『淋しい』なんて感情を持ってしまうのは負けだと思っていた。(ぬぬぬー…、書記、元気ない?大丈夫か?)(月子さんは新学期に入ってから頑張りすぎていると思いますよ。少しくらい休んだって良いんですからね)ほんの昨日交わされた会話を月子は思い出す。まさか翼や颯斗に感づかれてしまっているとは思いもしなかったから、とても驚いたのをよく覚えている。
『淋しい』だなんて感情を持つだなんて負けだと思っていた。彼は淋しいという感情とは無縁だといった表情で笑う人だ。どんなことがあったって平気だと言って笑う人だ。そうして月子は彼のそうやって笑う顔が一等好きだった。だからなのかもしれない、彼に釣り合うようにと『淋しい』だなんて感情をなるべくなるべく持たないようにしてきていた。名前を呼べば彼は振り向いて、どうした?、そう言って笑ってくれていたから。名前を呼べば応えてくれて、腕を伸ばせば抱きしめてくれたから。だからずっとずっと平気だったのだ。淋しいなんて感じなかった。だって彼が傍に居たから。
――でも、彼はもう居ない。
彼、不知火一樹は今年の冬に此処、星月学園を卒業した。故に何処をどう探しても一樹はこの学園の何処にも居ない。名前を呼んでも応えてなんかくれやしないし、伸ばした腕を引き寄せてくれるわけもない。今までは彼が居るのが当たり前だった。(つーきこ、おいで)何でもない振りして名前を呼んでくれる声も、春の日溜まりにも似た暖かさを伴って抱きしめてくれる腕も、もう何処にもない。今までは当たり前に存在していた、その『当たり前』がなくなるということは酷く、淋しい。(淋しいなんて思っちゃいけない。淋しいだなんて我が儘を言って一樹会長を困らせたくない)頭ではきちんと理解している。けれども心が理解しない。淋しい、淋しいと泣いている。どれだけ押さえ込んでも、どれだけ蓋をしても。初めてなのだ、傍に一樹がいない季節は。(一樹会長、あなたがいない初めての春は、)(なかなかに淋しいものみたいですよ…思わず、涙がでてしまう程度には)
気付けば月子は両手でしっかりと携帯電話を握りしめていた。お揃いで買ったストラップが音もなく揺れる。
時計は八時を指している。確か今日はバイトが休みだと聞いていたから、この時間なら電話を掛けても平気だろうか。電話を掛けたい気持ちと、掛けては迷惑をかけるかもしれないという気持ちがせめぎあってうまく呼吸が出来ない。どうすればいいのか、思考がうまく働かない。(忙しいだろうから休ませてあげたい。一樹会長は優しい人だから、きっと大丈夫だと笑うんだろうな。でもその優しさが、わたしは、)けれども、指は迷うことなく短縮番号一番を押していた。たったワンコール、それだけで世界で一番愛しいと思える声が聞こえてくる。
『もしもし、月子?』
「…………っ」
『月子?どうかしたのか?何かあったのか?』
その声を聞くだけで体から力が抜けていく。馬鹿みたいに悩んでいたことなんて全てがどうでも良くなってしまう。何か喋らなきゃ、そう思うのに、言葉が出て来ない。急に電話しちゃってごめんなさい、大学は忙しいですか?、わたしは元気です――
「一樹、会長」
『ん?どうした、月子』
「……声が、聞きたくて。迷惑かなって思ったんですけど、それでも…。……淋しい、です。一樹会長が居ないと、やっぱり、淋しい、で、す」
一瞬一樹は息を止めて。それから月子の一等好きな声で囁く。その声を、言葉を聞いて月子は泣き笑いのような、そんな表情で、少しだけ笑って。待ってます、愛しています、とだけ、小さな声で呟いた。









「スピカ」様に提出させて戴きました。遅くなって申し訳ありません。素敵な企画をありがとうございました。
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