※捏造子供が登場します。名前は翔(かける)です。


夏の目に入れるには些か眩しすぎる陽射しが容赦なく肌を焼く。おかあさーん!、と蜃気楼の向こう側で、今年六歳になる息子――翔が大きく手を振った。育ち盛りの翔にはこの猛暑日すら楽しみの一つに変わってしまうらしい。繋がれていない方の手を月子が振り返してやると、向日葵よりも眩しいのではないかと思えてしまう程の満面の笑みが返ってきた。将来マザコンになってしまうのではないのか、と一樹が少しだけ心配しているのを月子は知らない。お盆の意味を知らない翔は楽しそうに、墓と墓の間に敷かれた石畳を駆け回っている。元気なもんだな、と一樹が誰に言うでもなく呟くと、月子が楽しそうに笑いながら、一樹さんの子供ですからね、と返した。
「いーや、俺が翔くらいの時はもっと思慮深い子供だったんだぞ?」
「えー?思慮深い一樹さんなんて想像出来ませんっ」
「お前…俺はいつも思慮深いだろ…」
「おとーさん!お母さんを虐めないでよ」
「虐めてねえっての」
気が付けば小さな墓石の前に来ていた。眩しい陽射しに鈍く反射しているそれには、不知火と彫られている。そっと触れると冷たい、けれどもどこか優しい温度が伝わってきた。久しぶり、と一樹が呟くと、隣で世話しなく駆け回っていた翔が、おじいちゃんとおばあちゃん暑くないのかな、と眉を寄せた。
「水掛けてあげようよ。お母さん、俺がやる!」
「掛けすぎないようにね」
「まかせて。俺、ちゃんとやり方調べたんだよ。上からゆっくり沢山掛けるんだよね」
「翔は物知りだね」
愛する家族の話をぼんやりと聞きながら一樹は遠い昔、自分もこうして、今はもういない両親と似たような話をしたことを思い出していた。もうすぐで両親がいなくなってしまった時の年齢になってしまう、その事実が少しだけ淋しい。
月子と付き合う前まではこうして穏やかな気持ちで親の墓参りに来られるようになるなんて思いもしなかった。親の墓に来るということは見たくない現実を直視しなければならないということに他ならない。強くなったとそう思っていたけれど、結局のところ、自分はどこまでも弱いままだったのだ(強い、強いと言われてきた。だから表面上は強くなったつもりだったのかもしれないな)。けれども今は違う。前を向く強さを、過去を避けるのではなくきちんと受け止めるだけの強さを手に入れたから。月子がいて、この掌を握っていてくれる、それだけで、いくらでも強く為れる気がするのだ。――それに今はもう一人、愛すべき大切な存在がいる。その二人の為ならばどんな傷だって乗り越えて立ち続けて居られる、苦し紛れでも何でもなく、本当にそう思えた。
「――一樹さん?ぼーっとして、どうかしましたか?もしかして熱中症じゃあ…」
「ん?あぁ、違う違う。ただ、もう少しで両親がいなくなった年と同じになるんだなと思ってさ」
「……一樹さんの御両親ですから、きっと素晴らしい方だったんでしょうね。もう翔のことを抱き上げてもらえないことは少しだけ淋しいですけど、」
翔が流す水が、陽射しを受けてゆるゆると光る。月子の長い亜麻色の髪が生温い風に煽られて音もなく靡いた。
「此処に来ればいつでも会えますから。声は聞けないですけど、わたしたちの声はきっと届いているでしょう?だから淋しくなんかないですよ。居なくなったわけじゃなくて、多分、此処に居てくれている、そう考えたら淋しくなんかないでしょう。ね、一樹さん」
「……ったく、お前には敵わないよ、本当、何時になってもさ」
「ふふふ、わたしは何もしていないですよ?」
僅かに力を込めた指先は更に優しい力によって受け止められる。大丈夫ですよ、月子の謡う様に軽やかな声が耳朶を揺らした。翔は楽しそうに水を掛け続けている。蝉の声が聞こえてきて、嗚呼夏だなあと、柄にもなく思った。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -