He is an angel. | ナノ
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12 離れ過ぎてるディスタンス


酒類やつまみなどを大量に買い込んで、平助と千鶴が賑やかにやって来た。

「なまえー、全然知らなくてごめん。いろいろあったんだね。話してくれればよかったのに、」
「千鶴ー、ごめん。何もかもが急過ぎて、言いそびれて、」

千鶴がなまえに抱きついて、なまえも千鶴を抱きしめ返している。
すっかり意気消沈していたなまえも、千鶴の訪問に少し生気を取り戻したようだ。

「女同士ってなんですぐ抱き合うんだ?」
「はは、だな」

呆れたように笑う平助に同調しながら、左之も一先ずホッとする。
風間千景と同僚であり友人関係を装っていた平助にも、もちろん詳細は知らされている。
左之や平助の当面の目的は風間千景の動向への警戒、そしてみょうじなまえに対しては保護から監視へと移行した。
彼女がリリスであるとしたら彼女自身も何らかの覚醒を起こすかもしれないのだ。
千鶴は人間である為に、そしてなまえは監視対象である為に、それぞれ理由は違うが彼女らには事情を伏せている。
この任に関しては斎藤が重責を担う事になる。
彼がみょうじなまえに懸想したことが事の始まりだからだ。
左之は斎藤が戻るまでの代理であるが、彼に同情する気持ちの中に微細な羨望が混じっていることに、自分でも驚いていた。

俺は今まで、女に本気になったことがあったか?

なまえがつまみを皿に盛ったりグラスを用意したりする様子を、左之はリビングから目を細めて眺めた。
スーパーのレジ袋をガサガサさせて平助がビールの350缶を二本取り出す。

「どうもなまえがリリスだとは俺には思えねえな」
「ん? 左之さんはなまえにさっき会ったばっかなんだろ。わかんのか?」
「だってよ、あんなボケッとしたのがリリスなんて、平助は信じられるか?」
「ああ、まあな。千鶴の友達だから俺もずっと見て来たけど、確かに信じらんねえわ」

キッチンの二人には聞こえない程度に声を抑えて話しながら、左之が缶ビールのプルタブに指を掛けた。
先にペシッと開けた平助が、泡が吹きこぼれそうになるのを「おわっ」と慌てて口をつける。
しかし一瞬間に合わず、テーブルの上にビールの小さな水たまりが出来た。
声を聞き付け、布巾とグラスを持ったなまえが駆け寄って来る。

「あー、ちょっと平助君、飲むならグラスに注いでよ。左之さんも、」
「わりぃ、」
「え、なまえってそんなキャラだったかなあ?」

なまえの後ろから両手に皿を持った千鶴が着いてきながらくすくすと笑った。
一口含んだビールをごくりと呑み下した左之が動きを止め、なまえの手もピタリと止まる。

「……斎藤が言いそうな科白だな」
「…………、」

エアコンの冷気よりも一段と空気がひんやりとした気がした。
テーブルに零れたビールを拭いながらなまえがうろたえる。

「……いや、ね、それは……確かにはじめさんに言われた事だけど……、でもね、ほんとにグラスの方が美味しいと思ったの、だから……、」
「そうか、“はじめさんに、”か」

左之が意味ありげな目つきでなまえを見る。
目が合うとなまえは無理矢理、ニィッと笑って見せた。
まるで私は別になんにも感じていませんよ? とでも言いたげだった。
でもそれは切ない笑顔だった。瞳は悲しげで斎藤を想う気持ちが隠れようもなく表れていた。
こいつ、嘘や隠し事が出来ねえタイプだな。
今だっていくらでも誤魔化しようはあるのに、馬鹿みてえに素直なんだ。
嬉しいも悲しいも感情がだだ漏れだ。
なんだか斎藤がこいつに魅かれた気持ちが解ったような気がするぜ。
左之はもうそれ以上なにも言えなくなった。

「んなことどうでもいいじゃん。グラスで呑むからさ早く乾杯しようぜ? 喉乾いちまった」
「平助君たら……、」

何かに気づいているのかいないのか、平助の言葉に千鶴が苦笑いをする。
その場をぶち壊すような、この場合はむしろ救う様な、平助のグッジョブ(?)な一声で、なごやか(?)にささやかな飲み会が始まった。





あまりお酒の強くない千鶴は、平助君の肩に凭れてうとうとし始めてる。
左之さんはよっぽどお酒に強いのか顔色も変えずに飲んでいたけど、少し辟易した様な顔をしつつ、呂律のおかしくなってきてる平助君の話に相槌を打っている。
私は口を挟まずに聞くともなく聞いていた。
内容は天界の仲間の誰それの話とか、“土方さん”の話とか。
土方さんと言うのは、はじめさんや左之さんや平助君達の上司という事が聞き取れた。
何やら鬼みたいに厳しい人なんだとか。
でも何故かはじめさん個人の話にはならない。
さっきの「斎藤が言いそうな科白だな」を最後に、それはもうわざとらしい程にはじめさんの名前が出てこない。
昼間、左之さんに「もう聞きたくない」って言ったから、話題を避けてるのかな。
あの時左之さんが口にしかけた、はじめさんの好きな人。
どんな人なんだろう。
イケメン中のイケメンでありながら家事は完璧で、そして、すごくすごく優しいはじめさんが好きになった人。
知りたくない。
でも、やっぱり、はじめさんの事だから知りたい。
ジレンマに苛まれながら、でもそんな事を言うわけにもいかず、私はとにかく黙っていた。
一昨日の夜はじめさんが現れた時からの事を、じっと思い出していた。
今日私の口にしたお酒はそんなに沢山の量じゃない。
いつものようにビールをガバガバとやけくそで飲んで忘れちゃってもいいのに。
そう、あの夜のように忘れてしまえば。
だけど、今日はそんな気になれなかった。
辛いけどはじめさんの事を忘れたくないと思う。
告白もしてないのにふられるなんて、もう、どうしようもなくバカみたいだけど、それでもこの二日間の事を忘れたくないと思ったんだ。
私は立ちあがりそっとベランダの窓を開けて一人でベランダに出た。
左之さんがふと顔を上げてこっちを見たようだけど、何も言わずにガラス戸に触れ、ここからはじめさんは現れたんだったな、なんて思い出す。
見上げる夜空は今夜も晴れていて、夏の大三角がよく見えた。
ベガとアルタイルが高い所に光っている。
いいな。
あなたたちは離れていても、二人の心は深く繋がっているんだよね?
私とはじめさんは心だけじゃなく、ついには実際の距離まで計り知れないほど遠いよ。
星空のもっと向こうにあるとはじめさんの言った場所。
もう、戻って来ないのかもしれないな。
星空がじわりと霞んだ。
その時だ。
いきなり信じられない程の風が起こった。

バサッ、バサバサバサーーッ

巨大な羽音みたいなものが聞こえて、目の前が真っ黒になる。
目も開けられない強風に私は思わず蹲った。
え、なに?
なんなの?

「わざわざ俺を出迎える為に出てきたとは感心だな、我が妻よ」

ええっ!?
聞こえたのは信じ難い事に千景さんの声。
私は蹲ったままゆっくりと上げた目を、これ以上ないほどに見開く。
狭いベランダの端にあろうことか、彼が立っていた。
ちょっと、ここ、二階なんですけど。
ど、どうやって登って来たんですか……。
千景さんは上下真っ白い出で立ちで(演歌歌手ですか)この間と同じように、瞳を金色に光らせ髪まで銀色に輝かせて私を見下ろしている。
背後でガラス戸が勢いよく開かれ、左之さんと平助君の声が重なって聞こえた。

「なまえ……っ!」
「てめえが風間か!」
「ぞろぞろと賑やかな事だな。藤堂、貴様も犬の仲間だったとは」

千景さんはいつものように口端を釣り上げ、ゆったりとした声音で言うと首を回してそっちを見る。
犬。
千景さんは昨日はじめさんにもそう言った。
犬じゃなくて天使なんだけどな。
ってそうじゃなくて、なんで千景さんがここにいるの?
私の脳内はまた混乱状態に陥る。

「埒もない犬めらが俺に挑もうと言うか。ふん、面白い」
「ぬかしてんじゃねえ」
「風間、それ以上なまえに近づくなよ」

ふと気づくと左之さんと平助君がそれぞれの手に、長く光る物を持っているのが目に入った。
え……、えっ、それって、一体、なんなんですか。
私の目の錯覚でなければ、巨大なナイフ? 刀? 剣? みたいなものに見えるんですけど!
室内の灯りを弾いてそれは鈍くぎらりと閃いた。
そ、それ、ちょっと、じゅ……銃刀法違反ですよ、ちょっと!
物騒な物を手にした二人がじりじりと千景さんに迫ろうとした時、それよりもほんの一瞬早く、目にも止まらない早さで踏み出した千景さんに腕を取られた。

「え…………?」
「なまえっ!」
「待ちやがれ、風間!」

そして次の瞬間私の足はベランダから浮いていた。
嘘…………っ!
両脇の下に千景さんの片腕を回された状態で、全身が浮き上がっていたのだ。
ええーっ、ゆ、夢なの、これ?
どどどどういうこと!?
この状況も信じられないけれど、千景さんの身体に更に信じられない物を見た。
肩から拡がりゆっくりと上下しながら、さっきと同じように強風を起こしてバサッ、バサッ、と音を立てて羽ばたかれるそれ。
巨大な黒い翼だ。
千景さんは悪魔みたいなそれを羽ばたかせて、ゆっくりと上昇しているのだ。
ベランダが静かに遠ざかっていく。
違う、遠ざかってるのは千景さんに捕まって宙に浮いている私の方だ。

「ち、千景さん……、あなたって……」
「くそっ、なまえを離せ!」
「よいのか。離せばこいつは地に落ち傷つく事になる」
「畜生っ!」

含み笑いをする千景さんに向かって、少しずつ離れていく距離の向こうで、左之さんと平助君が叫んでいたけど、もう聞きとれない。
ベランダどころか、私の懐かしいアパートの全体像までが視界に収まる程、離れてしまった。
もう、気絶してしまいたい。
そう言えば、千鶴は寝ているのかな。
こんな恐ろしい光景を見ずに済んでよかったよ。
千鶴は怖がりだから。
余りの状況を処理しきれない私の脳内も、身体と同じように浮遊を始める。
目を固く瞑って何に対してか解らない覚悟を決めた。
もう、どうでも、いいや。
お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許しください。
なまえはあなた達の子に生まれてきて幸せでし……、

「その手を離せ」
「…………貴様」

幻聴?
それとも、夢?
聴きたかった声が聴こえた気がした。
やっぱり夢だよね。
あ、それとも、もう天国についちゃった?
いや、悪魔に連れ去られてるんだから地獄か。
私の前で次々と起きた信じられない出来事。
金曜日の夜から。
たった二日間で男の人を好きになったり、好きになったと思ったらその人が去って行ってしまったり、前に付き合っていた人が悪魔の羽をバサバサさせて私を捉えて空を飛んだり、そんな私を。
好きになった人が助けに来てくれたり、なんて、ね。
これが夢じゃなかったら、これが現実だったなら。

「もう一度言う。なまえを離せ」
「向こうの犬にも同じことを言ったが、俺が手を離せば、」
「構わぬ、離せ」

え?

「なまえを地に落としたりはせぬ」

え……
私は恐る恐る目を開けた。

「風間。俺の手にあるこれが何か解るな?」
「…………っ、貴様……!」

彼の左手の剣が翳されたその瞬間、千景さんの腕が私の脇からスッと抜けた。
ああ、ここはどのくらいの高さなんだろう。
私はゆっくりと落ちていく。
私の眼は見開かれているのに何も見えない。
きっと凄いスピードで落ちてる筈なのに、漂っているような気すらする。

「これが終わりではない、リリス。必ずお前を手に入れる」

落ちながら耳に届く千景さんの険しい声。
どんどん落ちていく。
どこまでも落ちて、堕ちて、私は…………。
と思った刹那、力強い腕に包まれたのが解った。
力強くも優しい腕と、そして白く綺麗で温かい大きな羽に包まれていた。


This story is to be continued.

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The love tale of an angel and me.
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