むらあか | ナノ


※紫原♀の名前→敦子


同級生の男子より頭一つ分飛び出る身長を持つ少女は眠たげな瞳を空に向けながらガリゴリと口に銜えたどぎつい色の飴をかみ砕いた。最近駅の近くに出来た輸入品ばかりを扱う店の新商品。青、緑、紫、黄、赤といった並べるだけで大半のひとは眉を顰めるだろう色合いの飴を喜々として買い込んだ少女は、毎日一つずつその飴をかみ砕く。この学校で一番空に近い場所で。
ちらりと腕に嵌めた時計を見る。あの光景を見掛けてから三十分、そろそろ彼女がここへやって来る時間だろう。そんなことを思いながら少女――紫原は自分の隣にあらかじめ持ってきておいたハンカチを引いた。彼女は潔癖症の気がある。彼女が直接そうだと言ったことはなかったが、日頃の行動を思い起こしてみればあながち間違いでもないのだろう。ガリゴリと飴を砕く。
昼休みが終わったこの時間は、世界中のひとが呼吸を止めてしまったかのように静かだった。当然だ、今は授業中である。不良少女だ、と大して本気で思ってもいないことを考えながら目を閉じた。
「……敦子」
聞こえてきた声に紫原がゆるゆると瞼を押し上げると、夕焼けよりもよほど濃い赤が視界に飛び込んできた。心なしか何時もより覇気がないのは先程の光景のせいだろうか。おはよーと間延びした声を掛ければ、呆れたようにけれども他の誰に見せる表情よりも柔らかく微笑んでおはよう、と言う彼女の手は少しだけ冷たい。夏には重宝する体温である。冬はあれだけれど。
「よくこんな暑い中で眠れるな」
「ここ日陰だしー」
「そういう問題じゃないよ」
「うん?そう?」
「そうだよ」
鮮やかな赤を纏った少女は小さく溜息をついて、紫原が引いたハンカチの上に座った。そのまま紫原の肩にぽすりともたれ掛かれる。吹き抜けた生温い風が赤を揺らしていった。
「赤ちん、お疲れさま」
「ん…見ていたのか」
「見たくて見たわけじゃないよ、たまたま見ちゃっただけ」
「そうか」
「うん、頑張ったね」
「……男は嫌いだ」
紫原の肩口に顔を埋めている少女――赤司は駄々をこねる赤子のように嫌々と首を振る。赤司が身を震わせる度にスカートから伸びた雪のように白い太ももがあらわになった。
他人と一線どころか二線三線も引いているような赤司は極度の男嫌いだった。流石に存在を厭うようなことはなかったが、話すことすら嫌がるにも関わらず赤司は異性にとてもよくモテた。多い日は一週間に二三度呼び出されたりもする。嫌ならば行かなければいいのにと何時も思うのだが、根が真面目な赤司にその選択肢はないようだった。
毎回分かりきっている呼び出しに応じ、分かりきっている言葉を聞き、神経を擦り減らして紫原の元へやってくる。紫原に出来るのは、そんな赤司の傍にいて抱きしめてやることくらいだ。
「赤ちん、飴舐める?」
「……いらない」
「美味しいよ」
「……ぶどう味がいい」
「あるよー」
肩口と言わず全身で抱き着くようにして紫原にしがみついている赤司の頭をぽんぽんと撫でながら、紫原はスカートのポケットの中から紫色の飴と赤色の飴を取り出した。そうして赤色の飴を銜えると、紫色の飴を赤司に向かって差し出す。どぎつい紫色のぶどう味の飴。
「……敦子以外みんないない世界に行けたらいいのに」
ぼそりと呟かれた言葉に紫原はこたえることなく、腕の中におさまった少女を抱きしめながらガリゴリと飴を砕いた。


//有海
∴迷子のアイラヴユー
(title:亡霊)
匿名さまリクエストの紫♀赤♀を書かせていただきました。ご期待には添えているでしょうか?リクエストありがとうございました。
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