高黒 | ナノ


ざわざわと騒がしくひとの声が充満している道を歩く。部員を獲得しようと血走った目(は言い過ぎか)で勧誘を続けるガタイの良い男たち、別の手段に訴えかけているのかなかなか際どい格好をしている女たちの集団を、曖昧な笑顔を浮かべつつそれでもきっぱりと拒絶しながらオレは目当ての部活を探していた。何もかもを捕らえる瞳は確かに便利だったが、こういう時は流石にいらないかなとも思う。ひとが多すぎて疲れるんだよ畜生!
両手ですら数えきれない程の勧誘をくぐり抜けて、オレは漸く目的の場所を探り当てた。綺麗な黒髪の女だけがそこにいて、もしかしたら他の部員は勧誘か部活に精を出しているのかもしれない。まあ、誰がそこにいようとオレには関係がないしどうでもいいことである。こんにちは、わざと軽めに声を掛けると、女は一瞬ひどく驚いた顔をしてあなたもしかして、とだけ言った。
「バスケ部ってここであってます?」
「あ、あってる!超あってる!」
「そっすか。オレ、入部希望なんですけど、どうしたらいいんですかね?」
「じゃあ名前と学部を教えてもらっていいかな?!」
女は顔に嬉々とした表情を浮かべた。あれ、オレってもしかして有名人だったりすんのかな。どちらかと言えば相方の方が断絶有名人で、というか相方に勝とうとするのが色んな意味で不毛だったりするのだが、そんな相方も別の大学に進学してしまって今は傍にいない。もっかい高校生やりてーなあ、と頭の隅で考えながらオレは問いに対する答えを返した。




「経済学部一年、高尾和成っす。秀徳学園ではPGやってました。よろしくお願いしまーす」
途端に周囲がざわつくのがわかる。
秀徳ってあの秀徳だよな!?俺あいつ知ってる!緑間の相棒だった奴じゃねぇ?!緑間ってあのキセキの世代の?!まじかよ!うわ、今年すごいやつ入ってきたよ!
聞こえてんだけどな、全部。と僅かにげんなりしながら、けれど間違いは一つもなかったので黙っていた。自分のことで騒ぎ立てられるのは好きではないけれど、こんなところで余計な口を挟んで騒ぎを大きくするのも全くもって本意じゃない。
高校三年間はもしかしたら夢か幻なんじゃないかと錯覚してしまう程度のスピードで過ぎ去っていった。学業はともかく、これ以上ないくらい信頼できる仲間と心行くまで大好きなスポーツを楽しんだ。胸が躍るような試合を何度も経験し、絶対負けたくないと思える好敵手も現れた。夢だと、全て幻だと言われたら思わず納得してしまうかもしれないそれは、けれども夢ではないし、幻でもない。
楽しかったなあ、と心の内で反芻しながらこれからチームメイトになるであろう男たちを見渡す。中には試合で何度か見た顔があったりして、成る程強豪の一つと言われる程度には選手が揃っているようだった。高校のときのようにこれからも楽しくなれたらいいが、そんなことを思う。
そういえば気にしていなかったが、よく見てみると男子バスケ部なのに女子の数が多い。マネージャー志望だろうか?首を傾げていると、たまたま隣に立っていた先輩が、うちの部、顔がいい奴が多いから毎年マネージャー志望の女子がいっぱいくんだよね。まあ、みんなすぐ辞めて一人か二人しか残んないだけど、と溜息混じりに教えてくれた。
「うわー、それはちょっとあれっすね」
「まあね。俺らは真剣にバスケやってんのに遊び感覚でやられちゃたまんないわ」
秀徳にはマネージャーがいなかったから、【部にマネージャーがいる】という感覚がちょっとよく分からない。でも、もしマネージャーがいるならこういう子がいいな、と無い物ねだりにも似た感情はある。
文字通り最後のインターハイ、接戦を制して初優勝を飾ったとある高校。試合終了の合図が鳴った瞬間、コートに駆け寄っていった小さな後ろ姿。エースに抱き上げられ、二人で(マネージャーは泣いていた)大袈裟すぎるくらいに笑いあっていたその笑顔。あれくらい選手に寄り添って笑ったり泣いたりしてくれる子がマネージャーだったらなあ。そういえばあのマネージャーはどこに進学したのだろう。エースに付いて海外にでも行ったのだろうか。
