんどん熱が上って来る。

「ほんとに素敵な彼氏さんで羨ましいですぅ。とっても初々しい感じですねえ。まだ付き合いたてですかぁ?」

こ、この店員、調子に乗ってる。
明らかに調子に乗ってきて、こっちにとってはすごく微妙な質問をさらっとしてくれてる。

「か、彼氏じゃ……、」
「そ、そうなのだ。い、いかにも俺達は、付き合いたて、だ、」

えーーっ!?

昨日から聞いてきた中ではかなり大き目な上擦った声で、私の言葉に被せるようにはじめさんが口走った。

もう一度、えーーーー!?

もうその後は、ほんとに羨ましい……、とかなんとか繰り返し言っている店員さんの言葉もよく聞きとれず、下の棚からビニールに入った商品を出しいそいそとレジに向かった背中を目はただ映していただけで、夢遊病の様にいつの間にか財布を出して私は支払っていたようだ。
後になってはじめさんの手にショップの袋がもう一つ増えていたので、ああ、私、あれ買っちゃったんだ、と気づいた。
横断歩道に並んで立ち止まっている時、ずっと黙っていたはじめさんが口を開いた。
思考の迷路で迷子になっていた私はふいに現実に戻される。

「なまえ、」
「……はい?」
「……その……す、すまなかった」
「え?」
「先程は、その……誤解を招くような事を言ってしまい、」
「あ……そ、そんなこと……わ、私、全然気にしていませんからっ」
「そ、そうか……」





なまえにとっては気に留める程のことではない。
そうか……。
俺にとってみればあの店員の発言が誤解などでなく真実であったならば、これほどに嬉しい事はないのだ。
俺の言葉は願望の現れだった。だがそれを言っても今の彼女にはまだ押しつけがましく迷惑であろう。
解っている。
解ってはいるが、彼女の答えを聞いた途端、俺は地面に足がめりこむのではないかという程に落胆した。
時折俺の心の深部で望んでいる事が、こうして漏れ出てきてしまう。
そもそも、再会するなり俺はこう言ってしまった。

「愛し合っていたのではないかと思う……、」

あれも言ってはならない事だった。
なまえは驚愕に仰け反ってはいたが酒の力もあり、幸か不幸か結果的に俺の台詞をスルーした。
土方さんは、彼女の俺との記憶を取り戻させてみろ、と言った。
しかし言葉や雰囲気を持って誘導して、無理矢理に思い出させても意味がない。
なまえが自分の本心から俺を愛するようにならねば意味がないのだ。
土方さんが証明して見せろと言った愛の底力とは、そういうことなのだ。
二人で共に過ごすうちに自然に俺に打ち解けて、そして、俺を愛するようになって欲しい。
だから少々強引ではあったが俺はなまえの部屋に居座る事にしたのだ。
あの晩。
消滅を受け入れる覚悟で彼女に最後に会いに来た時、確かに心が通い合った気がする。
なまえと交わした狂おしい程の口づけを思い出してしまう。
あの時、確かに。
だが、それは俺の思い込みだったのかもしれない。
彼女は全てを忘れた。

「…………」
「……あの、」
「…………」
「はじめさん?」

はっと我に返る。
たった今独りで思い出していた不埒な記憶を見透かされでもしたかのように、また俺の全身がカッと熱くなった。
なまえが大きな瞳で俺を覗きこんでいた。
下から上目遣いで見上げるのはやめてくれ、その目線を受けると理性が飛びそうになるのだ。

「……なんだ?」
「お腹、空きません?」

なまえが腹を押さえて笑いかけてきた。
あまりにも俺の思考とかけ離れた彼女の言葉に、緊張が解けてくる。
彼女が作り出すこの空気感なのだ。
俺が安らぎ居心地良く感じるのは。
言われてみると、もう十三時になる。
買い物をして家に戻ったら確実に十四時を過ぎるだろう。

「……そうだな」
「そのビルの地下に美味しいパスタ屋さんがあるんです」

信号が青に変わり向こう岸に歩き出しながら、進行方向のなまえが指差したビルを見る。

「パスタ嫌いですか?」
「いや、」

かつて彼女が作ってくれたアラビアータは美味かった。
どう考えても家事や料理の得手のようには見えない彼女が、わざわざ作ってくれたからなのだろう。
焦る事など、ない。
こうしてゆっくりと共に時間を過ごし、一つ一つ積み上げて行けばいいのだ。
俺はゆっくりと頬を緩ませた。

「では、そこへ行こう」

横断歩道を渡り切りビルの狭い階段を下りる為になまえの背に回り、彼女の細い肩にそっと触れようとした、その時。

「あれえ? もしかして、一君じゃねえ?」

素っ頓狂な大声がかけられ、振り向いた俺の視線の先に平助が立っていた。
そして平助の隣には、今最も会いたくない、いや、可能ならば永久に会いたくなかった人物が並んでいたのだ。


This story is to be continued.

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The love tale of an angel and me.
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