紫赤 | ナノ


赤ちんの犬歯は尖っている。それはもう鋭く。いつもそれで怪我をしないのだろうか、と思うのだが、彼はそんなそぶりを全く見せないので怪我などしたことがないのだろう。
そして俺は赤ちんの、その鋭く尖った犬歯に触れるのが好きだった。最早一種の癖なのかもしれない。赤ちんの鋭く尖った、真っ白な歯は見ているだけでぞくぞくする。身も蓋も無い言い方をすれば興奮するのだ。あの歯で噛まれたらさぞかしい痛いだろうな、と思うがそれは甘美な想像だった。
赤ちんの牙が俺の肌に噛み付いて深く痕をの残す。一生消えないくらいに深く澱んだ痕。首輪にも似た刻印は俺の心を甘やかして雁字搦めにするのだ。
なんて、バスケを愛する赤ちんがそんなことをしてくれる筈がないのだけど。プレイに支障が出たらどうするんだと言って。俺は赤ちんよりも(こういうと怒るから言わない)全然大きいし、噛まれたところで大したことはないのだけれど、一生赤ちんに対して絶対服従を誓っている身としてはそんなことを言われてしまえば反論が出来ない。するつもりも最初からないのだけど。
茹だるような暑さの中、俺の膝の上に座って漢字ばかりの本を読んでいる赤ちんに視線を落とした。こんなに暑いのに汗一つ書いていない白い項は生クリームみたいに甘そうで舐めてみたいな、と思ったけれど、読書中の赤ちんを邪魔すると暫く口を聞いてもらえなくなるので我慢する。代わりに鮮やかな赤色に頬をぺたりと付けてみた。ぬるい。
「……敦」
「なあにー」
「邪魔なんだけど」
「赤ちんが構ってくれないから」
我が儘を言うつもりはなかったのに、赤ちんが口を開くのが嬉しくて思わずそう言ってしまう。溜息と共にぱたりと音がして漢字の列が見えなくなった。最近知ったことだけど、赤ちんは俺の我が儘に弱い。
二色の異なる色の瞳が俺を捉えた。口を開くと見え隠れする鋭い犬歯にぞくぞくする。噛まれたい。
「……なんだ、敦」
「赤ちんあーんってして」
「は?」
「あー」
大きな掌で頬を包んでぐいっと首を上に向かせると、赤ちんは観念したように渋々口を開いた。またか、と思っているんだろう。まただよ、と俺は大して反省せずに形のよい牙に指を這わせる。撫でたり擦ったり引っ掻いてみたりする。楽しい。ぞくぞくする。噛まれたい、赤ちん噛んでくれないかな、俺の指を噛みちぎるくらいに。
最初は大人しくされるがままになっていた赤ちんが、暫くして飽きたのか強引に俺の指を口から叩き落とした。地味に痛い。
「首が痛いし口が渇く」
「あらら、赤ちん大丈夫?」
「十割敦のせいだから。お前は本当に好きだな。歯を触るのが」
「赤ちんの歯を触るのが、だよ」
「……そうか」
思案気な顔をしていた赤ちんが何を思ったか、一旦は叩き落とした俺の、左手の薬指をもう一度取って、かぷり、と加えた。指にあたる感触から、丁度犬歯の真下にあることが分かる。思わず動揺して、どうしたのー?なんて上擦った声をあげれば、二色が至極楽しそうに目を細めた。
「左手の薬指は心臓に繋がっているという。このままお前の薬指を噛みちぎったら、敦、お前は死ぬのかな」
「……さあ、どうだろう。でも俺は、赤ちんになら何されたって嬉しいよ。噛んでくれるなら、もっと嬉しいしー」
「変態」
「かも。赤ちん限定で」
本音だった。そう零せば、赤ちんは嫌そうな口ぶりで、けれども全く嫌そうではない表情をした。赤ちんの柔らかな舌がべろりと指を舐めて、もう一度しっかり犬歯が薬指に当てられる。

噛んでよ、赤ちん、食べちゃっていいよ。俺の心臓、まるごとあげる。





//有海
∴その牙でわたしを屠って
企画サイト「彩愛」さまに提出させていただきました。テーマは「歯牙性愛」でした。本当に遅くなり大変申し訳ございません。素敵な企画をありがとうございました。
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