He is an angel. | ナノ
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22 リリスの本心


頬から血を流しながらも勝ち誇ったように、ニヤリと笑う風間に突き付けられた魔剣。
眼前で鈍く光ったそれを睨み据えた刹那。

「斎藤!」

左之の手から放たれた聖剣を左手で掴み取った斎藤は、渾身の力で風間の剣を薙ぎ払った。
際どいところで瞬く間に形勢を逆転させると、不意をつかれ体勢を崩した風間の眉間でピタリと寸止める。
これを突き立てれば、終わる。
斎藤は風間の金色に光る瞳を蒼色で貫き、最後通牒を告げた。

「なまえの居場所を言え」
「知らん」
「答えろ風間。なまえはリリスではない。お前の妻にはならぬ」

苛立つ斎藤の左手に力が籠り、眉間に鋭い切っ先が触れた。
しかし風間の口端はほんの僅かに上がる。

「ふん、刺したくば刺すがいい。リリスでないなど先刻承知だ」
「何?」





「いらっしゃいませ!」

可愛らしく微笑んだ千鶴は、レジの前に立った二人の客が手に何も持っていないのを見て怪訝な表情を浮かべた。
煙草を所望かと後ろの棚を振り返りかけると、背の高い茶色い髪の男が薄く笑いながら言った。

「会社を辞めてこんなところでアルバイト?」
「……え?」
「単刀直入に聞く。みょうじなまえを何処に隠している?」

短髪の目の鋭い男が続けて問うのに、青ざめた千鶴は二人の予想外の行動に出た。
カウンターを潜り抜けると、一目散に店外へと駆け出したが、機敏に追いついた山崎にあっという間に捕らえられ、しおらしく俯く。

「あの……、何をおっしゃっているのか、」
「言い逃れが通用するとまさか本気で思ってるの?」

呆れた声を上げた総司は暫し千鶴を眺めてから、驚いたね、と言いながら山崎に一度目をやり、千鶴に向き直った。
おどおどと目を泳がせていた千鶴は、山崎の手から解放され総司の手に握られている物を認めるなり、諦めた様に溜め息をついてから徐に不敵な表情を作る。
ゆっくりとその頬にうかぶ薄く暗い笑み。
これが正体か。
その変化に目を見張り、山崎が押し殺した声で言った。

「やはり、君が、」
「そうよ、ご想像の通り私はリリスの末裔だけど? だったら何だって言うの?」
「君、開き直るつもり?」

先程までのしおらしさは鳴りを潜め、挑戦的な目つきで睨みつけて来る千鶴に、総司が鼻白んだ。
山崎も警戒心を顕わにして千鶴を睨めつける。

「君はサッキュバスか? 藤堂君を誑かして……、」
「は? サッキュバスですって? 何を言ってるの、私はただ、」
「いや、君の説明など時間の無駄だ。みょうじ君の居場所を答えろ」
「なまえ? なまえは……、」
「何かしたの」

総司が低く問うと千鶴の相貌が歪み、思いがけないことにその瞳から涙が溢れ始めた。
その場に崩れ落ち、地に手をついて激しくしゃくり上げ、ボロボロと零れる涙が頬を伝って落ちる。
この表情と態度の変化はたいしたものだよと、総司は冷めた表情で黙って千鶴を見下ろしていた。
泣きながら話す声は、誰もが騙されても不思議ではない程に、切なく頼りなく哀しげに響く。
これが、男を手玉に取ると言うサッキュバスの威力か?
しかし山崎の顔には苛立ちが浮かび、総司は顔色も変えずに続ける。

「彼女に何をしたの」
「だって、風間はなまえを望んだ……、私……悪魔の花嫁になるくらいなら死んだ方がまし。殺せばいい……殺してよっ!」
「残念だけどなまえちゃんを返してもらうまでは、君を斬るわけにいかない」
「……私はただ平助君といたかっただけ……リリスの血を受け継いだのは私の所為なんかじゃないのに……、」
「君が企んでることなんてどうでもいいけどさ、どっちみち君が黙っていたら平助がもっと酷い目に合うよ?」
「もっと、酷い目……?」