そんな取り留めもないことを考えていた瞬間だった。
「文学部一年、黒子テツナです。誠凜学園男子バスケ部で三年間マネージャーをしていました。こちらでもマネージャーが出来たらと思っています。よろしくお願いします」
「っうええええええええええええええええ?!なんでお前ここいんの!?火神は?!」
「……なんで火神くんが出てくるんですか?ひとに向かって指を指さないで下さい不愉快です。あと、それを言うならこちらの台詞ですよ、高尾くん」
そこにいたのは、正に今オレが脳裏に浮かべたそのひと、黒子テツナだった。




「……で、何で高尾くんはボクの隣にいるんですか?他にも席空いてますけど」
「一緒に授業受ける友達がいないテッちゃんが見てられなくてさぁ」
「張っ倒しますよ」
衝撃的な出会いから早三ヶ月。気付けばマネージャーとして残っているのは黒子だけになっていた。高校時代から有り得ない程の練習メニューを熟してきたオレや黒子には当たり前のメニューも、出会いやその他諸々のために軽い気持ちで入部してきた他の女にとってはなかなかに厳しかったらしい。最後の一人が辞めたとき、黒子は大きな目をぱちくりとさせて「そんなに厳しいですかね?」と首を傾げていた。いや、お前を基準にしちゃ駄目だろ…と返してきょとんとした表情を向けられたのも記憶に新しい。黒子の基準はキセキの世代やら火神やらで構成されている。そんな奴らと一緒にされたら名誉ではあるが、一般人にはたまったものじゃない。
出会いから三ヶ月ということは、黒子と仲間になってから三ヶ月ということだ。仲間になってみて分かったことだけれど、黒子はひとが思うよりよく選手のことを見ている。人間観察が趣味と言っていたから当然なのかもしれなかったが、選手一人一人の癖や足りない部分を正確に把握しているのはお見事としか言いようがなかった。大学一年でここまで出来る奴なんてそうそういない、というかほいほいいられても困る。
黒子の指摘は的確だ。的確すぎて心が抉られることもないわけではなかったが、そこを認めて改善すれば飛躍的に力は伸びる。最初は渋っていた先輩たちも今では自ら進んで黒子の元を訪れるくらいだ。火神の相棒という名は伊達じゃない。
そんな黒子とオレが仲良く出来ているかと聞かれれば些か疑問が残ったりする。確かに高校からの知り合い、しかもオレの相方にいたっては中学からの知り合いということもあって部活では一番親しい自信があったし、その風変わりな性質故かなかなか友人が出来にくい体質である黒子を一人にさせないよう(高校時代にも言われたが、オレは一度テリトリーに入れた人間に対しては驚く程世話焼きらしい)それとなく世話を焼いてみたりしているから、仲が悪いわけではないのだろう、恐らく。けれども、だったら仲が良いのかと聞かれると返答に困る。多分、微妙なラインを引いているのはたまにチリリと胸を焼く、世間一般で言うところの『同族嫌悪』という感情のせいなのだろう。時折黒子に感じるどうしようもない苛立ちは、立ち位置や思考が自分自身とあまりに似過ぎているからなのかもしれない。
とはいっても、会話が常にさっきのような憎まれ口の応酬であったとしてもオレ自身別に不快に感じたことなど一度もないし(それどころか実はちょっと楽しんでいたりする)、張っ倒しますよと言いつつ黒子がオレに本当に手を上げたことは一度もなかった。まあそこそこはうまくやれているのだろう。――黒子の隣は呼吸がしやすい。
授業が始まる一分前になっても隣から動かないオレを見て、黒子は一度呆れたように溜息をついた後仕方ないなあという顔をした。これはすごい進歩である。最初は無表情で「なんでずっとこの席に座ってるんですか?」と聞かれたくらいなのだから。
筆記用具や教科書を机に並べ、いそいそと授業の準備を始めた黒子を横目で見つつ、オレはファイルから色々と書き込まれて黒くなった紙を一枚取り出した。もう一週間前から考えているそれをそろそろ実践に移してみたい。その紙が何なのか瞬時に理解した黒子がげんなりとした顔をした。高尾くん、これから授業ですよ。それはしまった方がいいと思います。
