黄黒 | ナノ


※水都あくあさんの『ミルククラウン』のパロディです。


首都圏の強豪校が集まって行う夏季合宿が開催された。選手の技術向上と交流を図るために企画されたそれは、黄瀬たちの代から試験的に導入されるらしい。他校に練習メニューを知られるのは好ましいものではないが、練習メニューに好きなだけ他校とのミニゲームを追加したり出来るのはなかなかに魅力的だったようで、海常を初めとする首都圏の強豪と呼ばれる高校は殆ど参加していた。となれば勿論彼女の高校も参加しているわけで。神奈川と東京、決して遠くはないが近くもない距離に隔てられ、プチ遠距離恋愛をしている黄瀬は大歓喜だった。すくなくとも、一週間の間はすぐ近くに彼女がいて、名前を呼べば応えてくれて、笑ってくれる。電話の声から表情を想像することもメールから声を想像することもしなくていい。なんと素晴らしいものであることか!
合同練習は初日から滞りなく、大きな問題も発生しないまま有意義に進んでいった(途中、桐皇の青峰が誠凜の火神に喧嘩を吹っ掛けて、何故かガチの桐皇対誠凜が勃発したのは敢えてカウントしていない)。
今日は練習の中日である。この日は丸一日練習が休みだ。いくら高校生といっても何日間も休みなく練習を続けていたら体がもたない。休みにも関わらずボールを持ち出しバスケをしにいった人間もいないわけではないが、大半の人間は自室や街に出掛けて(練習会場は山奥だった)みたりと思い思いの休日を過ごしている。黄瀬も後者の人間だ。折角近くに大切で大切で仕方がない子がいるのだ、出来れば彼女と一緒に過ごしたい。
(黒子っち、どこ行ったんだろ…)
きょろきょろと辺りを見回しながら彼女の行きそうな場所を探す。青峰や火神に誘われてコートにいるのかと思ってコートを見に行ったが姿はなく(案の定二人の姿はあった)、その他彼女が行きそうな場所を隈なく探しているのだが、なかなか見つからない。こんなときにまでミスディレクションを使用しなくてもいいのにな。それでもまあ、諦める気はないのだけど。今日は絶対二人で過ごす…!と密かな決意を固めながら、宿舎の裏手を歩いている時だった。
ガサリと、何かが倒れる音がした。
大きな音ではないが、無視をするには大きすぎる音にオレは足を止めて、音がした方を見た。目を凝らして見れば何か倒れているように見えなくもない。近付いて確認してみると、それはどうやら小さな地蔵だった。土台が朽ちて倒れてしまったらしい。そのままにしておくのは何となく罰当たりな気がして、黄瀬は地蔵をそうっと平坦な場所へ移し、ちゃんと立たせてやった。ついでに持っていた飴を供えてみる。飴なんて地蔵は食べるのだろうか、と思わないでもなかったが、こういうのは気持ちが大事なのだ。恐らく。
「黒子っちともっとラブラブになれますよーに!なんちゃって…」
ぱん、と手を合わせて祈りの真似事をしてみる。周りに誰もいないから出来ることだ。誰かいたら羞恥で死ぬ。誰もいなくても恥ずかしいものは恥ずかしいのだが。恥ずかしさをごまかすためにぶるぶると頭を降って、黄瀬は地蔵に背を向けた。こんなところで油を売っているわけにはいかないのだ。早くあの子を探さなければ。
そう思って足を踏み出した瞬間。
「そなたの願い、叶えてやろう」
「っぅえ!?」
誰!?悲鳴に近い声をあげながら後ろを振り向くと、そこには何故か【黄瀬涼太】が立っていて。
パニックを起こした黄瀬をぼふん、と不思議な音が包んだ。


