※なんかよく分からない話。≠月子でも読める気がします。



ミュータント:変異の生じた細胞または個体を突然変異体(ミュータント)と呼ぶ。英語やドイツ語ではmutationと呼び、この語は「変化」を意味するラテン語に由来する。


わたしはミュータントだ。完成されすぎた人間のミュータント。背中からは一対の白い翼。指先には誰かを傷付けることしか知らない鋭い爪。隠しているだけで本当は三つ目の瞳としっぽがあるし、わたしが手を叩けば窓ガラスは割れる。喚けばきっとこの建物は壊れちゃう。誰にも仲良くしてもらえなかった。誰にも優しくなんかされたことがなかった。でもそれが当たり前だと思っていた。わたしはミュータントだもの。誰も教えてくれなかったからうまく喋れない。誰も教えてくれなかったからうまく笑えない。でもそれでいいのだ。わたしはミュータント。

――そんなわたしに好きな人が出来た。

名前はしらぬいかずきと言うらしい。漢字はよく分からないから、彼の漢字は分からない。けれども、きっと素敵な名前なんだろうと思った。かずきさんは研究者なのだという。わたしはかずきさんに拾われて、この真っ白な家に来た。此処では世界を助けるために色んな研究をしているのだという。かずきさんは名前のなかったわたしに名前を付けてくれた。黄金色の瞳が満月みたいだから月子。満月なんか見たことがなかったけれど、かずきさんが付けてくれた名前だったから大切にしようと心に決めた。
「月子、調子はどうだ?」
「かずきさん、わたし、げんきです」
「そうか、ならいいんだ」
「かずきさん、げんき、ですか?」
「ああ、お前が元気でいてくれるなら俺はそれだけで元気でいられるよ」
「よかった、かずきさん、げんき、わたし、うれしい」
「俺もお前が元気なら嬉しい」
かずきさんが優しいのはわたしがミュータントだからだと知っているのだ。実験や研究の一環だと知っているのだ。でもわたしはそれでいい。今まで優しくされたことなんかなかったから。でもこの気持ちだけは絶対にかずきさんに知られちゃいけない。だってきっとかずきさんの迷惑になるだろうし、それ以前誰も教えてくれなかったから気持ちの伝えかたすら分からない。伝えかたが分からないからこのままでいられることも本当は分かっているのだ。
予知能力もテレパシーも念力だって使えるけど使わない。日々が壊れてしまわないように。彼の傍にいられるように。世界征服だって大量虐殺だって此処から脱出することだって簡単に出来ちゃうけどやらないのだ。いつまでもこの優しい時間に浸っていたいから。かずきさんが望むならどんな力だって使ってもいいけど、かずきさんが悲しむ力は使いたくない。そんなこと彼はきっと知らないんだろうけど、それでいいのだ。
「……月子、」
「かずきさん?」
かずきさんの声は何かを懸命に堪えているような声だった。その表情は痛みを必死に押し隠しているような表情だった。今までに一回も見たことがなかった表情だった。
「明日、注射をしなくちゃいけないんだ。月子、我慢出来るか?」
「ちゅうしゃ、わたし、やったこと、ない、わからない。でも、へいき。いたいの、へいき」
注射、概念は知っているけれど、やられたことがないから分からない。分からないけれど、痛みは感じないからきっと平気だろう。それよりもかずきさんの言葉の裏に潜んだ意味に気付いてしまった。彼の痛そうな表情のわけに気付いてしまった。でもわたしはかずきさんが好きだから。かずきさんのためになることならなんでもしたいのだ。かずきさんが喜んでくれるなら謎の注射なんか我慢出来るのだ。――それ以外に生きる意味が見つからなかった。
「……そう、か……月子、俺は、俺は……っ」
「かずきさん、うれしいなら、うれしい」
「つき、こ………っ」
彼のことを信じている(嘘だ、本当は)信じていたい。かずきさんが好きだ。かずきさんが笑ってくれるのなら、わたしを破壊するだろう謎の注射だって怖くないのだ。かずきさんがただの注射だというのならそれはきっとただの注射。だから大丈夫。大丈夫。
少しでも彼に近づきたくて二つの目を閉じる。同じように夢が見られることを祈りながら。
「月子……俺、は…」






好きだから。かずきさんが誰よりも好きだから。だから騙されていたいのだ。好きだから、騙されていたいのだ。









BGM:恋するミュータント(ピノキオP)
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