He is an angel. | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

23 光り輝くもの


「斎藤。風間が求めたものは悪魔の血統などではないのです」
「天霧、やめろ」
「彼はただ、みょうじなまえさんを……、」
「天霧」

静かな声が言葉以上の意味を持って、真っ直ぐに耳に入って来る。
斎藤の肩が微かに震えたように見えた。
この剣の一突きで、終わるのだ。
彼は天霧に目を遣る事をせず、燃え立たせた深藍の視線を風間に当てたまま、全身に力を込めて聖剣を突き下ろした。
研ぎ澄まされた刃の触れた髪が一房舞い上がり、それはすぐに闇に溶けて散った。
静寂が辺りを包む。
風間の魔剣は握った手ごと力なく投げ出され、金色の瞳が見開かれる。

「…………、」
「貴様、何故、」

斎藤は風間の瞳を睨み据えたまま。
彼の左手を離れた聖剣は風間の顔の傍らを掠め、闇を切り裂いて音もなくどこまでも落ちていく。
時が止まった様な静寂が続いた。
やがて裂かれた暗闇の切れ目が仄かに明るみ、それはみるみる拡がり辺りが清浄無垢な眩い程の光に満ちていく。
時の流れが止まった空間は、先程までの漆黒を取り払い闇を超越して燦然と耀き、誰もが固唾を飲んでその情景を言葉もなく見つめていた。
対峙する斎藤と風間、そして左之も、天霧も不知火をも照らし、目の眩む様な光の中心は、やがて人の形を成して行く。
次第に現れてくる、圧倒的な耀きを纏う神々しい姿は、背に6枚の巨大な白い翼。
鞘から抜かれた黄金の剣を手にし、光り輝く鎧を装備した大天使の降臨だった。
大天使は静かに一歩を踏み出す。
ゆっくりと皆を見渡し、目を見張る斎藤に優しい眼差しを向けた。

「よく耐えたな。斎藤」
「……土方さん、」

眼前の現象に理解の追いつかない斎藤から、濃紫の瞳はゆっくりと倒れたままの風間へと移って行った。
威厳のあるその佇まいはあくまでも静謐で、剣を持たない方の手が差し伸べられる。

「兄よ、」
「……ミカエルか、」
「ああ、そうだ」
「…………、」
「……ったくてめえは、何を血迷っていやがる。かつての熾天使ルシファーが、」


目を閉じた風間の姿は、黄金色の髪、深緋色の瞳へ戻っていた。
土方はいつものような威圧的な態度ではなく、その口調と武装に合わないあくまでも慈悲を込めた優しい濃紫の瞳を、僅かに細めている。

「我が兄ルシファーはその名が示す通り“光輝き、光を与える者”だった。誇り高く、俺よりもずっと神に近い力を持っていた」
「……昔の話だ。もはや、貴様の兄などではない」
「天界に叛旗を翻したお前を撃破し、地下に封印したのは俺だ」
「…………、」
「憎んだだろうな」
「俺はただの敗北者だ」

深緋色の瞳が、ほんの僅かに揺れた。


結界の外は夜明けの色に染まり始めていた。
到着したなまえと総司、山崎、千鶴は、すっかり用をなさなくなった結界を難なく通過して、内部へと進む。
そこはマンションの様相ではなく、光を湛えた無限の空間だった。
総司は、先程までの妖異な様が一変して清らかな光に溢れている様に息を飲む。
腕から滑り出たなまえは、躊躇う事なく足を一歩踏み出した。
足元は床ではなく、まるで空中を歩くような覚束なさだが、ただひたすらに斎藤へと向かい真っ直ぐに駆ける。
他には何も目に入らなかった。
視線を風間に当てていた斎藤が振り返り、その瞳が見開かれる。

「はじめさん……っ!」
「なまえ!」

命を賭して守りたいと願ったたった一人の人が、己に手を伸ばしていた。
斎藤はなりふりも構わず駆け寄り、心から求めて、失うことを恐れたその手を、強く掴み引き寄せる。
回された腕はその場の誰もが、天界も魔界の力をもってしても引き離す事が出来ない程の、強い想いに溢れていた。
壊してしまうのではないかと言う程の力を込めて抱き締める。
なまえが身体を斎藤の胸に預けその背に縋りつく。
いろいろ聞きたい事はあるのに、唇が呟くのは互いの名前だけだった。
離れていた時間はほんの僅かなのに、それは恰も永遠のように長く感じられた。
確かめるように細い背を何度も撫でては、今度こそ絶対に離さぬと心に誓い、斎藤は再び腕に抱く事の出来た大切な存在を、胸に迫る万感の想いと共に掻き抱く。
大天使土方は無言で眺めていた。
あいつが風間を刺さなかったのは、何故だ。
他人の心を理解するようになったってことか?
冷徹だったあの男が。
憎い恋敵の命さえ、救ってやる程の想いか。
それが、愛の底力ってやつか。
愛だの恋だのってのも、なかなか、侮れねえんだな。
ふっと笑い二人の姿をまた暫し眺めた後、風間に再び静かに向き直る。
妙に素直に土方の手を取りゆっくりと立ち上がると、すぐに離した手で風間は身体の埃でも払うような仕種をし、背を向けた。

「……こんなわけだからよ、悪りいな、お前の気持ちも解るんだがな、」
「ふん、貴様の同情など片腹痛いわ。俺を一体誰だと思っている」
「なんだと? てめえなんざただの堕天使じゃねえか」

ちらりと振り返った高慢そうな瞳は嫣然としていて、すっかり自信を取り戻していた。
僅かに口端を上げ、後悔しても知らぬぞ、斎藤、と独りごち天霧と不知火を従え去っていく。
確かな足取りは優雅さを失ってはいなかった。
ふと思い出したようにもう一度振り向くと

「犬は返してやる。腫れているのは顔だけだ。命に別条はあるまい」

土方は頬を少し上げたまま、黙ってその背を見送る。
以前見たホログラムを思い出した。
風間はルシファーと身も心も酷似していやがるが、しかし同一人物ではない。
先刻自身に乗り移った大天使ミカエルは、かつて兄である熾天使ルシファーを許さなかった。
だがな、てめえを憎んでいたわけじゃねえんだろうよ、多分な。

「ねえねえ、何がどうなってこうなってるの?」
「さあな、俺にもさっぱり解らねえんだ、」
「土方さんがなんでここにいるのさ」
「だから、解らねえって言ってんだろ? 第一あの人土方さんなのか? ミカエルと名乗ってやがった……、」
「左之さんはここにいて、一体何を見てたの?」

こそこそと隣の左之に聞いてみるも、期待した答えを得られないと悟った総司は、山崎を見返った。
なんだかよく解らないが、事態は解決を見たようである。
あわよくば参戦しようと思った、なまえちゃん争奪戦のエントリーは、どうやら締め切られたみたいだし。
こうなったら山崎君のさっきの言葉でも弄って遊ぶしかないな。
人の悪い笑みを浮かべれば山崎が硬直する。

「それより藤堂君を、」
「あーあ、それがあったか、面倒くさい」
「ちょっと酷いです! 守るって言ってくれたじゃないですか!」

ああ、煩い、と言いながらも千鶴を伴い総司も平助の元へと歩き出した。





俺はなまえを労わるように抱き上げて、アパートへと急いだ。
戻った頃にはすっかり陽が昇っていた。
こうして彼女を抱いてここへ戻るのは二度目だ。
なまえの身体は少し熱っぽいようにも思ったが、俺の腕の中で安心しきった笑顔を見せるのが愛しくてたまらない。
平助の傷は見た目ほど酷い状態ではなかったらしく、総司がブツブツと文句を連ねながら千鶴と共に連れ帰った。
左之も恋人を待たせていると、思い出したように慌てて帰っていき、山崎は土方さんの元に控えていた。
土方さんは言った。

「お前に申し渡す事がある。木曜日に出頭しろ」
「はい」

なまえをチラリと見遣った俺にからかうように笑ってみせると「そんなに離れるのが心配なら連れてきてもいいんだぜ」と驚くような言葉を付け加えたのには、二の句が次げず赤面するしかなかった。
土方さんの温情からか、今日一日与えられた時間。
体調を慮って欠勤を勧めれば、なまえも流石に逆らう事はせず、温かい雑炊を作って食べさせベッドに入れると、昏々と眠ってしまった。
彼女の眠るベッドに腰掛けて寝顔を見つめ、額にかかる前髪を指先で避けてやりながら、これで全てが解決したのだろうか、と考えていた。
これまでの出来事は全て、恋情と言うものに翻弄された者達の、抑え切れない想いから起こった事。
ルシファーの末裔である風間が求めていたものは、その昔、共に全世界を制圧しようと結託したリリスの血などではなかった。
奴が求めていたのは他でもない、今目の前に無防備に眠る、このなまえ自身だったのだと。
そして俺と同じように風間もまた、なまえを心から愛していたなどという事実は、出来れば知りたくはなかった。
奴に命はやれても、なまえを渡す事は出来ない。
右手で左の胸を強く掴む。
俺にとってはなまえこそがたった一つ、この命を照らして光り輝く宝だ。
夕方近くになってなまえが目覚めた。
ぼんやりと彼女を見つめ続けていた俺に、細い指先が伸ばされる。
応えるように指を絡めて片手で抱き起こせば、俺の首筋になまえの甘い声が吐息と共に触れ、身体の芯が疼くのを感じ、幸福と切ない思いが綯い交ぜに背を伝った。

「はじめさんは眠らなかったの?」
「いや……俺は、」

相も変わらずに、心を掻き乱す事を言ってのけるのだな、なまえ。
彼女のベッドに共に眠るなどという不埒な事を、出来る筈がないではないか。
頬に上る熱をどう誤魔化しようもなく、俺は髪に顔を埋めていた。
ややあってから、身体を離し見つめて来る潤んだその瞳に、また理性を持って行かれそうになる。
だがなまえの次の言葉に、心臓が掴まれ血の気が引く感覚を覚えた。

「私、千景さんに会いに行こうと思います」
「……なんだと?」





はじめさんの所へと戻る道々千鶴の話しくれた真実に私は驚き、とても切ない気持ちになった。
涙を流しながら、何度もごめんねと繰り返し、包み隠さずに全てを明かした千鶴の言葉は、彼女と平助君がどれ程想い合っていたのかを伝えてきて、私のはじめさんへの想いに重なって胸が痛くなった。
私を拉致紛いにあのアパートに連れて行ったのも、愛する人を思う為にしてしまった行動だと解ってしまえば、彼女を責める事など出来ない。
そして、最後に聞かされた衝撃の真実に、私は言葉を失った。
全てが千景さんの所為で起こっていたのだという事は大体解っていたけれど、その理由を聞かされて。
彼とは付き合っていた時から、全然噛み合っていないと思っていた。
別れた夜だってそうだったし、いつだって自信たっぷりに笑っている彼の煙幕に、私は翻弄されていただけだったんだ。
彼が私を本気で愛していたなんて知らされてしまえば、私は驚いて何も言えなくなった。
気づかないままに私が彼を傷つけて来たのではないかと思うと、最近では恐怖さえ感じていた彼との事が思い出されて、涙が出そうになってしまったのだ。
私だって人を好きになる気持ちを知ったばかりなんだ。
私は、はじめさんを愛している。
永遠にはじめさんだけを愛していくと彼に誓っている。
その気持ちが変わる事はきっとない。
だけど、その為に傷つけた人から目を背けて、このまま自分だけ幸せになってもいいだなんて、どうしても思えない。
恋は人を狂わせると言う事も知った。
だけど……恋は人を強くもさせるのだと、私は思うんだ。
きちんと千景さんに別れを告げて終わらせて来たいと言うと、はじめさんは難しい顔をした。
口元を引き結んだその顔には、明らかに拒否が浮かんでいる。
苦しげに眉を寄せて私の腰を引き寄せた。

「駄目だ」
「でも、」
「あのような目に遭って、あんたは何故そのような、」
「私にも責任があると思うんです」

私は彼の目を見て、根気よく言葉を続けた。
はじめさんと幸せになりたい、だけどその幸せは誰かの不幸の上に成り立つものであって欲しくない。
あなたと生きる為に自分の過去に決着をつけたい、そうさせて欲しいと、精一杯の誠意を込めて語る。
やがて、諦めたようにはじめさんが深いため息をついた。

「……必ず、帰るか?」
「当たり前でしょう? はじめさんしか、私には、」
「俺のところに……必ず」
「はい」
「それならば……、」

切なく震える唇が近づいてきて私の唇に触れた。
彼の手が私の首の後ろを押さえて強く密着させて、息が出来ない程に重ねられたそれはとても熱かった。
いつの間にか熱くて柔らかい舌が割入って来て、長い長い時間唇を離さずに私の咥内を狂おしく貪り、ただ必死に夢中で応えていた私は、彼の服の背を握り締める。
重なる鼓動はお互いに痛い程に打っていた。
ふいに唇を離したはじめさんが、吐息のような言葉を紡ぎ出す。

「ならば、約束が欲しい」
「え……?」
「……俺のものだと、約束が欲しい」

私をひたと見つめる瞳は切なく揺れていて、その瞳に捉えられて目を逸らす事も出来ずに、ただ見つめ返した。
まるで涙を湛えているみたいに濡れた海の様な深い藍色が、私の身も心も彼の色に染め上げていくようだった。
腰にまわされたはじめさんの手の力が強くなる。

「なまえに俺の全てを刻みつけたい。……今、」

瞳を見つめたまま、私は黙って頷いた。


This story is to be continued.

prevnext
RETURNCONTENTS


The love tale of an angel and me.
使



MATERIAL: blancbox / web*citron


AZURE