※鈴が登場します。

入学者名簿で彼女の名前を見、そして実際に入学式で彼女の姿を見た時、なんて彼女にぴったりの名前なのだろうと思った。――夜久月子。彼女は漆黒の夜空に浮かぶ銀色に輝く月の光ようだった。決して陰気であるとかそういうわけではなく、夜になれば何時だってそこに居てくれる静かで優しい月のよう。今思えば、名前をこの視界に入れた時点で自分はもう彼女を気にし始めていたのではないだろうか。たった一人で入学してきた度胸ある女の子ではなく、夜久月子という世界でたった一人の女の子として。
職員室の窓から覗く八月の漆黒の帳に足を踏み入れ始めた夜空は、まだほんの少し、一握りの明るさが残っていたけれど、ほんの一瞬の瞬きの間にもベタ塗りの暗闇に閉じ込められそうだった。無意識に指先に触れた四角い紙を引っ張り出す。角が僅かに折れてしまっているのは、両手ではとても数え切れない程の回数、見返しているからに他ならない。(先生、わたし、来週楽しみにしていますね!)脳裏に鈴を転がすような、凜とした声が蘇る。声の主は漸く自分のものとなった、亜麻色の長い髪を持つ少女だった。もうすぐ直獅が纏まった休み取れるから、二人で何処か遠出してみようということになっていたのである。蛍を見ることが出来る宿を予約した時の、月子の嬉しそうな顔をまだ思い出せた。
「陽日先生、顔がにやけてて気持ち悪いですよう」
不意にそんな声が背後から聞こえてきて、驚きのあまり飛び上がりそうになる。慌てて後ろを振り向くと、星月学園女子用制服に身を包んだ直獅のクラス所属の生徒が手にプリントを持って立っていた。どこか底冷えする瞳が、今は面白い玩具を見つけた子供の様に輝いている。デートですか?、全てを悟ったような顔で聞いてくる生徒――代菅鈴を睨みつけて返答は避けてみるが、そもそもその行為が肯定を意味していることに、残念ながら直獅は気付いていなかった。
「いいですねえ、青春ですねえ」
「よっ、代菅は何で此処にいるんだよ…!今は夏休みだろ?!」
「昨日プリント提出しろって言ったの先生じゃないですか…」
はぁ、と吐かれた溜息には無視をして、引ったくるようにプリントを受け取る。それと同時にさっさと帰れと身振り手振りで訴えてみるが、鈴は我関せずといった体で立っていた。楽しそうなのは変わらない。
「先生と卒業したとはいえ、生徒の恋…漫画みたいですね。先生、そういう経験なさそうだから、まあ、頑張ってください」
「け、経験ってなんだよ!」
「えー…それ言わせるんですか…仮にもわたし女子高生ですよ?大変不本意ながら生物学上は女ですよ?」
「なんで大変不本意ながらなんだ…」
鈴に言われるまでもなく、そういったことを考えないでもなかった。どうしたって最愛の彼女――夜久月子と二人きりなのだから、仕方がないことだろう。けれども、直獅がそのような行動を取った場合、月子が怯えるようなことはないにしても、驚くのは目に見えていたから、本当に実行出来るかは定かではない。――別に焦る必要などないことくらい知っている。これからずっと一緒に居るのだから。
「……はぁ、月ちゃんといい先生といい、本当似た者同士ですよね」
「?何か言ったか?」
鈴は楽しそうに小さく笑ってひらひらと手を振りながら職員室を出ていく。今更ながらこの時間帯の女の独り歩きは危険だと言おうとしたが、その時には既に鈴の姿は闇に消えていた。
鈴とあのような会話をしたからなのか、無性に月子の声が聞きたくなって携帯に手を伸ばす。短縮番号一番、見慣れた、世界で一番愛しいと思える名前を見ながら通話ボタンを押した。









HAPPY BIRTHDAY FOR NAOSHI!
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