◇◆◇


「きみ、迷子になっちゃったんですか?」
目の前に大切で大切で仕方がない子がいる。常に無表情な顔を少しだけ緩めて、オレの頭を撫でてくれている。その様子は非常に可愛い。そりゃあもうむちゃくちゃ可愛い。その思いを伝えようと口を開くが、出てきたのは、
「わふっ」
という鳴き声だった。「わふっ」じゃねーよ!なんだよこれどうなってるんスか!
あの後、よく分からない真っ白な煙に包まれたオレは気付いたら犬(多分ゴールデンレトリーバーの子犬)になっていた。意味が分からない。地蔵にちょっと黒子っちともっとラブラブになれますようにってお願いしただけなのにこの仕打ち。地蔵にそんなことを頼むな、ということなのか。リア充は爆発しろってことなのか!どちらにしろ早いところ元に戻らなければならない。でないと、
「見てください、黄瀬くん。ゴールデンレトリーバーの子犬ですよ。どこかの高校の子でしょうか、可愛いですね」
「うん。でもオレは黒子っちの方が可愛いと思うっス」
「……黄瀬くん?」
「本音だもん」
本音だもん、じゃねーよ!いや、合ってるけど!合ってるけどそれはお前が言っていい台詞じゃないんスよ!オレだけが黒子っちに言っていいの!つーか誰だよお前!
当然みたいな顔をして黒子っちの隣で笑顔を浮かべているのは、顔だけみれば間違いなくオレである。けれど、本物のオレは今犬――ゴールデンレトリーバーの子犬になっているわけなので、そいつはオレではない。喋り方も姿も声も何もかもオレだけど、オレではない。間違いなく。
この状況から考えるに恐らくさっきの地蔵がオレに化けているとしか考えられない。もう一体何がどうなっているのか。取り敢えず何でもいいから早く元に戻してくれ。
「……はぁ。そういえばお昼ご飯の準備が出来たから黄瀬くんを呼びにきたんでした。行きましょう」
「ん。今日のお昼は黒子っちが作ったんスか?」
「マネージャーみんなで、ですよ」
「いつか黒子っちにオレのためだけにご飯作ってもらいたいっス!」
「……黄瀬くん、何か変なものでも食べました?」
黒子っちの訝し気な顔がばっちり視界に入る。どんな顔をしても黒子っちは可愛いけれど、正直オレはそれどころではない。
何言っちゃってんのお前!?それはオレがいつか言おうと思ってた台詞なんスけど!必死にタイミングを考えてたのに何で言っちゃうんスか!ていうか黒子っちすごい怪訝そうだし!
ラブラブになるどころか真逆の方向に進んでいるとしか思えない状況にオレは頭を抱えたくなった。マジでどういうことなの。
黒子っちは暫く怪訝な顔をして地蔵を見ていたが、結局よく分からなかったのかそのまま食堂に向かって歩きはじめた。その後ろを地蔵が続く。心なしか歩き方がふわふわしている。オレといえば何としてでも地蔵を黒子っちから引きはがさねばならないと慌てて後を追い掛けた。気付いたらしい黒子っちがきみも一緒にきますか、と笑ってくれる。可愛かった。



「遅かったじゃねーか、テツ」
「すいません、お待たせしてしまいましたね」
「つか何だよそれ。犬?」
「はい、拾いました」
「なにこれデジャヴュ…」
案の定というかなんというか、テーブルには青峰っち、火神っち、緑間っちの姿があった。不自然に青峰っちと火神っちの間が空いているのはつまりそういうことなのだろう。
「えー!オレ黒子っちの隣がいいっス…」
「我が儘言うなよ黄瀬」
「えっこれ我が儘なんスか」
地蔵は黒子っちの隣がいいと駄々をこねていたが、黒子っちはそんな地蔵を華麗に無視してすとんと青峰っちと火神っちの間に収まる。オレはそんな黒子っちの腕の中だ。なかなか可愛いやつじゃねぇか、青峰っちの大きな手が乱暴に頭を撫でた。次から犬を撫でるときは優しく撫でようと心に決める。心なしか火神っちの様子がおかしかったのは何故だろう。
ふと見ると緑間っちがひどく疲れた顔をしていた。なんかすいません。
緑間っちの隣、つまり黒子っちの正面に座った地蔵は隙あらば黒子っちにちょっかいを掛けようと必死みたいだった。その度にオレが低く唸ってみたり手に噛み付こうとしてみたりして、奴の魔の手から黒子っちを守る。百歩譲って青峰っちや火神っち、緑間っちはともかく、なんで地蔵に触られなきゃいけないのか。ふざけんな。明確な殺意をもって睨みつけると、地蔵(顔はオレ)はにこやかに微笑んでみせる。少し優越感が混じっているのが非常に腹立たしい。
「黄瀬ェ、お前動物に好かれやすいって言ってなかったか」
「そういえばオレも聞いたことがあるのだよ」
「そうなのか?」
「いつもはそうなんスけどね。今回は違うみたい」
「黄瀬くんがちゃんとご飯を食べないからじゃないですか。ボクに構ってないでさっさとご飯食べてください」
心なしか黒子っちの声が刺々しい。多分、というか間違いなく怒っている。何時もなら黒子っちが怒るのを何としても回避したいオレだけど、今日ばかりはもっと怒ってくださいなんて思ってしまう。たとえそれでオレに対する好感度が下がってしまうとしても構わない。だって今黒子っちの目の前にいるのはオレじゃない。それならいくら黒子っちに好かれたって全く何にも意味がないのだ。
地蔵がへらりと笑って怒った顔も可愛いっス!とか何とか宣った。途端に隣に座る火神っちがげんなりとした顔で、黄瀬ってあんなにウザかったっけと呟く。いやいやいや奴はオレじゃないから!それだけは伝えたくて必死にぶんぶんと首を振るが、普通に考えて伝わらない。追い撃ちを掛けるように青峰っちと緑間っちが中学時代からああだよ、全く変わっていないのだよ、なんて言うものだからオレの心のHPは既に残り僅かだ。
当の黒子っちだけが何も言わないで地蔵を見ていた。




「やべぇポチ!テツがいなくなった!」
どうやら青峰っちの中でオレの名前はポチになったらしい。もっとマシなものはないのかと思ったけれど、伝える術がない。
「わんわんっ」
「あん?探すの手伝うって?」
「わふっ」
「よしポチ!テツの匂いを辿れ!見付けたらオレか火神んとこ来いよ」
昼食の後、黒子っちはオレを床に下ろすとマネージャーの仕事があるからと厨房に行ってしまった。大方後片付けやら何やらが残っているのだろう。
だからオレはそんな黒子っちがまた地蔵の魔の手に引っ掛からないように、ひたすら厨房の前で彼女が出てくるのを待っていたわけだが。
「きゃー!可愛い!きみどこの子ー?」
「頭撫でたいー!」
予想にもしなかった他校のマネージャーに取り囲まれて身動き一つ出来なくなってしまった。大人のゴールデンレトリーバーならいざしれず、今のオレは子犬だ。囲まれてしまえば逃げ出すのはほぼ不可能に近い。
やめて!オレ黒子っちのとこ行かなきゃ!
叫び声はマネージャーたちには届かず、しかも最悪なことにマネージャーたちはオレが喜んでいると解釈したらしい。ますます嬉しそうにオレの頭を撫でたりしてくる。
頼むから離してくださいっスー!
願いが届いたのは黒子っちが忽然と厨房から姿を消した後だった。勿論地蔵の姿もない。嫌な予感しかしない。それは青峰っちや火神っちも同じだったらしい。やけに青峰っちの顔が深刻そうだったのが少し気に食わなかった(本物のオレは黒子っちを傷付けるようなことしないっスよ!)が、今はそんなことを言っている場合ではない。
青峰っちに了承の意を伝えるために一度わんっと吠えると、オレは心当たりに向かって駆け出した。



「ねえ、黒子っち。オレ黒子っちのこと超好き」
「それはわかりましたからどいてくれませんか」
「やぁだ」
「ちょ、どこ触ってるんですか!怒りますよ!」
部屋の扉は当たり前というか腹立たしいことに鍵が掛かっていたので、外からわざわざ壁を攀じ登って部屋に侵入する。窓が開いていて本当に良かった。
けれども安堵したのも束の間、耳に飛び込んできたのは先ほどの台詞だった。嫌な予感ほどよく当たるというのはあながち迷信でもないらしい。
ここは黒子っちの部屋。黒子っちはベッドの上で横になっている。その小さな体を覆い隠すようにして跨がっている、オレ。
いや、正確にはオレじゃないんスけど!オレじゃないんスけど、そう説明するしかないっていうか!ああもう最悪だ早く黒子っちから離れろ!あわよくば消え去れ!
パニックになった頭でわんわん!と取り敢えず出鱈目に吠えまくる。鳴き声でオレがいることに気付いたらしい黒子っちが大きな目をぱちぱちとさせた。地蔵はこっちを向いていないから分からない。
「きみ、ボクの部屋に入ってきちゃったんですか?」
「黒子っちー、犬なんていいからオレを見てよ」
「ですから、ボクはさっきから何度もどいて欲しいと言っている筈ですが」
「それはやだ」
何度も黒子っちと地蔵の間に割り込もうと試みるものの、地蔵が何か力を使っているのかあと一歩のところで近付けない。そんなオレに反して徐々に近付いていく黒子っちと地蔵の距離。やめて!それ以上近付かないで!
するりと地蔵(でも姿形はオレ)の掌が黒子っちの頬をゆっくり撫でた。ああもう駄目だ。オレの黒子っちが…。
来る最悪の事態に備えてオレがぎゅうっと目を瞑った瞬間だった。
「きみ、誰ですか」
「……黒子っち、何言ってんの」
「きみは誰かと聞いたんです」
「オレは黒子っちの黄瀬涼太っスよ。そんなの決まってるじゃないっスか」
「……いいえ、きみはボクの黄瀬くんでは、ありません」
ぎゅうっと瞑った目を恐る恐る開くと、黒子っちが静かにそう告げたところだった。なんの感情も浮かんでいないその表情はひどくオレを安心させる。でも、そんなまさか。気付いたって、そんなこと。
「何言っちゃってんの黒子っち。黒子っち冗談言うの苦手っしょ?」
なんでそんなこと知ってんスか。
「はい、苦手です。だから冗談ではありません。きみは黄瀬くんじゃありません」
「よく見てよ。どっからどう見ても黄瀬涼太っしょ」
悔しいことにそうなのだ。黒子っちの上にいる地蔵はいくらオレじゃないといっても、姿形、声、仕種、全てオレと全く同じなのだ。相違点なんて見つからない。正直、黒子っちが奴をオレじゃないなんてわかるわけがないって思っている。
でも。
「馬鹿にしないでください。ボクは黄瀬くんの入れ物を好きになったんじゃない」
今彼女は、奴の目を見て、きっぱり、きみは黄瀬くんじゃないんだって、言ってくれた。
それがどれだけオレを嬉しくさせるか、黒子っちにはわかる?
「……ならば当ててみせよ。本物の黄瀬涼太がどこにいるか」
がらりと口調を変えた【オレ】にも全く動じることなく、黒子っちはきょろきょろと辺りを見回した。誰かを探しているみたいだった。誰を?そんなの、決まってる。

――黒子っち、ねぇ気付いて。見付けて。オレはここにいるよ。

声が、届いたんだろうか。水色の大きな瞳が、ゆっくり、オレを見付ける。
「……常日頃から犬に似てるって言われるからって、本当に犬にならなくてもいいじゃないですか」
ふわり体が浮く。黒子っちがオレを抱き上げたからだ。
間近で見る水色の瞳は雲一つない青空を連想させた。
「黄瀬くん、みーつけた」
そうして、黒子っちの唇がそうっとオレの頭に、触れた。


◇◆◇


「……ってことがあったんスよ」
青峰に殴られた(彼は黄瀬が黒子に手を出すかもしれないと思っていたらしい。あながち間違いでもなかったので何も言えなかった。火神は青峰があまりにも黄瀬の頭を強かに殴るので、不憫に思ったのか溜息をついただけだった。)頭を摩りながら黄瀬がことのあらましを黒子に伝えると、彼女は怒ったらいいのか笑ったらいいのかよくわからないという顔をしてから、目の前に静かに鎮座する地蔵を見つめた。部屋に置きっぱなしになっていた地蔵をここまで運んできたところだった。
地蔵を見つめながら、黒子はなんとなくポケットに入っていたクッキーを供えてみる。黄瀬が慌てて何も願っちゃダメっスよ!というので、ただ供えてみるだけだったが。
あの後、始まりと同じく唐突にぼふんと音を立てて黄瀬は犬から元の姿に戻った。思わず「一生このままだったらどうしようって思ったっスー!」と泣きながら目の前の黒子に抱き着けば、何時もなら過剰に反応する黒子が、優しく抱きしめかえして笑ったのだ。ばかですねぇ、ぼくがきみをみうしなうわけ、ないじゃないですか。ぼくをもういちどみつけてくれた、きみを。
その言葉にギリギリでもっていた涙腺が決壊するのがわかる。好きだよ、すき、大好き。涙声で譫言のように何回も呟けば、黒子は何時も以上に柔らかく甘い声で、ボクもですとこたえた。揺らぐ視界の向こうで【黄瀬涼太】の姿をした誰かが、「願い事、確かに叶えたぞ」と満足気に笑っていた。
「でもマジで良かったっス。元に戻って。一生犬のままだったらどうしようかと…」
「まあ黄瀬くんがずっと犬だったらボクが最後まで責任をもって飼ってあげますよ」
「え」
「ああでも、黄瀬くんが犬だったら、もう名前を呼んでもらうことも、手を繋ぐことも、好きだって言ってもらうこともないんですよね。それは嫌です」
「……黒子っち」
「はい?」
「すきです」
「はい、知ってます」
うあーと呻いて真っ赤になった顔を隠すように黄瀬が両手で顔を覆う。そんな黄瀬を見て黒子がそれはそれは楽しそうに笑った。


//有海
∴見つけてごらん、愛してごらん
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -