He is an angel. | ナノ
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13 意志を秘めた深いブルー


愛している
命と引き換えでも構わないほど、なまえを愛している

大きくて温かな羽に包まれてまどろんでいた。
まどろみの中で低く穏やかな声が幾度も耳元を優しく擽る。
初めてじゃない。
前にも、こんな夢を見た。
何よりも安心できる広い胸に抱き締められて包まれて、至福の眠りに落ちた私は…………。


薄ぼんやりとした意識が戻って来る。
まだもう少し眠っていたい。
この幸せな空気にまだ浸っていたい。
だけど。
とてもいい夢を見ていた私は閉じた瞼をゆっくりと開いた。

「…………」
「なまえ……」

顔に息さえかかりそうな至近距離に少し心配そうな深藍があって、私の瞳の奥底まで見透かすように覗きこんでいた。

「……はじめ、さん?」
「気がついたか。よかった」

彼は心底安心したようにふう、と深いため息をつく。
そこは周りに建物の影も見当たらない屋外のだだっ広い場所で、でも余りの暗さにどこなのか解らない。
驚きで状況を冷静に分析出来ない私は、もう一度目を閉じて少し前の事を頭の中で反芻してみる。
自室のベランダで空を見上げていたら突然千景さんが現れて、私は彼に捕まって宙を飛んだんだ。
どんどん高く昇っていって、そして、手を離されて。
落ちて。
思い出して恐怖にぶるりと身震いがきた。
千景さんは何者なんだろう。
全く事情はよく解らないけれど私は何かに巻き込まれて、危険な立場に居るのかもしれないと思った。
だって、あのままだったら私、きっと死んでいた。
唇も小刻みに震えだす。
私の身体を包んでいた力が強まった。

「…………っ」
「もう大丈夫だ」

再度目を開けた私は、はじめさんの腕が身体に回されていることに気づく。
それは目覚めたときからずっと。
え、待って。
ここにいるのは、はじめさん?
待て、私。
今頃か。
いつもどこか抜けていて脳内がカオスで、順序立てて状況判断の出来ない私は、ずっとはじめさんの腕の中に居た事に今頃気づいてしまった。
目線を下ろして行くと、はじめさんの投げ出された足の膝の上に座っていて(ひえっ)、彼の右腕は背に回され私の全体重を支えていた。
左腕は緩く腰に回されている。
うっ、こっ、これは……。
震えが治まる代わりに急激に上昇する体温。
待て待て、これは…………っ、つまり、はじめさんが地面に座った状態の、変形お姫様だっこ?
ちょっと、待ってーっ!!
逢いたかったはじめさんと会えた嬉しさよりも、この状態に激しく動揺して私はジタバタした。
こんなに吃るのは生涯初めてじゃないかと言うくらい激しく吃りながら

「あ、あの……っ、ご、ごめんなさい。私、お、重いでしょう。お、降ります、降ろして……」
「重くなどない」
「で、でも……っ」

はじめさんから離れようと試みる私を、彼は更に力を込めて抱き締めた。

「もう少し、このままでいさせてくれないか」
「…………、」

切なげな声音に抵抗する力の失せた私は、なお顔を火照らせたまま黙るしかなかった。
彼の右腕が私の身体を自分に引き寄せる。

「もう、駄目かと思った」
「……え、」
「風間に攫われた時、あんたを失うのか、と」
「失う?」
「間に合ってよかった」

千景さんに落とされた私を抱き留めて助けてくれたのは、そう、はじめさんだった。
千景さんと何かあるたびに、駆けつけて私を救ってくれたのは、いつだってはじめさんだった。
見上げれば限りなく慈しみ深い光を湛えたはじめさんの瞳が私を見つめている。
この瞳を知っている。

「失うくらいならば……、」

優しく耳元で囁かれる声も、私を抱く優しい腕も、何もかも私は。
そうだ、最初から知っていた。
行かないで欲しいと願った人。
はじめさんが、今ここに、こんな近くにいてくれる。
はじめさんの好きな人は誰、とか。
そんな疑問は私の中で静かに霧散していった。
もしも命を落とすなら、せめてその前に彼に伝えたいことがある。

「はじめさん、私……、」
「命と引き換えても構わない」

あなたはあの夜も、同じ言葉を言ってくれたよね。
気を緩めると泣いてしまいそう。
強い意志を秘めた海の様なブルーが、私の心まで掬い取るように受け止めてくれているようで、私は想いをこめて彼の首に腕を回した。
驚きに見開かれた彼の瞳は見えなかったけれど、抱きしめ返してくれる力に私と同じ想いを感じ取れた。
私が言おうとしたことが、先に彼の唇から紡ぎだされる。

「愛している」
「私も……、私もです。私もはじめさんを、愛してる」

はじめさんは一度身体を離して私を見つめ、とても、それはとても幸せそうに笑ってくれた。
どうして、忘れていたんだろう。
私の記憶から切り取られた48時間。
この二日間の彼の言葉も行動も、まるでパズルのピースが綺麗に嵌め込まれたように、全てがストンと胸に落ちてきた。
初めて会った二か月前のあの時から、私は彼と恋に堕ちていたのに。
どうして、忘れていたのだろう。
彼は再び私の身体を正面から引き寄せて、息が苦しくなるくらいに強く抱き締めてくれた。





