青黒 | ナノ


黒子は季節の変わり目に弱い。日本にいたころはそうでもなかったが、アメリカに来てからはそれが目立つようになった。急な寒暖の差に体がついていかないのだろう。そのたびに体調を崩していて、まあ看病するのは嫌いではないからいいのだが、やはり大切なひとの苦しんでいる姿は見たくないものた。
暑い日が続いていたと思ったら急に涼しくなり始め、これは体調を崩すかな、とそれとなく注意をしていたら案の定は黒子は体調を崩した。真っ赤な顔をして苦しげに眉を寄せている黒子の、涼やかな水色にそっと触れると、苦しげな顔がふっと和らいで、ゆるゆると閉じられていた瞼が押し上げられた。現れたアイスブルーは何時もより蕩けていて、こんな時なのに少しどきりとする。
昨日よりは大分熱が引いたとはいってもまだまだ予断を許さない状況であることには変わりない。これ以上悪化させて苦しい思いをすることがないように、青峰は自分が出来る中の最善の手段を取っていた。昨日今日明日がオフで本当によかった、こんな状態の黒子を一人で家に残しておくなんて、とてもじゃないが出来ない。
「悪い、テツ。起こしちまったか?」
青峰の問いにふるふると頭を左右に振った黒子は、相変わらず髪を撫で続ける青峰の無骨で太い指先を自身の白く細い指先で触れた。そうしてそのまま頬にゆるく擦りつけるようにして、ほう、と小さく息を吐く。だいきくんのゆびは、つめたくてきもちーです。零された声は甘い。
「そりゃよかった。まあ、テツが熱ぃだけなんだけどな」
からかうように言うと、むくれるように頬を膨らませるこの女が心底愛しいと思う。一度離してしまった、この白い指先にまた触れられる日がくるだなんて、まるで夢みたいだ。そんなことを昔本人に告げたら、彼女は呆れたように困ったように仕方ないなあと笑いながら言ったのだ。じゃあこれからは夢かもしれないと思ったら、何度だってボクに聞いてください。いくらだって教えてあげます。きみの隣で、きみの手を握りながら、きみのためにいくらでも、これは夢なんかじゃないんだよって。――ボクはここにいます、大輝くん。
「テツ、起きられるか?林檎、剥いてきたから」
アメリカにきてから青峰は随分と料理がうまくなった。何時もは黒子がバランスを考えたご飯を作ってくれるが、今回のように黒子が体調を崩した時は自分で作らなければならない。それに何より、両親も特に親しい友人もまだいない、体調を崩した黒子のために料理を覚える必要があったのだ。黒子はボクのことなんてそこまで気にしなくてもいいんですよ、と笑うが青峰にとって彼女以上に気にしなければならない存在などこの世のどこにもない。だから今の青峰のレパートリーはどちらかと言えば病人向けのものの方が多い。特にこちらに遊びに来た赤司から直々に手ほどきを受けた卵粥は、我ながらプロ級なんじゃないかと思う。
剥いた、というよりはすりおろした林檎が乗ったスプーンを口元に運ぶと、ゆっくり起き上がった黒子が赤い顔で僅かに笑いながら口を開いた。うまいか、と自分でもびっくりするくらいの甘い声で訪ねると、はい、とてもとこれまた甘い声が返ってきた。
「……大輝くんは料理が上手になりましたね」
「どっかの誰かさんのおかげでな」
「……すみません」
「ばーか。謝んなよ。別にそういうつもりで言ったんじゃねぇし。それに、テツのために何か出来るっていうのはうれしい」
「……ボクを甘やかすのも上手になりました」
「かもな。なんだよ、嫌なのか」
「――いいえ。しあわせです」
「そりゃよかった」
黒子はゆっくりゆっくり青峰が用意したすりおろし林檎を食べ終えると(ちなみにすべて青峰が食べさせてやった)また横になる。先ほどと違うのは、触れているだけだった指先が今はしっかりと繋がれているところだろうか。
手を繋ぐと黒子の手の小ささがよくわかる。青峰の手は常人より一回りも二回りも大きいからというのもあるが。そんな小さな手に青峰は軽く唇を落とす。世界で一番好きな手だ。努力家の、優しく光に満ち溢れた柔らかい手。
「まだ熱いな。しんどいか」
「昨日よりは大分マシになりました」
「今日も一日大人しくしてろよ。無理して悪化したら意味ねぇし」
「はい。……あの、大輝くん」
「ん?」
「大輝くんは、今日……」
「?……ああ。大丈夫だって、ずっと傍にいてやっから」
青峰の返答を聞いて、黒子は驚いたように何度か目をぱちくりとさせた。どうして聞いてもいないのに自分が言いたいことが分かったのか、とでも言いたげな表情である。
分かる、それくらい。青峰は黒子には聞こえないように胸の奥で答えた。
感情を表にほとんど出さないと言われている黒子だが、長く一緒にいれば自然に分かるようになるもなだ。今、何が言いたかったのか。嬉しいのか楽しいのか、或は苦しいのか辛いのか。黒子の感情なら何一つ残さず掬いあげられる自信が青峰にはある。それが、隣にいるということだ。
言葉を聞いて感情を推し量ることは誰にだって出来る。それこそ青峰でなくても、黄瀬でも赤司でも紫原でも緑間でも火神でもいいのだ。その誰にでもできるのではなくて、誰にも出来ない、自分しか黒子にしてやれないことが欲しかった。青峰だから出来ること。青峰でなければ出来ないこと。黒子は多分、青峰がこんな感情を抱えて生きているなんてきっと知らない。でもそれでいいと思う。こんな感情、黒子は一生知らなくていい。
「大輝くん、何かお話してください」
「はあ?」
「退屈です」
「退屈っておまえ…熱出てんだからさっさと寝ろよ」
「だって折角大輝くんが傍にいるのに寝てしまうのは勿体ないです」
「勿体ないっておまえな…」
「ね、少しだけならいいでしょう?」
「……なら、俺がどれだけテツを好きか話そうか」
そう告げたときの黒子の表情といったら!真っ赤な顔を更に真っ赤にして、口をぽかんと開いてなかなかな間抜け面だった。まあ、そんなところも可愛いのだけど。
青峰の言葉の意味を時間をかけて咀嚼したらしい黒子は、真っ赤になりながら小さな声でそれはやですとだけ言う。
「なんでだよ」
「ボク、熱があってぼんやりしているので……そういうことは元気になってから聞きたいです。きみが、ボクにくれる言葉はすべてちゃあんと覚えておきたいから。だから、すごく嬉しいですけど、それはまた今度にしましょう」
「仕方ねぇなあ」
結局、青峰は黒子の我が儘に弱いのだ。滅多に我が儘を口にしない黒子の小さな小さな我が儘。いくらだって叶えてやりたい、自分に出来るなら何だって。
予想外に恥ずかしかったのか、視線をうろうろとさ迷わせている黒子の額に、繋がれていない方の手で触れた。苦しみも辛さもすべて吸い取れればいいのにと願いながら。
「いいぜ、どんなはなしがいい?」
おまえが望むならいくらだって。
言葉にしないまま繋いだ手に力をこめる。繋がれた手の先でしあわせそうに黒子が蕩けるような笑みを見せた。






//有海
∴ささやかな幸いが永遠続きますように
(title:白々)
なつさまの「黒子♀の風邪ネタ」というシチュエーションで書かせていただきました。ご期待には沿えているでしょうか?リクエストありがとうございました。
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