「なあなあテッちゃん、これはやっぱり後方を確認しつつパスを…」
「高尾くん、ボクのはなし聞いてます?」
「それともオレが突破口を開いた方がいいんかね」
「……はぁ」
聞いていないのではない。聞いていないふりをしているだけだ。そうすればほら、呆れた顔をしながらもはなしを聞いてくれるのだ。優しいんだか優しくないんだか分からない、というより真面目なんだか不真面目なんだか。黒子の白い指先がそっと紙をなぞる。
「ボクは高尾くんの目を生かして相手を引き付けつつ、パスを出すのがいいと思います」
「でもそれじゃ右サイドから来る奴に対応出来なくねぇ?」
「そこはキャプテンが右サイドにいるので…」
「あー、なるほどね。そうくるか。てことは、オレは左サイドを確認すりゃ良いってわけね」
「はい」
「いやー、何て言うかさすがテッちゃんだわ」
「言っている意味がわかりません」
「ん、わかんなくていーよ。じゃあさ、このパターンになったときはどうするよ。キャプテンはこっちにこれねぇよ?」
「そうですね…この場合は…」
元から教授の話を聞いていないオレはともかく、黒子ですらもう教授の話など聞いていなかった。一般教養の授業なので人は大勢いるし、二人は後ろの更に端に座っているものだからちょっとやそっとのことじゃ誰にも咎められない。
いやなら席を移動すればいいのだ、と紙を見つめながら考え込んでいる黒子を見て思う。オレに話し掛けられたくないなら、一番前の席にでもいけばいい。流石に一番前にまでいく気力はオレにはない。つーか寝る。それなのに黒子は一度だってそうはしないのだ。全く本当に、
「優しいんだか優しくないんだかわかんねぇわ」
「?高尾くん?」
「んにゃ。あー、早くこれ試してみてー!」
「今日の練習のとき、キャプテンに話してみましょうか」
「だなー」
黒子が少しだけ楽しそうに目を細める。
(……あ、笑った)
無表情で殆ど表情が変わらないと言われる黒子だが、実際問題そういうわけでもない。嬉しいことがあったり腹を立てたりすることがあればそれ相応の顔をする。ちゃんと笑う。ただ表情の動きが微々たるものだから誰も気付かないだけなのだ。見ていれば気付く。ちゃんと受け取れる。黒子はこちらに感情を投げてくれている。ならば受け取ることができないのはこちらの過失だ。
いつか、黒子のそんな感情を全てひとつ残らず掬いあげられる人間が現れるのだろうな、と思った。ひとつ残らず掬いあげて受け取って大切にしてくれる奴が。そういう奴が黒子の隣には似合うんだろう。そう思ったらなんだか頭が痛くなって、オレは理由もわからないまま髪を乱暴にかきあげる。隣の黒子が不思議そうな顔をした。





「緑間くん、お久しぶりです」
「黒子か。久しぶりだな」
今日は他大学との合同練習会だった。黒子の大学は緑間が通う大学と合同練習会を行うことが多い。今日はたまたま緑間の大学の他にも何校かきていたが。そういえば黄瀬の姿を見たかもしれない。
黒子の所属するチームは丁度他大チームとミニゲームを行っている最中だった。前半後半で攻守が入れ代わる。さっきまで守備に徹していた高尾たちが、待ってましたとばかりに攻めに転じた。キャプテンの鋭い指示が空気を切り裂く。
黒子は、この自分たちが攻めに転じる際に流れる一種の高揚感にも似た感覚が好きだった。ふわりと体が浮かんで、周囲の音が遠ざかる。自分はどう足掻いても同じ場所でプレイすることはできないのに、何故だか同じ場所に立っているような気さえ起こすそれは、一抹の恐怖を伴いながらも黒子が愛してやまない感覚だった。
「……あれがお前の新しいチームか」
「ええ。ボクの自慢のチームです」
隣の緑間がぽつりと零した言葉に、黒子は頷いて眩しそうに目を細めた。手に入らないものはいつだって眩しい。
同じ場所に立てないならせめて、同じ景色を共有したい。そう告げた黒子に当たり前だろと少し怒ったように言ったのは火神だった。お前には一番最初に一番綺麗な景色を見せてやる。約束するよ。