俺はなまえの心ごと腕に抱いて、暫し幸福の極みに酔い痴れていた。
彼女は安心しきったように全てを俺に委ねてくれている。
それだけでなく彼女の記憶も戻った。
あの夜の全ても思い出してくれたのだ。
なまえを初めて知ってからずっと、ひたすらに寄せて来た想いが届き、彼女と全てが通じ合った。
命を懸けた思慕が報われて、これ以上に望む事など、俺にはない。
全ての懸案事項を忘れて、ひと時だけでもこの幸せに浸っていたかった。
何もかもを棄ててなまえだけを連れて何処かへ逃げてしまえたら。
天界を追われても構わぬ。
任務からもルシファーからもリリスからも解放されて、誰も知らない何処かでなまえと二人で暮らす事が出来たら。
それが出来たならば。
なまえが腕の中で小さく身じろいだ。
俺は夢想から醒める。

「はじめさん……、」
「ん?」
「……ここ、どこなんでしょう、」
「ああ。どこか郊外だな。人家が近くに見えない」

俺の膝から下りたなまえが、ゆっくりと身体を起こし、辺りをぐるりと見回した。
手から離れた温もりを名残惜しく思いながら、その手を掴む。
もう少し触れていたかった。
なまえの心が俺にあると解ったことは嬉しいが、確実に俺の方が惚れているのだな、と思わず苦笑してしまう。

「今夜中に家に戻れるかな」
「戻りたいか?」
「……だって明日会社あるし」
「あと、少し、」

見上げた彼女の手を引き、もう一度だけ抱き締めた。
少し抜けた愛すべき女、と思っていた。
しかしなまえの方が俺よりも、余程目の前の事実に対処しようとする、強い心を持っているのかも知れぬな。
再び現実に向き合うべく、彼女を軽々と抱いたまま俺も立ちあがった。
ここからの俺の闘いの相手は、ルシファーだけではないのだと、気持ちを引き締めながら。
俺は二度となまえを離しはしない。
もしも、彼女がリリスであったとしても、だ。
俺はアダムにはならない。
持てる力の全てを駆使して彼女を守っていく。

「は、はじめさん……っ、」
「案ずるな。直ぐに戻れる」

なまえの額に一度だけ唇を触れて、愛らしい顔が真っ赤に染まったのを確認すると、覚悟を決め俺は静かに飛び立つ。





「なあ左之さん。はじめくん戻って来ると思うか?」
「さあ、な」

瞼の重そうな平助がぬるくなったビールを啜る。
その手からビール缶を奪い取ると、左之は勢いをつけてダンッとテーブルに置いた。

「もうやめとけよ」
「さっきので、酔いなんか醒めちまったよ」

逆らわずとろんとしたまま、平助は乾燥しきったあたりめに手を伸ばした。
左之は酔いなどとうに醒めている。

「明日会社だろ?」
「辞表出すしかねえし。行けるわけねえじゃん? もう潜入も終わり」
「……そういや、そうか」

風間に正体がばれた以上、これ以上の潜入に意味はない。
隣の部屋のなまえのベッドには千鶴が眠っている。
そっちを顎でしゃくると

「あの子はどうすんだよ」
「それなんだよなぁ」
「別れるのか?」
「……うーん、正直俺さ……あいつにマジになっちまってるみたいでさ、」

もそもそと固いあたりめを齧りながら、平助がサッと顔を赤くした。
なんだよ、てめえもかよ。
左之はさらに気持ちがささくれ立つのを感じて、さっき平助が呑んでいたビールを乱暴に手に取ると、グイッと一息に飲み干す。
大した量は残っていなかったが、ぬるいビールは殊更に苦く、燻ぶる感情を逆撫でた。
つい先刻、遥か上空で風間と対峙した斎藤の姿が脳裏に甦る。
夜目が利き、遥か彼方まで届く天使の視力を恨んだ。
あいつはどこまで風間を追って行っただろう。
なまえを取り戻しただろうか。
それは間違いのない事に思えた。
斎藤のなまえに対する想いが半端なものでないことは、重々承知している。
あいつは戻って来るだろうか。
冷静を保てているのだろうか。
戻らねば尋常じゃない状況に陥る事は、目に見えていた。
逃亡は背任行為だ。
ルシファーだけでなく、天界その物も敵に回す事になる。
行く先にあるのは破滅だけだ。
あいつはそんなに馬鹿じゃなかった筈だ。
生真面目で勤勉で、常に誰よりも命に忠実で真っ直ぐな男だ。
しかし恋というものが心を狂わせると言う事実を、奇しくも斎藤本人の姿によって知った。
自嘲の笑いを洩らしながらふと思う。
そうなったら、俺は、どっちにつくかな。
もう一口呑もうと口をつけた缶には一滴も残っておらず、舌打ちしてグシャリと片手で握り潰すと、苛ついた手つきでテーブルの上にカコンと転がした。



This story is to be continued.

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The love tale of an angel and me.
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