黄黒♀ | ナノ


帝光中バスケットボール部の合宿は夏休み中頃、中学が所有する山奥の宿舎併設の体育館で行われる。体育館は全部で三つあり、それぞれ一軍用、二軍用、三軍用と分けられていた。まるで夢のような話であるが、私立かつマンモス校であるが故になせる技である。
合宿所は山奥にあるため当然電車は通っていない。つまり必然的にバスをチャーターして行くことになるのだが、黒子はそれが憂鬱で憂鬱で仕方がなかった。何を隠そう、黒子は酷く車酔いするタチなのだ。電車、飛行機、船はそうでもないのに、車になった途端に指一本を動かすのさえ億劫になるほど体調が悪くなる。最早これは病の一種なのではないか、とも思うのだが、市販の酔い止めを服用すれば少しは軽減されるので病院に行ったことはない。恐らく、これからもないだろう。
合宿当日、校門の前に止まっているバスを見上げて黒子は溜息をついた。バスも勿論一軍用、二軍用、三軍用と分かれており、絶対数が少ない一軍は男女兼用であった。つまり黄瀬と同じバスに乗るわけだったが、それが黒子の気分の落下に拍車をかけていた。好きなひとの前ではあまり醜態を晒したくない、というのは全国、いや世界の女子共通の思いだろう。
あの日以来黄瀬の家には行っていない。その代わり少しだけメールの量が増えた。それから今までは十通に一通くらいの割合で書かれていた青峰の話題(青峰は黄瀬の世界を変えた恩人なのだという話を黄瀬本人から聞いた)がぱたりと止んだ。理由を黒子は知らない。
青峰の間にはあの日以来微妙な空気が漂っている。けれど、それも気になる程のものではなかったので、黒子は敢えて気付かない振りをしていた。青峰も何もなかったかのように振る舞っている。夕暮れ、ぎゅうっと握り締められた際についたうっすらと赤い痕は今はもう消えてしまった。
ただひたすら憂鬱な気分を押し殺しながらバスの短い階段を登り、一番前の席に座った。まだ走り出してすらいないのに途端に襲い掛かってくる不快感に眉を寄せる。今回の薬は少し効き目が悪いらしい。失敗した。
後からバスに乗り込んでくる女バスの仲間たちが心配そうに黒子を見遣って、大丈夫かと問う。特に心配そうな顔をしているのは同じクラスの最上だった。
「大丈夫?もう、顔色が悪い」
「はい、大丈夫だと…思います…」
「後ろの席にいるから、何かあったら声掛けること。いいね?」
「……はい……」
ふわり、髪を撫でていった温度をぼんやりした頭の中で嬉しく思いながら、黒子はゆるゆると瞼を下ろした。眠ってしまえば少しは楽になるだろうか。
瞼を下ろして身動き一つしない黒子の横をどたどたといくつもの足音が通り過ぎて行く。男子の足音は女子のそれより重たく響くのを最近知った。
沢山の足音が通り過ぎていく中、不意に一人分が黒子の傍で止まった。大丈夫か。落とされた低い声は心地好く鼓膜を揺らす。
「大丈夫か、テツ。すげぇ顔色悪い」
「あおみ、ねくん」
「薬は?飲んだか」
去年も同じような出来事を体験した青峰は、黒子がすぐ車酔いをしてしまうことを知っている。
伸びてきた大きな浅黒い掌が、すり、と頬を撫でた。ぼんやりした頭では何をされたのかよく分からない。
「飲みました…でも、効き目悪いみたいで」
「水飲むか?」
「いえ、平気です…ありがとうございます」
「ん、あんまり無理すんな。後ろに座ってるから、何かあったら言えよ」
「はい…」
「おら、さっさと寝ちまえ。その方が楽だろ」
「は、い…」
頬を撫でる感覚が心地好くて、黒子はもう一度ゆるゆると瞼を下ろした。だから気付かなかった。青峰がどんな顔をしていたか。青峰より少し遅れてバスに乗り込んできた黄瀬が、どんな顔をしていたか。
二人の表情をしっかり見ることの出来た、黒子の後ろに座っていた最上だけが酷く居心地が悪そうな顔をした。


