He is an angel. | ナノ
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エピローグ


唇からゆっくりと移動していく温かい何かが、瞼に触れた気がして目が覚めた。
目を開けるとすぐそばにはじめさんの顔があり、私をじっと見つめていてギョッとする。
透き通るように澄んだ深い藍色の瞳が朝の光を宿し、優しく細められる。

「……ひゃっ、」
「おはよう」

い、今まで……瞼に触れてたのって。
彼の唇は薄っすらと開いていて、これってもしかしてはじめさんに、キ、キスされてた? と思うと同時に弛緩していた脳味噌が忙しく働き出しながら次に認識したのは、はじめさんの上半身が裸だと言う事だ。
あ……っ!
動揺して泳ぐ視線を自分の身体に落として行くと、わ、私も裸だった……っ!

「わ、わぁーっ!」
「なまえ、」

一瞬見せるはじめさんの困惑顔に構う余裕もなく、普通なら近くにある筈のブランケットに手を伸ばすが届かない。
何故ならはじめさんが私に覆いかぶさっているからだ。

「…………!」
「おはよう、なまえ」

はじめさんが私の動揺を悟ってふっと小さく笑う。
一気に全身を発火させた私の身体は、ベッドと背中の間にするりと差し込まれたはじめさんの両腕に抱き締められた。
そう、そうだった。昨夜、私たちは。
引き寄せられ、たくさん愛してくれたはじめさんの首元に顔が埋められ、彼の匂いに包まれる。
温かくて何よりも安心できる優しい彼の匂い。
私もそっと彼の背中に腕を回す。

「……お、おはよう、……はじめさん」

少し上擦った私の声に、はじめさんが吐息だけで笑った気配がして、私の耳を吐息が擽り、耳殻に唇を滑らされ、柔らかく温かい舌がペロリと舐めた。
彼の手のひらは背から徐々に下へと下がっていき、私のお尻のあたりを撫で始める。
えっ?

「ちょ……?」
「なまえ、……もう一度、」
「ちょ、ちょ……っ、駄目ですっ、駄目っ、」

少し不満げな彼の下からなんとか這い出して、ベッドサイドの時計を見ると、もうすぐ起きる時間だ。
あと数分で鳴る筈の目覚まし時計をオフにする。
昨日は欠勤してしまったけれど、今日は行かなければ。
あっちを向いてくださいと言えば、彼は何だか捨てられた犬みたいなとても悲しげな顔をする。
うっ、その顔はないよ。
渋々向こうに向けた剥き出しの背中も心なしか、小さく丸まっているように見えた。
キュッと掴まれたように心が痛んでしまうけれど、情に流されている場合じゃない、遅刻してしまう、と私は気を強く持つ。
ベッドの下に落ちている下着とTシャツを手早く身に着け、はじめさんを残してベッドを滑り降りた。
シャワーを浴びている間に立ち直ったらしい、はじめさんの用意してくれた朝食を取っていると、彼が少し目元を染めて言った。

「……身体はその……大事ない、か?」
「あ…………、」

私も思わず赤くなる。
翌朝の異物感というのは多少あるものの、噂に聞いていた程酷い感じでもなくて、シャワーを浴びている最中は少し思うところはあったけれど、グッと下腹に力を入れて洗い流してしまえば、まあ気にする程の事では……。
小さな声で、大丈夫ですと言うと、安心したように息をついた。

「今夜行くところがある。なまえと共に、」
「行くところ?」

いつもと変わらず出勤しいつも通りに定時で仕事を終え、オフィスビルを出て駅へと向かえば、どこからともなくはじめさんが現れて私を迎える。
離れたところから歩き寄って来る彼の姿は、相も変わらずに凄絶なイケメンで。
名実ともに、はじめさんの彼女になったんだなあ、としみじみ感じると、また私の頬は勝手に熱くなって、つい俯いてしまう。
彼が覗きこみ自然と添えられた手は、どうした?というように背を撫でる。

「これから向かうが、いいか、」
「うん、あの、どこへ?」
「HEAVENだ」

何層にも重なっている天界の最も高い場所にある神と高位天使の住居、この世で最も清浄とされる天上の理想の世界。
見た事のない楽園、という感じを想像していたのだけど、特にそんな事はなく、緑豊かで自然が息づき空気の綺麗な場所、というのが第一印象だった。
翼を広げた彼の腕に抱かれて降り立ったその場所は、それでもやはりHEAVENと言うにふさわしく、荘厳な雰囲気は漂っていた。
人知を超えた絶対的存在の神様が居るという神殿を前にして、俄かに緊張してしまう私の肩に彼が手を掛け、瞳を合わせ微笑むと大丈夫だ、と言った。
胸ポケットから取り出した小さな箱を開け、私の左手を取ると摘まみ上げたそれを薬指に嵌める。

「母の形見だ」
「え?」
「身に着けていてくれ。行こう」

それはラピスラズリの指環だった。
彼に背を押されるようにして、私は神殿に足を踏み入れた。
すぐに人のよさそうな男性がひょっこりと顔を出して満面の笑みを浮かべ、

「斎藤君お帰り。おお、君がみょうじ君かね? まあゆっくりして行きたまえ!」

腹に響くような大声で捲し立てながら、はっはっはっと哄笑し照れたようにじゃあ、また後で、と言ってそそくさと背を向けて去っていく。
はじめさんは言葉もなく目を見開いていた。
続いて現れた眉間に皺を寄せた人が(この人は覚えている、確か土方さん)、苦笑いをしながら歩み寄って来る。
さっきの人が去った方向を一瞥してこちらに顔を戻し

「来たか、斎藤。ったくしようがねえな、近藤さんは。朝からずっとあの調子だぜ。よっぽど待ち遠しかったんだろうがな」
「近藤さんが、」
「え、あの……近藤さんって、」

はじめさんを振り仰ぐと、彼はさっきの近藤さんの消えた方向へ、まだ憧憬をこめた眼差しを送っているので、私も自然と一緒にそちらを見る。

「あの方が、天界と地上の全てを司る神だ」
「ええっ!?」
「もうあれは息子が嫁を連れて来る日の親父の姿そのものだぜ」
「…………っ!」

う、嘘みたい。
神様があんなに照れ屋さんの可愛らしい人だったなんて!
まずそれに驚いて、その上、土方さんの気の早過ぎる言葉。
沸騰しそうな私がチラリと隣のはじめさんを見遣ると、彼も恐らく“嫁”に反応したんだろう、私に負けず劣らず頭から湯気が出る程に真っ赤になっていた。
堅苦しい挨拶もないままに通された大きな部屋では、何やら宴会のようなものが始まっていた。
そこには左之さんも沖田さんもいて。

「よう、なまえ。この場所に入った人間はお前が初めてじゃねえか?」
「土方さんてさ、結局はじめ君に甘いんだよね」
「総司、斎藤はお前と日頃の行いが違うんだよ」

わいわいと囲まれて呑まされて。
お酒は大好きなので、もうヤケクソで一緒に楽しんじゃって。
すごく楽しいんだけど、いろんな人が入れ替わり立ち替わり現れて、何となく落ち着かない気持ち。

「ご無事で何よりです。おめでとうございます。斎藤さんとどうかお幸せに、」

初めて会った山崎さんと言う人は面映ゆそうな笑顔で、私たちが恰も結婚でもしたような祝辞を述べてくれて。
なんだかよく解らないけれど、それでもふわふわと幸せに包まれた私が、天使さんたちに囲まれている頃、そっとその場を抜け出したはじめさんは、白夜のように明るいバルコニーで土方さんと向かい合っていた。






「土方さん。今日はどんな咎でも受ける覚悟でここに来ました」
「咎? そんなもんはねえよ」

神妙に目を伏せた俺の言葉を一蹴した土方さんは、室内に目を向けながらニヤリと笑って続けた。
意外な言葉に俺は土方さんの顔を凝視する。
まるで見た事もない様な優しげな表情を浮かべ

「平助もあいつの女にも咎めなしだ。お前らにはいいもん見せてもらったからな。見ろ、他の奴らも、」

見遣った視線の先を辿れば、恋仲の話を振られて頻りに照れる左之をからかいながらどこか羨ましげな総司と、ごく自然にその場に溶け込んで笑い転げるなまえ。それを見遣る新八も源さんも、山南さんまでが笑っている。
尊敬する大神近藤さんも、日頃はそんなに呑まない酒を口にして上機嫌だ。
こんな日が来るとは思いもしなかった。

「なまえが嫌がらなきゃこれからも側にいてやれ。どうせもう契りは交わしちまってるんだろ?」
「…………!」
「お前のそんなツラが見られる日が来るとは、な」

今日だけで幾度赤面したか解らない。
全身から熱を発散させた俺を可笑しそうに見ながら、土方さんは俺が思ったことをそのまま、言葉にした。
その夜はHEAVENの俺の部屋に泊り、翌日また仕事があるなまえの為に早朝に地上に戻った。
あまりにも強行軍が繰り返され、なまえの体調が気にかかるが、彼女は幸せ過ぎるから平気とその朝も朗らかに笑って出かけて行った。
退社後、風間の所に出向くと言う。





会社の後、千景さんのマンションへと向かった。
朝、私の薬指のラピスラズリに最後の約束をして、口づけたはじめさんの切なげな顔が浮かぶ。
大丈夫、何の心配もない。
私ははじめさんだけを愛しているのだから。
この想いに嘘なんて絶対につけない。
ただ千景さんにもきちんとした形でちゃんと話をして、終わりにしたい。
そうして何の憂いもなくはじめさんのもとへ帰るんだ。
赤い髪をした天霧さんという人に、先日の出来事が信じられないくらい整然と整ったマンションの部屋に案内されると、ゆったりとした笑みを浮かべた千景さんが、ソファに深く腰掛けたまま私を迎え入れた。

「やっと俺の所へ来る気になったか、我が妻よ」
「違います。それに、あなたの妻じゃありません」

いつもと変わらず不敵に、ふん、と鼻を鳴らした千景さんは私の長々とたどたどしく要領を得ない説明を途中で遮る。
私がどんなにはじめさんを愛しているかと、もう彼と離れる事は出来ない、でも千景さんの想いは大切に心に仕舞っておきたいと。

「もういい。あの斎藤という男は下っ端天使にしては見所が……」
「え?」
「いや、余計な事を言いそうになった」
「あの、千景さん?」

彼の言おうとした意味がよく解らなくて聞き返すと、急に煩そうに眉を顰めた千景さんが、私を手で振り払う仕種をして、説明はもういい煩いと言うので、私が食い下がろうとすれば、ふいに見た事もない様な優しい表情をその頬に乗せた。
驚いてその深い緋色の瞳に再び見入る。

「帰れ」
「え?」
「聞こえなかったか」
「あの、でも……、」

大きな手がいきなりするりと頬を撫でた。

「帰らぬのならば、このままここにいるか?」
「い、いえ、失礼しますっ!」
「俺は一向に構わぬぞ?」
「遠慮します……」
「番犬に飽きたらいつでも来るがいい」

手を離し、言葉と裏腹に背を押した千景さんに追い出された私には「幸せになれ、なまえ」と続けられた最後の言葉を聞きとる事が出来ず。
既に暮れたマンションの外へ出ると、はじめさんが迎えに来ていた。
彼はとてもばつが悪そうに目を泳がせた。

「すまない。部屋にじっとしていられなかった。決してあんたを信じなかったわけではないのだが、」

私は無言で、やけに力の入ったその肩に手を掛けて抱きつく。
こうして彼の顔を見られたのが無性に嬉しくて、心配げなその表情がまた愛しくて。
私は彼の瞳を見つめ心を込めて囁いた。

「ただいま、はじめさん」
「おかえり、なまえ」

安心したような穏やかな声で答え、優しい腕が私を抱き留めてすっぽりと包む。
この瞬間、限りない幸せに私の全てが包まれた。
愛している。優しいこの人と、ずっと……。






アパートの部屋に着いてドアを開けるなり、降り注ぐ口づけ。
すっかり油断していた私が、うろたえながらも息も絶え絶えに応えていれば、性急な手つきで彼が私の服に手を掛ける。

「ちょ、ちょ、……ちょっと……っ、」
「俺がどんな思いであんたを待っていたか、その身に伝えたい」
「で、でも……、まだ、ご飯も、お風呂も……っ、」
「全部、後だ」

え、ええ!?
ちょ、ちょっと、ちょっと、待って?
抵抗を軽々と交わし、彼が私を抱き上げた。
この人、はじめさんなの?
今までのはじめさんと、なんか、違う。
なんか、じゃない、全然、違うよ?
一切の迷いのない足取りで寝室に向かって歩いて行く。
伺い見上げたその瞳はちっとも笑っていない。

「ね、はじめさん? じょ、冗談でしょ?」
「冗談でこのような事が出来るか。昨夜も今朝も俺は我慢をしたのだ」
「えええーっ、ちょ、待って、待ってよ。私……っ、」
「もう、一秒たりとも待てぬ」

ええーーっ!?
そうして沈められたベッド。
沈められた私。
撃沈する私。





「嘘ーーっ!!」





二度目にはじめさんが現れてから、ちょうど一週間目の夜だった。
新しい一面を見せた、このイケメン天使との愛の生活は、これからも続いて行く……。


Will the story ever come to an end?
(It ends for now)
20130605〜20130907

He is an angel.を最後までお読みくださりありがとうございました。 Are you an angel? に続きます

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