He is an angel. | ナノ
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02 半天使再びの降臨


消滅を覚悟でなまえのもとに赴いた俺は彼女を抱きしめて想いを伝えた。そして朝早くに彼女の部屋を出たその足で天界に戻り、ここへ入れと指定された狭い部屋にこもった。
古ぼけた机と椅子だけがその部屋の家具だった。そして俺には天界法度を詳しく書いた本一冊だけが与えられた。
あれから二ヶ月。もう何度読み返したか、空で言えるほどだ。
俺には逃亡を企てる気など毛頭なく二カ月その部屋で静かに謹慎を続けてきたが、読むものがなくなってしまえば、思うはなまえのことばかりだった。
彼女は笑っているだろうか。最後に彼女を抱きしめた時の温もりが、まだ手に残っているような気がした。俺の事などはすっかり忘れてしまっただろうが、幸せにしていてくれるならそれでいい。
その日俺には最後の沙汰が下される事になっていた。
そろそろ時間だと、天界を司る全知全能の大神の元へ向かう為重い足取りでみすぼらしい部屋を出た時に、背後から声を掛けられた。
ゆっくりと振り返れば声の主は最高位の天使、俺の直属の上司に当たる大天使ヒジカタだった。

「おい、斎藤」
「は、」
「先に俺の部屋へ来い」

天界は地上から何層にも分かれている。
そこは通称HEAVENと呼ばれていて最も高い場所にある。神、そして天使の住居がある所謂天国という場所だ。
先に立って執務室の重厚なドアを開け、大天使は俺を招き入れる。

「失礼します」
「そこに座れ。早速だがお前の処分についてだ」
「はい」

勧められた椅子には座らずに神妙に直立していた。
俺を見て眉間の皺を緩めた大天使ヒジカタは、彼にしては珍しくふっと可笑しそうに笑った。

「…………」
「取り敢えず消滅は保留とする」
「は? それはどういう……ことでしょうか」
「それがな」

トップに君臨する天界最高位は大神の芹沢、近藤の二名、そして大神官の山南、伊東、新見の三名で計五名から成り立っている。
大神は当然の事ながら全ての権限を持っているが、大神官は神格位の授与、剥奪の権限を持つ。神であっても独りの暴走によって組織が崩れる事のない様に、このような権限の分配によって天界の均衡は保たれているのだ。
大神である芹沢は以前から共に筆頭大神である近藤を軽視し、大神官新見とつるんでは神であるにも関わらず地上に降りて傍若無人な振る舞いを繰り返していた。
土方さんの話はこうだった。
あまりにも目に余る彼の行為に大神官山南が、神格位剥奪の権限を発動した。神格位を失った神は自動的に消滅に追い込まれることになるが、その粛清は当人の芹沢と新見を除く最高位三名の同意の元決定された。
芹沢が豪語していた愛を愚昧なものと片づける考えには、端から誰も賛意など持っていなかった。地上における人間を救う任務とは決して愛を否定するものではないのだと。
人間と情を交わす事に詮議の余地はあるが、今回の件で消滅の刑に処するというのは、近藤さんを初め山南さんも伊東さんさえも(最も彼は何を考えているのかよく解らないが)「別に消滅させなくてもよろしいんじゃありません?」と言っていたということで天界の意思は一致し、俺については処分保留が決定したと言う。
後でその話を聞かされた総司は「ああ、よかった。一君みたいに弄りがいのある人がいなくなったらつまんないし、」と言ったらしいが、それはいらぬ情報だった。

「そこで、だ。斎藤」
「はい」
「これは近藤さんの考えなんだが、」

芹沢が消滅したことにより、自動的に大神近藤が天界のトップの地位につくこととなる。

「お前の惚れた人間、みょうじなまえって言ったか?」
「は……、」
「そいつが忘れちまったお前の記憶を取り戻させて来い」
「は?」
「芹沢さんが消えた今、この天界も生まれ変わる。法度も改めなきゃならねえ。これまで芹沢さんが小馬鹿にしていた愛だの恋だのがどれほどもんか、お前が証明してこいよ」
「ですが……、」
「当面、お前の任務はそれだ。なまえとやらがお前の記憶を取り戻すとしたら、愛ってやつの底力も解るってもんだ。うまくいった暁には幹部天使として天界に戻す」
「…………」
「平助も左之も総司もこれまでどおり巡察には回ってる。困ったことがありゃ、あいつらの手を借りろ」
「……総司の手も、ですか」
「まあ、逆にあいつは格好のトラップになりそうだがな、」

そう言ってあの日の土方さんは機嫌よさそうに笑った。
目を覚ました俺は少し狭いソファの上に起き上がり、なまえと別れてからの経緯を思い巡らし、続いて昨夜のことも思い起こす。
寝室とリビングの戸は閉じられている。昨夜は久し振りに会えたなまえと幸せなひと時を過ごした。真っ赤な顔をして波乗りポールの素晴らしさを語るなまえは、本当に可愛らしかった。
秘蔵だというワインを開けた頃には、いい加減酔いの回ったなまえはテーブルに突っ伏して眠ってしまい、ベッドに運んでから食器やビールの空き瓶などを独りで片づけた。
彼女は酒好きの割にはそれ程強くはないらしい。
ベッドに運び暫く寝顔を見つめていれば、俺の中の本能が否応なく疼いた。
天使とは言え俺も男なのである。酒も入っていた。しかし今は半天使半人間の立場、背中の翼も没収されている。
そっと触れた頬はあの日と同じ滑らかな感触で、波乗りポールとやらの比ではなく、思わず唇に己のそれを重ねてしまいたくなった。だが、そのような事は出来ない。
何故なら愛が試されているのだ。
先に身体でどうにかしてしまうなどと言う事は言語道断だ。俺は抑えかねるものを無理矢理に抑えて、なまえの肩に薄手のタオルケットをかけ寝室を出たのだった。




「う……、頭、重い……、」

窓から差し込む眩しい程の朝日に顔をしかめて、もう一度布団に潜り込んだ。
その瞬間、漂ってきたのは出汁の香り。

「え……お味噌……?」

ガバッと身体を起こす。
まだ朦朧とした私の鼻腔が間違いなく味噌汁の香りを捉える。

え? え? どういうこと?

縺れる様な足どりでベッドを下り、リビングへの戸を全開させる。
予想通り彼はそこにいた。

「あ、あ、あなた……天使さん……っ、じゃなくて、はじめさんっ、」

彼は長い髪を右肩に一つに束ね、何処から見つけ出したのか、私の一枚しかないエプロンを身につけ爽やかに振り向いた。

「おはよう。なまえ、」
「あ、おはようございます……、」

しかし、朝の光の中では、また一段と……、なんて綺麗な男の人なんだろう。
暫しボーッとする。
が、すぐに我に返る。

「……って、そうじゃなくって!」

言いながら私は今更ながら、自分の首から下に目を走らせる。
着衣に乱れは、ない。
…と言ってもTシャツとジャージだから、例え知らない間に乱されていたとしても、解らないよ。
何を慌てているのか知らずに可笑しそうに彼は私を見た。

「もう、朝食が出来る。顔を洗って、」
「あ、あ、あのっ! その、昨夜は……あの……、」

男の人と二人っきりで一つ屋根の下で過ごした事が初めての私はひどく動揺していた。
二か月前に別れた彼氏とだって、まだそんな事にはなっていなかったのだ。
顔を真っ赤にした私が何を言いたいのかだんだん理解したらしいはじめさんは、手を止めて一瞬固まると凄い勢いで赤面する。
やだ、また、この顔。
イケメンの赤面って、本当に可愛……ってだから、そうじゃなくって!
彼も急に慌てたようにたどたどしく口走る。

「お、俺は、何もしていない。断じて、あんたに手出しは……ま、まだ……、」
「は? まだって……、」
「いや……なんでもない。と、とにかくあんたが心配するような事は、その……何もない」
「……そう、ですか?」

私は顔を洗う為に、すごすごと洗面所に向かう。
短い廊下を歩きながら、あ、そう言えば、下半身に違和感はない、と思った。
俄かに安心する。
何て言ったって、私はまだ……その……つまり、初めてが、まだなのだ。
当然そんな事はさっさと済ませている友人の談では、初めてそう言う事をした翌朝は、物凄い違和感があって、歩くのも大変なんだとか。
その言葉が正しければ、私の純潔はまだ保たれているということになる。
少しほっとして鏡を覗いた私は、また仰け反った。
これは、一体、どこの狸さんでしょう?
何かがあろうとなかろうと、私は昨夜からあのイケメンの前で、格好悪いところばかりを見せている。
鏡に映った自分の顔をしげしげと眺めれば、化粧落としてないじゃない(涙)
口の端になんだか涎の跡みたいなのがついてる。
肩より少し長めの髪はボサボサ。
なんて汚い顔なの。
私は落胆のため息を深くついた。
そりゃ、あの天使だって手を出したくもないよね。
すっかり肩を落とした私の心のどこかで、また何かが語りかけて来るのを感じた。
それは、やっぱり私自身の声。

そうじゃない。彼は大丈夫。

大丈夫って何?


取り敢えず顔を洗い、はじめさんに勧められるままテーブルにつく。

「やはり思った通りの冷蔵庫の中身だった」
「え……、」
「あんたは相変わらずの生活をしているのか」
「相変わらずって……?」
「まあ、いい。今日から俺があんたの生活を徹底的に矯正する」
「は?」
「住み込みで、」
「はあ!?」
「異論はないな?」

先程の赤面から見事に立ち直ったはじめさんは、私の目を真っ直ぐに見て(私の意思の確認もなしに)はっきりとそう宣言した。


This story is to be continued.

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The love tale of an angel and me.
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