慟哭し激昂した挙句、涙に濡れた顔を上向け、ひどく心許なげな頼りない目をするが、山崎が冷えた声で告げた。

「彼は瀕死の状態だ」
「……嘘!」
「全てを話してなまえちゃんを僕らに引き渡すなら、君たちを守ってやってもいいけど?」

総司は初めて先ほどよりも、ほんの少しだけ優しげな微笑を頬に乗せて、千鶴を見下ろした。
平助の状態を気遣った言葉と表情だけは、どこか本物に見えたのだ。





オレンジ色の蛍光灯の豆球の下で目覚めた私は、額の氷嚢をどけて薄い布団の上で身体を起こした。
鈍い頭痛を感じて顔を顰める。
ここは、どこ?
ふと見れば枕元に、水を入れたコップがお盆に載せて置いてある。
エアコンもなくてひどく蒸し暑く、足元の扇風機が生温かい風を送って来るばかりで、全身に汗をかいて、髪が額に張り付いていた。
ひどく気持ち悪い。
身体は熱っぽく喉の渇きを覚えて、枕元のコップを手に取って一息にぬるい水を飲み干す。
コップの表面は濡れていて、膝の上にポタリポタリと雫が垂れた。
元は氷が入っていたのかな。
お盆の上は水浸しだった。
水を飲んだことで人心地ついて改めて部屋を見回してみれば、首を捩じった為か頭がまた鈍く痛んでくる。
よく見ればお盆の上に紙が乗っていて、それは水分を含んですっかり濡れていたけど、滲みかけた文字が書いてある。
置き手紙?
見慣れた千鶴の文字で『なまえへ。すぐに戻るから、眠っていて。こんなところでごめんね。千鶴』と書いてあり、何だかその文面がとても優しく見えて、いつもの彼女みたいに感じた。
少しずつ眠る前の記憶が戻って来て、意識を失う前まで私の目の前に居た彼女が目の裏に浮かぶけど、でも、それは本当に千鶴だったのか、なんだか解らなくなって来る。
外はまだ暗い。今、何時頃なんだろう。
時計がないばかりか、家具すら置いていないガランとしたアパートの一室。
ここは、千鶴の住んでいたアパートじゃない。
そして、今肝心の千鶴は部屋に居ない。
一体何処へ行ったんだろう。
不安に胸が締め付けられて、思い浮かぶのははじめさんの顔。
はじめさん、ごめんね。心配しているよね。
心配性の彼だから、今頃、私を探してくれているかも知れない。
連絡を取りたいと思うけれど、手に持っていた筈のスマフォが、どこにも見当たらない。
不意に鳴った電話は千鶴からで、はじめさんに関する秘密を話したいと呼び出された。
アパートの下まで来ているという言葉に、何の疑いもなく部屋着のままで外へ出た私は、ちょっとした立ち話でもするかのような格好だった。
大き目のTシャツにハーフ丈のレギンス。今もそう。
昨日の昼休みに、平助君が私に話そうとしていた内容がとても気になっていた矢先で、天界でのはじめさんの立場や千景さんについても詳細に知っているらしい口調の千鶴を信じて、黙って此処までついてきた。
驚いた事に千鶴は車で来ていて、私の部屋からも千鶴のアパートからも離れた場所だったので、だんだん不審に感じ始めて。
ここへついてからもなかなか話し始めない千鶴を問い詰めようとしたのだけど、唐突に嗅がされた何かのせいで目の前が真っ暗になったのだった。
目がさめればこのていたらく。
結局何も解らず仕舞いだ。
こんな無力の私がはじめさんを守りたいなんて、お笑いだと唇を噛み締める。
這うように布団から抜け出し立ち上がれば、まだ少しだけふらつくけれど立てないわけではない。
鈍い頭痛も熱っぽいのも、多分嗅がされた薬のせいだから、時間が経てば治まる筈。
もう一杯だけ水を飲もうと立ち上がって流しに向かえば、そこには冷蔵庫すらなく申し訳程度の小さなキッチンにも何も置いてなく、この生活感のない部屋にあるのは、今まで寝ていた布団と古ぼけた扇風機だけなんだと解る。
シンクの中に、ロックアイスと書いた厚手のビニール袋。
その中に溶け残った氷と歪に曲った安物の果物ナイフが取り残されていた。
振り向けばすぐそこの布団の上、さっき額から除けた氷嚢が小さな枕の隣に転がっている。
何もないこの部屋で、千鶴はわざわざこの氷を砕いたのだろうか。
私の額に当てる為に?
ますます千鶴が解らない。
流しの隣の粗末なドアの前に、履いて来た筈のサンダルは置いてなかった。
それでも私はドアを開けて、裸足のままでふらふらと外へ出た。
とにかくここを出たかった。
私の心の深部が彼の名を叫んでいる。
はじめさんに逢いたい。
どうしても、逢いたい。
どうしようもなく、はじめさんに逢いたいよ。





「君さ、平助に本気で恋してるんならさ、なまえちゃんの気持ち解ってあげられなかったわけ? 自分達さえよければってさ、随分だよね」
「すみません……、」
「あなたが人の気持ちを解れと説くなんて。はあ……、」
「ちょっと。ちゃちゃ入れないでよ山崎君。君こそ恋なんて知らない癖に」
「は? 俺はちゃんと、…………!」

総司が獲物を見つけた獣のように嬉しげに、絶句する山崎に矛先を変えた。

「へえ? ちゃんと、何? 君、誰か好きな人でも居るの」
「い、今はそんな事を言っている場合ではないでしょう。みょうじさんを、一刻も早く、」
「はいはい、後でゆっくり聞いてあげるからね、山崎君」

なまえを残して来たアパートへは徒歩で10分弱程度。
向かう道すがら千鶴は意外にも従順に、平助が風間と近しく付き合う事になった経緯を、ポツリポツリと語った。
本当に平助君を助けてくれるんですよね? と痛々しいまでに縋る目で何度も確認する。
二ヶ月ほど前、平助が斎藤から風間に張りつく任を受け継いだ時から。
他人に対し傲慢で、だけどそれは不器用故なのだと、だから不遜なあの男を何故か庇ってしまうと、平助はそう言っていたらしい。
斎藤の事を知り翻意を決意した矢先に千鶴の真実を知らされ、斎藤や仲間を欺く苦悩に苛まれながらも、千鶴を餌に脅された平助は風間のなまえへの執着を、どうしても止める事が出来なかった。
ルシファーの封印が、何時溶けたのかは解らない。
しかし恐らくそれをきっかけに、あの男はますます驕って行き、卑怯な手を使う事も厭わなくなっていったのだ。
まさにルシファーの再来だと思った。
千鶴本人がリリスの血を受け継ぐ者であることを風間に聞かされたのは、月曜日の朝の事。
全てを明かして今度は平助を切り札に、千鶴をも従わせようとした。
ルシファーへと変化した時の風間は恐ろしく、その巨大な力の前には屈服する以外になかった。

「これだけは信じて。私は命令でなまえを攫ったけど……、でも風間に渡すことだけは、どうしても出来なかったの。だから誰も知らない場所に隠した」
「うん、」
「けど……っ、そのせいで平助君が……」
「話してくれて助かった。君たちを守ると約束した。俺達は約束を守る」

山崎が目立たない程僅かに頬の筋肉を緩めたその時、「あれ?」と総司が声を上げた。
千鶴もそちらに目を向ける。

「あれは……、」
「なまえだ。なまえがどうしてこんなところに……?」

ふらふらと宛てもなく彷徨い歩く姿を見つけ、ホッとしながら総司が逸早く駆けつければ、虚ろな瞳は一度見開かれ「沖田さん?」と唇だけで呟き、なまえはその場に脱力した。


総司がなまえを抱き上げ、やっと山崎や千鶴と共に駆けつけたとき、斎藤と風間の一騎討ちは既に決着していた。


This story is to be continued.

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