そんな話を何時だったか高尾にした時、高尾は一瞬呆けた顔をしてそれからゆっくり笑った。面白いなあ、と言っているようにも、勝てないなあと言っているようにも見えるその笑顔を浮かべた後、わしわしと黒子の頭を撫でながら言う。じゃあオレもテッちゃんに一番最初に一番綺麗な景色を見せてやんよ。約束な。はい、指出して。指切りしよーぜ。
「何を笑っているのだよ」
「いえ、少し嬉しいことを思い出したなと思いまして」
「笑うならそう宣言してからにしろ。いきなり笑い出されても驚くのだよ」
「宣言する方がおかしくありませんか」
緑間は黒子の問いに返答せず黙ったまま視線をミニゲームに移した。丁度高尾がパスを受け取ったところだった。
(………あ、)
高尾がドリブルで相手を突破しようと前を見る。相手も勿論高尾がドリブルをすると信じて疑わないのだろう、通さないと言わんばかりに道を塞いでくる。誰の目にも高尾がドリブルをするようにしか見えなかっただろう。隣にいる緑間にさえも。
――けれども。
高尾はドリブルをするかのように前のめりになった体で、一瞬も視線を前から動かすことなく右斜め前方にいるキャプテンにパスを出して見せた。ほぼフリーに近い状態だったキャプテンは、華麗にパスを受け取るとそのまま鮮やかなダンクを決める。ミニゲームを観戦していた周囲の人間からわあっと歓声が上がる。
それは高尾が案を出し、黒子が修正し、キャプテンを交えずっと二人で練習してきた連携技だった。今までこうした他大との練習試合がなかったため試すことの出来なかった。だから試合で成功するのはこれが初めてだ。思わずガッツポーズを決める。
当の高尾は後ろから駆けてきたキャプテンとハイタッチを交わした。そうして、そのまま駆けていくかと思われた高尾は何を考えたのかコートの真ん中で一度足を止めて、ゆっくり黒子のほうに視線を向ける。目が合う。きょとん、と黒子が見返すと、高尾は至極楽しそうな笑顔を見せて、ピースサインを向けてみせた。いぇい!という声が聞こえてきそうである。ああ、全くこのひとは。本当に仕方のないひと。
黒子を緑間がちらりと見て、驚いたように何度か目をぱちぱちとさせた。お前でもピースサインをするのだな。思わず零れた言葉は誰に拾われるでもなく体育館に消える。
「じゃあミニゲームは相手交代して!」
時間がきたのだろう、ミニゲームを終えた高尾たちがコートから戻ってくる。短い休憩を挟んだ後、今度はフォーメーション練習だ。
もとから緑間の元へやってくるつもりだったのだろう高尾は何時もの飄々とした表情に戻っていた。やっほ〜真ちゃん。久しぶりじゃん。
「久しぶりでもないのだよ。先週参考書を貸しただろう」
「あれ、そうだっけ」
「高尾くんは鳥頭だったんですか?」
「テッちゃん、後で覚えとけよ」
「嫌です」
本当に嫌そうな顔をしながら高尾にタオルとドリンクを渡して、黒子はチームメイトの元に向かった。タオルとドリンクを渡し、キャプテンにミニゲームの雑感を伝えるためだ。さっきの連携はうまくいった、けれどまだ粗がある。まだ、うまくなれる。その手伝いがしたい。キャプテンが黒子を見つけてふわりと笑う。
だから、黒子は気づかなかった。後ろでどんな会話が交わされていたかなんて。
「……驚いたのだよ。黒子がお前とあんな風に会話を交わすなんて」
「ん?別に普通じゃね?」
「黒子があんな風に話すのは青峰か黄瀬、火神の前くらいなのだよ」
「……へえ?」
「なんなのだその顔は」
「いーや?いい話を聞いたと思って」
「……?意味が分からん」
「真ちゃんに分かられたら困るわ」
「お前にそんなことを言われるとは不愉快なのだよ…」
「あっははは!悪かったって!なあなあ真ちゃん、後でパス練しよーぜ」
「…まあ、構わないが」






//有海
∴ハローワールド!
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -