黄黒 | ナノ


ねえ、知ってる?とどこかで聞いたことがあるような台詞をはしゃいだ声で告げたのはチームメイトの加奈だった。もともと噂好きなところがある彼女のことだ、恐らく今回もそうなのだろうとは思ったが聞かないでいるのも友人としてどうなのかとも思ったので、どうかしたんですか?と尋ねてみる。途端に嬉しそうな顔をしてあのねあのね!と駆け寄ってくるチームメイトはお世辞抜きにしてもなかなか可愛い。
「わたし友達から聞いたんだけど、今度文化祭あるじゃん?」
「あるねー。加奈とテツナのクラスは何やるの?」
「わたしのクラスはメイド喫茶でござる」
途中で会話に乱入してきたのはキャプテンのゆかりである。加奈がゆかりに対して敬語を使わないので忘れがちだがゆかりは三年生だ。余談だがレギュラー同士では敬語を使わない(癖である黒子は説得のおかげで除外)、名前で呼び合うというのを決めたのはゆかりである。ちなみに加奈は一年生だったりする。
「ボクのクラスは縁日です」
「縁日?じゃあ浴衣とか着るんだ」
「いやあ…なんでもベルサイユばらの衣装を着るみたいですよ」
「縁日なのにベルばら…」
「……ああ、黄瀬か」
「ええ…まあ…クラスの女の子たちが張り切っていましたので」
衣装係の女の子たちの気迫を思い出して黒子が思わず遠い目をしたのをゆかりは苦笑しながら見つめた。確かに見目好い彼がそのような恰好をしたら似合うだろう。目の保養になるに違いない。そうは思っても取り立てて興味がない人間にとってはあまりに無意味な話である。文化祭はたった一人のために行うものではない。
でもおかしいな、わたしの見立てではテツナは…と思案気な表情になるゆかりの横で加奈が黄瀬先輩って男バスレギュラーでモデルやってるっていうひとですよね?と首を傾げる。
「加奈さんも知ってるんですか?」
「有名だもん。確かに綺麗な顔してるよねーあのひと」
「笑顔が素敵だと思いますよ」
「……へえ?」
「……なんですか」
「ううん、テツナちゃんがそんなこと言うのは初めてだなって思って!ねー、ゆかりん」
黒子は基本的にそういった部分でひとを褒めない。外見よりも内面を何より大切にする人間なのだ。だからひとを褒めるときも『やさしいひとですよ』だったり『思いやりのあるひとですよ』だったりする。笑顔が素敵だなんて褒め言葉、一度だって口にしたためしがない。もしかしたら感のいい加奈あたりは今の発言で気付いたのかもしれないな、と黙って二人の会話を聞いていたゆかりは曖昧に頷いた。
あまり表情が表に出ない黒子だが別に全く出ない、というわけではない。ちゃんと見ていれば気付く。気付くことの出来る程度には感情を表に出している。そうしてそんな表に出している感情が、黄瀬の隣にいるときの黒子は間違いなく女の子のものなのだ。
合宿が終わってから明らかに黒子と黄瀬、というよりは黄瀬がとても変わったように思う。前よりも頻繁に黒子と一緒に帰りたがるようになったし、ちょっとでも黒子が重たい荷物を持っていたら忠犬よろしく駆け寄って来たりする。バスの一件を知っているゆかりや最上にしてみれば、その行為の理由が分からないわけではなかったので微笑ましい(というのは半分嘘で、半分くらいは生温い)目で見ているのだったが、理由を知らない人間からしてみれば奇異に映ったのだろう、もしかして黄瀬は…という噂がまことしやかに流れたりした。知らぬは本人ばかりである。
黄瀬が変わったといえば、青峰と黒子の関係もゆるやかに変わっていったような気がしたけれど、二人の間に何があったのかは流石にゆかりも最上も知らないのでそう感じる程度である。ただ、青峰の黒子を見る目も、黒子が青峰を見る目もひどく温かいなとは思ったけれど。
「……で、話がとても脱線していますが、最初に加奈さんが言いかけた噂とはどんなのなんですか?」
加奈の意味深なニヤニヤ笑いに堪えられなくなったらしい黒子がげんなりした顔で溜息をついた。そういえばそんな話をしていたのだった。
「あ、ああそうだったそうだった!あのね、文化祭の時に中庭にスターロードが出来るじゃん?」
スターロードというのは毎年文化祭のときに生徒会の手によって中庭に作られる、イルミネーションで鮮やかに彩られた短いトンネルのことである。日が暮れてから点灯するのだが、とても綺麗だ。そういえば去年は桃井に誘われて一緒に見に行ったなあ、と黒子は去年の記憶を掘り起こす。
「スターロードがどうかしたの?」
「なんでもそのスターロードの中で告白して成功した二人は、ずっと一緒にいられるっていうジンクスがあるんだって!」
「……ソースは?」
「ソース?わたし目玉焼きには醤油派」
「ボクはマヨネーズです」
「……そういうんじゃなくってさ。てかマヨネーズ!?」
分かってるってーでも聞いただけだからソースは知らない、とむくれる加奈にゆかりは半眼になる。悪乗りした黒子は微妙に居心地が悪い。
「でもさ、ソースわかんないけど本当だったら素敵だよねー」
「ですね」
「そして無料」
「ゆかりん夢壊す発言やめてくれる?」


◇◆◇


黒子っち!
後ろから名前を呼ばれた黒子は声の主に少しだけ心拍数を上げながら振り返った。先程までクラスメイトから良いようにいじられていたからだろう、心なしかくたびれた顔をした黄瀬がそこにいて、嬉しいのには間違いなかったが黄瀬に呼び止められる理由が思いつかった黒子には不思議で仕方がない。
そういえばさっき着ていた衣装はよく似合っていたなあ、かっこよかったなあ、と思いながら呼び止めた割にはなかなか話し始めない黄瀬をぼんやり見つめる。
「あーあのさ、黒子っち」
「はい、なんでしょうか」
「黒子っちは携帯にストラップとか付ける派?」
「はい?」
「いや、だから携帯にストラップとか付ける派かなって…」
突然ストラップの話をし始めた黄瀬に目を瞬かせた後、付けない主義ではないですがと返すと、あからさまにほっとした顔をされてますます意味が分からない。
こてん、と首を傾げた黒子に黄瀬は照れたように笑いながら小さな包みを差し出した。
「これ、良かったら貰って」
「……?薔薇の、ストラップ?」
「うん、合宿のとき黒子っちに話いっぱい聞いてもらって、そのお陰でオレすごく楽になったんス。だからそのお礼。黒子っちに似合うなって思って、だから…」
「あ、あの、別にボクはそういうつもりで話を聞いたわけでは、」
「そんなこと分かってるっスよ!ただオレがお礼したいってだけで…迷惑じゃなかったら受け取って?」
「……その言い方は卑怯です」
手渡された包みに入っていたのは薔薇があしらわれたストラップだった。細かなところにも手が加えられており、一見して高価なものだとわかる。こんなもの、貰えない。だって自分は話を聞いて意見を言っただけだ。黄瀬の心なんて考えもしないで。それなのに、黄瀬は嬉しかったよ、と笑うのだ。
律儀なところがある黄瀬のことだ、話を聞いて貰ったお礼がしたいというのは本当なのだろう。そうだ、こういうことが難無く出来てしまうひとだった。
「そういえば、」
「ん?」
「今回の文化祭の花も薔薇でしたね」
「!!!」
帝光中文化祭では毎年テーマと同時にモチーフの花が決められるのが特徴だった。去年は確かパンジーだった。どうして花が一緒に決められるかよく分からないし、大抵の人間は忘れているので決める意味なんてあるのかとも思うのだが。
そんなことを言いながら視線をストラップから黄瀬に移せば、当の本人は顔を真っ赤にしたまま固まっていた。意味が分からない。
「……黄瀬くん?」
「あ、オ、オレまだ採寸の残りがあるからもうクラス戻るっス!」
「?はい。頑張ってください。あの恰好の黄瀬くん、素敵でしたよ」
「……………………卑怯なのはどっちだよ」
「え?」
「な、なんでもないっス!じゃあオレクラス戻るね…また後でね黒子っち」
バタバタと慌ただしく廊下を走っていく黄瀬の後ろ姿を見つめながら、黒子はまた不思議そうに首を傾げた。




クラスでの仕事が殆ど割り振られていない(別にのけ者にさられているわけではなく、当日の受付担当なので当日まで仕事がないだけだ)黒子は何時も通り青峰と自主練に励んでいた。キャプテンのゆかりはなんでも劇の主役に選ばれたらしく部活そのものに参加していなかったし、クラスメイトの最上は何故か衣装係りの係長に選ばれてしまったため、部活を早めに切り上げていなくなってしまった。それは男バスも同じのようで、クラスメイトから追い出された青峰以外に部活に参加している部員は少ない。必然的に最後の自主練に参加するのは二人だけとなる。なんだか久しぶりだなあ、と擽ったくなったのはどうやら黒子だけではなかったらしい、何時もよりも大分早い時間に青峰が休憩しようぜ、と声を掛けてきた。
あの夏から青峰と黒子の関係は何も変わっていない。ただ、青峰にとって一番大切な「友人」は黒子になったし、黒子にとって一番大切な「友人」は青峰になった。つまり、そういうことだ。
「そういえば、青峰くん」
「んー?」
黒子が差し出すペットボトルを受け取りながら青峰は大きな欠伸を一つ。
「今日黄瀬くんからストラップをいただきまして」
「………ストラップ?」
「はい。話を聞いてくれたお礼だと言って。律儀ですよね。普通しませんよこんなこと」
「あー…、そういやこの間黄瀬の奴長くゲーム借りたからって紫原にまいう棒詰め合わせ渡してたな」
「おやまあ」
「その反応なんか年寄りくさいぞ」
「減らず口叩くのは誰でしょうかね」
黒子が思い切り足を踏むと、予想外に痛かったのかうぎゃっ!と変な声をあげて青峰が飛び上がった。若干涙目になっている男をしてやったり顔で見れば、大きな掌で髪をぐちゃぐちゃにされてしまう。
先程とは反対に青峰くん!と今度は黒子が抗議の声をあげれば、これまたしてやったり顔と目があった。
「そういや黄瀬からストラップ貰ったって言ってたけど、どんなのなんだよ。もしかして薔薇?」
「そう、ですけど……なんで分かるんですか?」
「………いや?お前にもすぐわかるから大丈夫だって」
「……意味が分かりません」


◇◆◇


――文化祭当日。
黒子は指定された浴衣を身に纏いながら(最上が着付けてくれた)教室の入口前にある受付に座っていた。先程まで一緒にいたクラスメイトの一人はなんだかんだ理由をつけていなくなってしまった。まあ、ただ座って人数をカウントするだけなので逃げ出したくなるのもわかるのだがそれにしたって、と溜息をつきながらまた一人簾をくぐっていった生徒をカウントする。
ちらりと教室内を覗くと沢山の女子に囲まれた黄色が見えた。衣装係が頑張ったというだけあって、その衣装はとてもよく似合っている。女子たちが騒ぐのも仕方がないことなのだろう。
こういうときばかりは自分の性格が嫌になる。皆と同じように近くに行けばいいのに、羞恥心が勝って行くことすらできない。本当は、自分だってちゃんと目を見て素敵ですよ、って言いたい。
黒子がそんな悶々とした気持ちを抱えながら、それでも無表情に淡々と人数をカウントしていると、入口のすぐ近くでスターロードのジンクス知ってる?と可愛らしい声が聞こえた。思わずそちらに視線を向けると長い黒髪が見えた。ああ確か彼女は隣のクラスの子だ。顔立ちがとても綺麗で密かにファンクラブもあると言われている。そんな子に告白されて断る男子などいるのだろうかと思う一方で、彼女でもジンクスを気にするのだなと少し驚いてしまう。
「知ってるよー。それがどうかしたの?」
「スターロードって今日だけじゃない?だからわたし、今日頑張ろうと思って!」
「アンタまさか…!」
「うん、黄瀬くんに告白する!」
びくん、と大袈裟に体が震えた。聞こえてきた名前に動揺したのだといくら鈍い自分でもわかる。黄瀬くんに、告白、する?誰が?あの子、が。
あんなに可愛らしい子に告白されたらきっと黄瀬は了承するのだろうな、と思ったらなんだが気持ちが落ち込んできた。見目好い黄瀬の隣にあの子が並んだらさぞかし映えるのだろう。
「テツナ、ちょっといい?」
「!!!最上さん!」
「何驚いてるの」
思考を呼び戻したのは最上の声だった。衣装係という役目を終えた彼女は今日特にすることはないのだという。後ろから上がる黄色い声にげんなりとした顔をしながら、黄瀬に渡してって頼まれた、と小さく折り畳まれた紙を差し出した。
「黄瀬くんから?」
「『本当は直接言いたかったけどひとがいっぱいでちょっとそっち行けそうにないから…黒子っちと今日まだ一言も話せてないんスよ!』と着替えを手伝っている時に言われた。鬱陶しいことこの上ない」
「あまり似ていないので真似はやめた方がいいと思います」
「わざわざ届けにきた友人に向かってそれか!」
「……冗談ですよ、ありがとうございます」
渡された小さく折り畳まれた紙が乾いた音をたてて黒子の手におさまる。一体何が書かれているのか気になるところではあるが、最上の前で見るわけにもいかずにそっとポケットにしまった。また後ろから黄色い声が上がる。
「相変わらず凄い人気だな」
「……かっこいいですからね、彼は」
「おや、珍しい。テツナがそんなことを言うなんて」
「……からかわないでください」
「からかってないよ。ただ、そんな顔をして言うものじゃないとも思う」
「そんな顔って?」
「分からないならいいよ」
そう言って最上は苦笑した。当の黒子は一体自分がどんな顔をしているか不思議で仕方がない。
「……誰にも取られたくなかったら、誰より先に自分のものにしなくてはいけないよ、テツナ」
「……………」
「わかってるくせに」
最上の言うことはいつも大抵正しい。今だって正しいことを言っている。そんなの、黒子にだってちゃんと分かっている。ただ、そんなに簡単に出来るわけがないと思うのだ。
黒子は黄瀬が好きだ。きらきらとひかる笑顔も、声も、眼差しも、指先も。全てが宝物みたいに美しく黒子の瞳には映る。――黄瀬がいるだけで世界はこんなにも鮮やかだ。
でも、だからといって自分のものに出来るとは思っていない。そもそも黒子は自分が黄瀬とどうにかなりたいなんてこれっぽっちも思っていないのだ。近くにいて、声を聞けて。それだけでも割としあわせなのである。青峰あたりは怒るかもしれないけれど。
それに、自分なんかが、黄瀬の隣に並べるなんてそんな大層なこと、考えることすら、烏滸がましい。
黙ってしまった黒子に対して特に声を掛けるでもなく、じゃあ渡したからね、とだけ言って最上は廊下を歩いて行ってしまった。きっとバスケ部の出し物を手伝いに行くんだろう。
そんな最上の後ろ姿を見ながら、黒子はゆっくり手渡された手紙を開いた。







――午後六時、中庭。
スターロードの光は去年と変わらずに美しい。幻想的な光が淡く中庭を照らし出している。
ちょうど校庭でキャンプファイヤーを行っている時間帯だからか、中庭にはひとの影が見えなかった。いるのは黒子だけである。
手紙には『六時に中庭で待ってて』とだけ見慣れた文字で書かれていた。中庭と言えばスターロードだ。まさか、と思わなかったといったら嘘になる。もしかして、とも。違う、違うそんなわけないと必死に暴れだす心臓を押さえ付けながら黄瀬を待つ。
遠くで誰かのはしゃいだ叫び声が聞こえた。
「――黒子っち!」
「え、あ、黄瀬く、ん」
「ごめんね、衣装着替えるのに手間取って遅くなっちゃった」
「……いえ」
きらびやかな衣装から普段通りの制服に着替えただけなのに、何時にも増して黄瀬の姿は鮮やかだった。きらきらとひかって眩しい。直視できないのを黒子はスターロードのせいにする。
「スターロード、綺麗っスね」
「え、あ、はい、そうです、ね……」
「黒子っちは、」
「……はい」
「スターロードのジンクス、知ってる?」
そう言う黄瀬の顔すら黒子はまともに見れない。脳裏に過ぎるのはあの子の台詞だ。
『わたし、黄瀬くんに告白する!』
もしかして、黄瀬はもうあの子に告白されたのだろうか。それを黒子に伝えに?いや、まさかそんなことわざわざする必要もない。だったら、何故黄瀬は呼び出してきたのだろう。なんでスターロードのジンクスなんか。
黙ったままの黒子を見て黄瀬が困ったように笑ったけれど、視線を外している黒子には分からない。
「オレね、今日初めて知ったんス。そんなジンクスがあるんだって。でも分かる気がするっス。だってこんなにもスターロードは綺麗だし」
「…………ボクも、そう思います」
「なあんだ、黒子っちはあのジンクス知ってたんスね」
「……黄瀬くん、きみは…」
「ん?」
「いえ、なんでも」
言いたいことは、沢山あった。山ほど、沢山。けれどもそれを言葉にすることは出来なかった。
黒子は臆病だ。傷付くのが怖い。痛いのは、嫌だ。最上の言葉は正しいのだと分かっている。奪われたくないなら、隣にいたいのなら言わなければならない。そんなこと分かっている!
「……じゃあ、こんなジンクスは知ってる?」
「………?」
「男バスの部員にだけに伝わってるジンクスなんスけど。好きな子にその年の文化祭の花モチーフの物をあげて、文化祭の日にスターロードで告白すれば、その先二人はずっと一緒にいられる、ってやつ」
「花モチーフ……?」
「……ねえ、黒子っち、今年の文化祭の花はなんだったか、知ってる?」
「…薔薇……」
黄瀬の顔は穏やかだった。伸ばされた手が頬を滑り髪を擽る。この掌の温度を自分は知っているような気がした。
「オレが黒子っちにあげたストラップの花、覚えてるっスか?」
「……覚えています、けど、それは話を聞いてくれたお礼だって…」
「うん、半分はそうなんスけど、半分は嘘。このジンクスを先輩から聞いたから、買ってみた。男なんて下心ばっかりだよ」
「でも、そんなはず…」
触れ合っているところが、しびれるようだ。どうしたらいいか分からない黒子は黄瀬の顔から視線が逸らせない。
「最初は本の話が出来るただのクラスメイトだった。でも、一緒に練習するようになって話すようになって、黒子っちは他の子と全然違うんだなって思ったらダメだった。黒子っちじゃなきゃダメだって、思ったんス。黒子っちは他のひとみたいにオレの話を茶化したり馬鹿にしたりしないでしょ?何時だって真面目に聞いてくれた…そんなこと、って思うかもしれないけど、オレはそれがすごい嬉しかったんだ。この子はちゃんとオレを見てくれる子なんだって」
――黄瀬が、好きだ、と思った。このひとを失うと考えただけで、体が強く軋むほどに好きだと黒子は思った。失いたくないと体が悲鳴をあげるほどに、好きだ、と。
「隣に黒子っちがいてくれるなら、オレには多分いくらでも優しくなれるし、ベタだけど強くなれると思うんだ。……すきだよ、黒子っち。オレとずうっと一緒にいてくれる?」
ぼろり、と頬を何かが滑った。それが涙だと気付くまでにそう時間は掛からない。頬を撫でていた掌がびくりと震えて、恐る恐る涙を掬う。
な、泣くほど嫌なんスか?今にも泣きそうな声に、笑ってしまう。知ってますか?人間って、嬉しくても泣くんですよ。
「え、嬉しくって、それじゃあ…」
「今日、スターロードできみに告白するって言っていた方がいて、正直死ぬほど嫌だなって思いました。きみが誰かのものになってしまうのが、すごく嫌、でした。ボクから言えなくてごめんなさい、こんなボクを好きだと言ってくれて、ありがとう。ボクも、きみが、黄瀬くんが、好きです。こちらこそ、ずっと一緒に、いてください」




正直、その後のことを黒子は覚えていない。あまりの出来事に頭がキャパオーバーを起こしたらしい。ただスターロードの輝きと、黒子が一等好きなきらきらひかる黄瀬の笑顔と、夢ではないかと思わず頬を抓った指先を笑いながらどけて、体を包み込んだ腕の温かさだけは、よく、覚えている。





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