◇◆◇


どれくらい時間が経っただろうか、誰かが近くで立ち止まったような気がして、黒子の意識はふわりと闇の底から浮かび上がった。けれども、まだ覚醒するには至らない。意識がふわふわとする。
と、その誰かの大きな掌が優しく髪を撫でる気配がした。誰の手だろう。随分と優しく触れてくるのだな、と黒子は思って、思わず小さく笑ってしまう。
髪を撫でる掌が息を詰めて、動きを止めた。それが何だか淋しくて、気力をかき集めて瞼を押し上げる。広がる黄色がきらきらと眩しくて、まるで世界中の光を集めて形にしたみたいだった。
「黒子っち、だ、大丈夫…?気持ち悪い?」
ぼんやりした頭ではそこに誰がいるのかも、一体誰が声を掛けてくれているのかも、分からなかった。ただ、とても、しあわせだなあ、とは、思ったけれど。
「………すこ、し」
「今丁度パーキングエリアに止まってて…みんな休憩に降りちゃったっス。1時間くらいご飯休憩だって。黒子っち、降りれる?」
「……………」
「無理そうっスね…。オレ、水買ってきたから、それだけでも飲んで?ちょっとは気分良くなる筈だから…」
「……………」
「飲める…?」
確かに声は聞こえるのに、その声が明確な形になることはないまま、黒子の耳を通り過ぎていく。ただ、「水」という単語は聞き取れたので僅かに震える指先を伸ばして、よく冷えたペットボトルを受け取った。指先の震えのせいでうまくペットボトルを掴めない黒子を見兼ねたのか、先程まで髪を撫でていたであろう誰かの大きな手がそうっと硝子細工に触れるかのような手つきで指先に触れた。そのまま口許にペットボトルを運ぶのを手伝ってくれる。喉を滑り落ちていった冷たさは仄かに甘い。
ぶるり、と体が一度大きく振るえた。長時間同じ体勢で動かずにいたせいか、体が冷えてしまったようだった。
「黒子っち?寒い?冷えちゃったかな…ちょっと冷房が効きすぎっスよね」
「………さむ、い」
「だ、大丈夫?えーっと、そうだ、これ!オレのジャージ、良かったら使って」
「………?」
「上から羽織れば少しはマシっしょ。本当はタオルケットとかあればいいんスけど…オレのでごめん、ちょっとだけ我慢して?」
ばさりと体の上に何かが掛かった。あたたかい。体の震えが止まったような気がして、黒子は何かに顔を寄せた。鼻孔を擽るラムライトの香りは、常日頃から好ましいと思っている香りだ。この香りの主を黒子は一人だけ、知っている。いまだ握り締められたままの指先を今度はこちらから握りなおす。
夢だ、と思った。随分と自分に都合の良い夢ばかり見る。酷い車酔いのせいで満足に指先一つ動かせない自分を、黄瀬が介抱してくれるなんて。――本当に自分にばかり都合のいい夢。
「……きせくん、」
「うん、なあに、黒子っち」
名前を呼んだら応えてくれた。しあわせだなあ、と思って、そこで黒子の意識は途絶える。最後まで今までの出来事が夢だと思い込んだまま。
「え?ちょ、黒子っち…?マジで寝ちゃったんスか…?」
「……………」
「……うそぉ」



「……!!!」
「どったん最上、何を固まっ……て……」
「なんで黄瀬がテツナの隣の席で寝てるんだ…」
「ご丁寧に手まで握っちゃってまあ…」
「黄瀬が全然帰ってこないって緑間が言ってたが、なるほどこういう…」
「うーん、でもま、テツナがしあわせそうだからいいんじゃん?ウチらがバス降りる時は本当に顔面蒼白だったし」
「それは、まあ…。これ、青峰が見付けたら大変なことになりそうだな」
「あら、最上も気付いてた?だよねぇ。最初に気付いたのがウチらで良かったよホント…。青峰に見つかる前に起こした方がいいね。男バスが戻るまであと…十分くらいか」
「って、どこ行くんだゆかり!」
「最上、同じクラスっしょ?起こしといてー。わたしちょっと牛タン串買ってくるから」
「さっき昼食を取っただろ!」
「大声出すと起きるよ?」
「…………っ」
「じゃあ後よろしくー」
「……はぁ」


◇◆◇


黒子が目を覚ますと丁度バスが目的地に到着したところだった。ずっと寝てきたからか、体がバキバキと嫌な音を立てる。胸に巣くう気持ち悪さは消えていて、少し驚いてしまう。なんだかとてもしあわせな夢を見ていた気がする。夢の内容は全く思い出せなかったけれど。
誰かが掛けてくれたのだろうタオルケットを丁寧に折り畳んでいると、後ろから気分は?と声が掛かる。振り返るとやけに疲れた顔をした最上が視界に入った。
「今はすっかり平気です、ありがとうございます…最上さん、どうしてそんなに疲れた顔をしてるんですか?」
「八割くらいお前たちのせいだよ…」
「え?」
「いや、なんでも…。テツナの体調が回復して良かっ…」
「く、黒子っち!体調はもういいんスか!?」
「……黄瀬くん」
最上の台詞を途中で遮って割り込んできたのは他でもない黄瀬だった。何だか慌てているような、照れているような、そんな顔をしている。
寝癖とか付いてないですよね、思わず頭に手を当てながら黒子は小さく笑って頷いた。好きなひとが自分の心配をしてくれるのは、案外心地好いものだ。
台詞を遮られた最上がげんなりとした顔をする。
「はい、お蔭様で。もうすっかり良くなりました」
「そっか…よかった」
「いつもはこんなにすっきりしないのですが…夢のお蔭でしょうか」
「夢?」
「はい。寝ている間中、とてもしあわせな夢を見ていたような気がします。誰かがずっと手を握ってくれたみたいな」
「…………っ」
「?黄瀬くん?どうかしましたか?顔が赤いです」
「い、いや…なんでも…。オ、オレ先に降りるっス…」
「あ、はい。お気をつけて…?」
口にしてから今の台詞は返答として正しかったのか気になったが、気にしても仕方ないことかと無理矢理納得して黒子はタオルケットを空席の方へ置いた。幾何か回復したらしい最上が黒子の分の荷物を持ってわたしたちも降りよう、と促してくれる。荷物を持ってくれているのは、黒子の体調を気遣ってのことのようで、その優しさが擽ったい。
バスを降りると目を焼くようような強い光と一面の青空が広がっていた。命を燃やし尽くさんと鳴き声をあげる蝉の声すら今は美しい音楽に聞こえる。ああ、夏がきたのだ。
「テツナ、荷物置いたら体育館に集合らしい。もう動けそうか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、最上さん。荷物、自分で持ちますよ」
これから三日間この場所で過ごすかと思うと何だかわくわくした。バスケが好きな仲間たちと好きなだけバスケをしながら楽しく過ごせるのだ。わくわく、という言葉以外にどうやって表せばいいだろう。
テツナ、行くよ。仲間の声に返事を返して黒子はもう一度青空を見上げた。

◇◆◇

一日目の練習を終えてぐったりした体を引きずりながら、黒子は仲間たちと共に自分たち用に割り当てられた部屋に向かっていた。黒子は最上と同じ部屋である。
本当は何時もならこの後青峰たちと自主練を行うのだが、流石に車酔いでの疲労が蓄積されていたのだろう、その元気は湧いてこなかった。青峰も承知しているのか何も言ってこない。
女子の部屋は男子の部屋の先にある。つまり部屋にいくには男子の部屋の前を通らなければならない。意外と距離があるので本音を言うなら位置を逆にしてほしいのだが、現実は往々にして残酷なものである。そういえば後で青峰くんがトランプでもしようと言っていたなあ、と思いながら男子の部屋の前を歩いていた時だった。
「……?!………!」
微かに聞き慣れた声が気がして黒子は思わず足を止めた。きょろきょろと辺りを見回してみる。と、廊下の奥の方にこれまた見慣れた黄色が見えた。手を耳元にやっているので、電話でもしているのだろうか。それにしてはなかなかに険悪な雰囲気なのだけれど。
「テツナ?どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもありません。今行きます」
一体どうしたのか気にはなるが、黒子にそれを聞く権利はないし、聞いたところで何が出来るとも思えない。そう判断して黒子は仲間の背を追う。本当に告げたい言葉はいつも胸の奥に巣くったままだ。
いつか彼の隣で、彼の何もかもを掬いあげるひとが現れるのだろうな、と思った。それは確信めいた予言だった。――その誰かが少し、羨ましかった。





夕食の時になっても黄瀬が食堂にやってくることはなかった。最初こそトイレだなんだと気にも留めていなかったチームメイトたちだったが、こうも戻ってこないとなると流石に心配になるらしい。更に言うなら、全体行動をしている以上一人だけ特別な行動は許されない。仮にも一軍のレギュラーがそんな行動をしては他の部員に示しがつかないのだから、当たり前といえば当たり前なのだけれど。
結局連帯責任、ということで男女一軍レギュラーが黄瀬の姿を探すことになった。早いところ探さなければただでさえそこまで長くない夕食の時間が更に短くなる上に、取り分も他の部員に奪われてしまう(一軍レギュラーが探しに行っている間、他の部員は普通に食事をすることが許された)。夕食を楽しみにしていた青峰なんかは今にもブチ切れそうな勢いである。どっからどう見ても顔が裏家業のひとだ。
「赤司ー、わたしたちは一階を見てくるよ」
「すまない、よろしく頼む。僕たちは2階から上を見てこよう」
「黄瀬のやつ、見付けたらぶっ飛ばす」
「あ、じゃあ峰ちんの次オレね〜」
「顔はやめてやるのだよ…」
心配しているのだかそうでないのかよくわからない台詞である。

キャプテンに指示された場所をきょろきょろと見回しつつ歩きながら、黒子は原因はもしかして先程彼に掛かってきていた電話なのだろうか、と思う。やけに険悪そうにしていたが、もしかして何かあったのだろうか。もし、そうだとして、あのときなにか声を掛けていればよかったのだろうか。そんなこと一生出来やしないのに。
黄瀬を探し始めて5分は経った。一向に黄瀬の姿は見つからず、黒子は頭を抱えたくなった。一体どこに消えたのだ。そろそろお腹も減ってきてしまった。
――と。
不意に近くの窓からガサッと何かが揺れる音がした。明らかに何かがいる気配がする。
窓の外は鬱蒼と木々が生い茂っている。隠れるには持って来いだなあ、と考えて……隠れるには持って来い?
黒子はそっと窓枠に手を掛けた。
「……こんなところで何やってんですか、黄瀬くん」
「………く、黒子っち?!」
「はい、黒子です。質問に答えてください」
「え、なんか黒子っち怒ってる?」
「お腹が減っているだけです。それに怒っているのは青峰くんです。顔がすごいことになっていました」
「すごいことって…」
「………ほら、戻りますよ。みんな待っているんですから」
特に深い意味はなく差し出した掌を黄瀬は暫く黙ったまま見つめて、それから少しだけ困ったように笑った。何を言ったらいいのかわからない、という顔である。
「……黒子っちは何も聞かないんスね」
「聞いて欲しいんですか?」
黄瀬は黙ったまま何も言わない。
「黄瀬くんが言いたくないなら無理には聞きません。黄瀬くんを不愉快にするのは本意ではありませんから。もしボクに話してもいいと思ったらその時は聞かせてください」
本当は。聞きたいことは沢山あった。けれども、そうやって黄瀬の心に土足で踏み込むことが黒子には出来なかった。心の不安を話すことは、心の一番やわっこい部分を無防備に晒すことにとてもよく、似ている。そんなこと、きっとただの部活の仲間になんか出来やしない。
だから、たとえ胸を突き刺す痛みがあるのだとしても。何度でも言わなければならない言葉があった。祈るように、願うように。
「…それに別に話すのはボクじゃなくったっていいんです。きみには青峰くんも紫原くんも赤司くんも緑間くんも、他の方もいるじゃないですか。何だかんだいって彼らはきみのことがとても大切なんです。だってそうじゃなきゃこうやって探してくれませんからね」
「………」
「みんな、心配していましたよ」
「黒子っちは」
「はい?」
「黒子っちは、心配してくれた?」
「黄瀬くん?ごめんなさい、うまく聞こえなくて…今、なんて」
「……ううん、何でもない。聞こえなかったんならいいんス」
そう言って黄瀬は柔らかく笑った。思わずこちらがはっとする笑顔だった。
「さっきね、マネージャーから電話があって。最近新しいマネージャーに変わったばかりなんスけど、そのマネージャーがバスケなんて遊びさっさとやめて帰ってこい、仕事をしろって言ってきたんス。前のマネージャーはオレの生活を大事にしてくれてたから、そーいうこと言われたことなくつ、だからちょっとびっくりしたっていうか。喧嘩、したっていうか」
一瞬、黒子は自分が何を言われているのか分からなかった。そうして、自分が黄瀬から相談されているのだと気付いて目をぱちぱちとさせた。聞いてもよかったのだろうか。しかしここで口を挟んではいけないだろう、ということだけは分かったので黙っていた。黙ったままでいると、黄瀬が差し出したまま宙ぶらりんになっていた黒子の手を握ってきたので、握り返してやる。触れた指先は微かに震えていた。
「オレはさ、確かにまだまだ全然ガキだし一人じゃ何も出来ないっスけど、バスケはオレなりに真剣だし、我ながら馬鹿みたいに夢中になってるって自信あるし、ああもう何言ってるか分からなくなってきたっス…!」
「……黄瀬くん、そのマネージャーさんとちゃんとお話したことありますか?さっきはちゃんと自分の気持ちを素直に言いましたか?」
「………売り言葉に買い言葉で正直何を言ったか…」
「言葉というのは、伝えるためにあります。口にしなければ伝わらない。黄瀬くんの気持ちも同じで、言わなければ伝わらないんです。確かにマネージャーさんの言ったことは酷いと思いますし、そんな風に言わなくていいじゃないかと憤りもしますが、でもそれに対して怒鳴り返すのではしていることが同じになってしまいますよ。伝えなくちゃ、どれだけ自分がバスケに本気で、バスケを楽しんでいるのかってこととか、辞めたくないってこととか。黄瀬くんはバスケ馬鹿ですが、愚かではありません。そうでしょう?」
「……黒子っち、」
「ボクは黄瀬くんの手、好きですよ。努力家の手です。その努力が分かってもらえないのは、嫌ですからね、マネージャーさんには何が何でも分かってもらいましょう」
差し出がましいことをしているのは分かっていた。ただ言わずにはいられなかったのだ。好きなひとだとかそんなことは関係なく、ただ純粋に黄瀬涼太の努力を否定されてしまうことが嫌だったから。
黄瀬の努力を黒子は知っている。努力する人間が偉いだとか敬うべきだとかそんなことを言うつもりは毛頭ないが、ただ、努力は尊いと思っている。そうして、黄瀬は努力を尊べるひとだ。きっかけは違うが、そんな黄瀬だから、好きになった。ひとの努力を笑わない、そんなひとだから。
黄瀬は暫く何も言わないで繋がれた掌を見ていた。
「………さあ、黄瀬くん。そろそろみんなのところに戻りましょう。ボクもお腹が空きました。あ、でもちゃんと事情は監督と赤司くんには話しておいた方がいいですよ。ちゃあんと、聞いてくれるはずだから」
今更だが段々と恥ずかしくなってきた黒子は何も言わない黄瀬の手をそうっと離す。何時までもこうしているわけにもいかない。何よりお腹が減ってきた。割と死活問題である。行きますよ、ちゃんと入口から入ってきてくださいね、声を掛けながら黄瀬に背を向ける。
「黒子っち、」
「はい?」
「ありがとう、そう言ってくれる黒子っちを―――」


黄瀬がバタバタと走っていく後ろ姿を黒子はきょとんとしながら見送る。最後の言葉はざあっと吹いた風のせいでよく聞き取れなかった。お礼を言われたことは分かるのだが。それにしても彼は何故あんなに真っ赤になっていたのだろうか。
いくつも疑問は浮かんでくるものの、何時までも立ち尽くしているわけにもいかず、黒子は頭を捻りながら取り敢えず仲間の元へと足を進める。


◇◆◇


夕食後、自動販売機の前で何か飲み物でも買おうとしている黒子の元へ青峰がやってきた。夕食の間中何故かずっと不機嫌そうだった彼は、黄瀬が謝り倒してもその態度を変えることはなく、寧ろ謝られるほど不機嫌になっていくようだった。一体何があったのだというのだろう?
「青峰くん、どうかしたんですか?」
「あのよ、テツ」
「はい」
「明日の自由時間、ちょっと俺に時間くれ。話したいことがあるんだ」
「今ではいけないんですか?」
「あー…まあ、そうだな。うん、明日で」
「?はい、分かりました」





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