恋は一人でするものではない、そう教えてくれたのは他でもない彼だった。手を繋ぐ愛しさも、抱きしめあう優しさも、唇を重ねる切なさも、教えてくれたのは全部全部彼だった。彼だったから幸せだったのだ。他の誰でもない、紛れもなく彼だったから今の今まで幸せでいられた。その幸せが今まさに壊れようとしている。彼女にも彼にもどうする事も出来ない。彼は教師で彼女は生徒だ。普通ならば寄り添うことなど許されない。お互いがお互いをどんなに求めていても叶わないこともある。恋を語るには二人は恋を知らなさ過ぎて、愛を語るには二人は幼すぎた。そんな二人を誰が責められよう。世界を染め上げる太陽の断末魔だけが二人に優しかった。
「最後まで愛してやれなくて、ごめん」
絞り出されるようにして紡がれた言葉を彼女は澄んだ瞳を伏せたままどこか他人事のように聞いていた。ここで終わりなのだと気付いてしまいたくなかった。気付かないでいれば離れ離れにならずともいいのだと信じているかのように、ただただ黙って彼の言葉を聞いていた。本当に聞きたいのはそんな言葉ではないのに。そんな別離の言葉など聞きたくない。
「最後まで傍にいられなくて、ごめん」
「…そんな言葉が欲しいわけじゃない、です」
「…うん、ごめんな」
彼の太陽の様な笑顔が好きだ、とぼんやりと考える。悲しい時、苦しい時、何時だって思い出すのは彼の優しい笑顔ばかりで、それなのに今は自分がその笑顔を消してしまっている。彼の笑顔の理由になりたかった。ただ、彼の笑顔の理由でありたかった。どんなに願ったところでもう叶わないものだと知っていたけれど。
「優しくなくてごめん、な」
「そんな、いつだって陽日先生は私に優しいじゃないですか。そんなこと言わないでください」
「いや、俺は優しくないよ。優しかったら…お前にそんな顔…」
「私は誰にだって優しくて、明るくて実直な陽日先生だから好きになったんです。いくら本人だからって私の好きな人をそうやって言うのだけは、許しません」
「……」
ふわり、舞落ちるのは寂しいばかりの沈黙だった。ふと彼が見つめた彼女の華奢な指先をこの先自分じゃない誰かが握ることになるのだろうか、と彼は思った。その柔らかな唇が自分以外の誰かの名前を呼び、その優しい光を湛えた瞳に自分以外の誰かを映すんだろうか。そう考えただけで目の前に闇夜の帳が落ちる気がした。強ち在り得ない未来ではない。何故なら今ここで彼は彼女の指先を離してしまうからだ。自分以外の誰かが彼女の心の中に入ることなど許せないのに、自分から手を離そうとしている。大切なら、愛おしいなら手を離さなければいいのに、そう呟いたのは心の中に居る誰かだ。分かっている。分かっているのだ。手を離さなければきっとずっと一緒に居られる。一緒に居られるかもしれないけれど確実に彼女を傷つける。彼女を傷つけるくらいなら手を離そう、そう思ってしまう程度には彼女のことを愛していたのだと今更ながらに痛感して思わず声にならない苦笑が漏れた。
「…好きになって、ごめん、な。だけど、ごめん、お前のこと、ずっと好きで、いさせて」
彼女は何も言わない。握りしめられた指先が段々と白くなっていく様を何も出来ないままに見つめる。その指先を取る資格が、もう無いから。
「ここで私が手を離したら、私のこと…ずっと忘れずにいてくれますか」
その言葉に陽日は答えられなかった。ひゅるり、風が二人の髪を撫でる。太陽の断末魔だけが二人に優しい。




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