青黒 | ナノ


今にも零れ落ちそうになる涙を鼻をすすることでなんとか止めた少年は、抱えたバスケットボールをゴールに向かって放った。綺麗な弧を描いたそれはしかしガツン、と嫌な音を立てて結局ネットを揺らすことはない。止めたはずの涙がまた零れそうになる。
(才能ないんだからさっさとバスケ辞めろよ。)
(お前がどんだけ周りの足を引っ張ってるか理解しろよ。)
部活後に掛けられた、心を抉った声が、言葉が鼓膜を揺らした。
少年は中学一年生。中学ではバスケットボール部に所属している。全国でも有数の強豪校であるそこには所謂「強い」と評される人間が沢山いた。かなしいかな、少年は強いと評される側の人間ではなかったが、そんなひとたちの傍でバスケが出来ることが嬉しかったし、楽しかった。チームメイト、特にレギュラーたちはみんな気さくで優しく、しかし練習や試合では一切手を抜かない、いつでも真剣にバスケに取り組んでいるひとばかりで、少年は密かにそんな彼らに憧れてもいたし尊敬もしている。
少年はどうにかして憧れに近付きたくて毎日毎日必死に練習をした。誰よりも早く体育館にきて、誰よりも残って練習をする。休みの日の練習もかかさない。そんな少年の頑張りを知っているのか、少年は強豪校と言われるこの中学の中でもトップに君臨するレギュラーたちから一等可愛がられる存在になっていた。同じコートには立てない、けれども立とうと努力することは出来る。少年はよりいっそう練習に取り組んだ。少しでも近付けるように、いつか同じ場所に立つために。
しかし、現実は残酷である。確かに少年は誰より真面目に練習に取り組んでいる。だから着実に力は付いている。でも、それは少年に限った話ではない。更に言うなら少年のように真面目に努力を重ねていかなくとも、軽々少年の上をいく人間とはいるものだ。それがレギュラー候補たちだった。
レギュラー候補たちはその名の通りレギュラーにあと一歩届かない人間のことである。レギュラー候補とレギュラーの間には歴然とした差があったため、レギュラー候補たちがレギュラーになることは殆どない。努力しなくてもうまくなる。でも努力してもレギュラーにはなれない。どんなに頑張ったって結局勝者だけが上に上がるシステムだ。悔しがったって悲しんだって苦しんだって、理想は所詮理想でしかないように、夢は夢でしかないように、勝者にならなければ上にはいけない。そういう意味では、レギュラー「候補」たちは敗者だった。
そうして、彼らのやり場のないフラストレーションが尊敬と一抹の憎しみを向けるレギュラーたちから何故か可愛がられている少年へと向かう。大してうまくもないくせにレギュラーたちから可愛がられる少年は、レギュラー候補たちから見れば気に食わない以外の何ものでもなかった。八つ当たりかもしれない。恐らく、そうなのだろう。けれど、彼らはまだ中学生だ。現実を受け入れ溜息を飲み込んで生きていけるほど、まだ大人ではない。
もう一度放ったシュートは、また嫌な音を立ててネットを揺らすことはない。シュートが入るのは五回に一回。ドリブルだって他者と比べたらまだまだ遅いし、パスの精度だって全然良くない。じわり、と視界が歪む。
自分だって頑張っている。言い訳に聞こえるかもしれないが、毎日毎日血反吐を吐くくらい練習をしているつもりだ。それでもどうにもならないことだって世の中にはある。それを嘲笑われたら、自分は一体どうすればいい。これ以上どうしたらいい。レギュラー候補たちが言うように確かに自分には才能なんてものはない。足を引っ張っているという自覚だってある。それでも好きだから、バスケが大好きだから、今まで続けてこれた。でも、もう無理かもしれない、と少年は思う。だったら少しでも傷が浅いうちに、まだ傷が小さいうちに、辞めてしまった方が。
ゴール下に落ちたボールを、少年は広いに行かなかった。足元を見つめて唇をきつく噛み締める。泣くな、泣くな、泣くな。男なんだろう?
――だから少年は気付かなかった。ころころと転がるボールを、一人の青年が持ち上げたことに。
「……悠斗くん」
「……っ?!」
呼ばれたのは自分の名前だった。おかしい、今日はたった一人でこの場に来たはずだ。名前を知っている人間はいないのに。恐る恐る少年は顔を上げる。
「せ、せんせい?!」
「はい」
ボールを持って立っているのは、少年の学校に教育実習に来ている男だった。アイスブルーの髪が夕焼けに溶け込んで、幻想的な世界を生み出している。夕焼けの中に消えてしまいそうだとも思う。
男の名前は黒子テツヤ。少年のクラスの国語を担当し、一時的ではあるがバスケ部のコーチもしている。聞いたところによると、十数年前に少年の中学にいた十年に一度の天才集団(キセキの世代と呼ばれていた、と少年は知らなかった)のメンバーの一人であり、高校ではウィンターカップやインターハイでの優勝経験があるらしい。所謂「勝者」の部類に入る男だ。
それでも彼がチームメイトやクラスメイトから妬みを受けたり嫌われたりすることはなかった。実力があるからというだけではなく、その柔らかな物腰や時折見せる優しさ、誰に対しても分け隔てなく接する公平さが多感な時期の中学生たちの心にするりと溶け込んだのだ。今では「テツヤ先生」と呼ばれ、親しまれている。
かくいう少年も黒子が大好きな一人だった。黒子は優しい。その優しさは決して甘やかすだけのものではなくて、そっと背中を押してくれる強さを持ったものだ。そんな優しさを持ったひとを、少年は他に知らない。
「休みの日も練習ですか?」
「う、うん!シュート練習してたんだ。体育館は第四土曜日だから遅くまで使えなくて…ここなら誰にも見つからないって、思って…でも先生に見付かっちゃったなあ」
黒子の柔らかな表情を見て、また浮かびそうになる涙を何とか押し止めようとする。大好きなひとに格好悪い姿は見せたくない。ましてや、泣いている姿なんて。
黒子はそうですか、とそれだけ言って、持っていたボールをゴールに放った。ガツンと嫌な音がして、ボールはネットをくぐらない。
え、先生がシュートを外した?と呆気に取られている少年に黒子は苦笑してみせる。少年が初めて見る表情だった。ボク、シュート苦手なんです。一緒に練習してもいいですか?

◇◆◇

ひとしきり練習を終えた後、少年と黒子はコートに備え付けられたベンチに座り、心地好い疲労感に身を委ねていた。少年はいまだ興奮冷めやらぬといった体でボールを世話しなくいじっている。
「あのね、オレ、先生がシュート苦手だって知らなかった…ドリブルも、そんなに早くないし…あっえっと別にけなしてるわけじゃなくて!ええと、だから、あの」
「分かっていますよ。大丈夫です」
黒子の男にしては小さな掌が、落ち着かせるように少年の頭を撫でる。少年はそこで漸く黙って、少しだけ高い位置にある無表情な顔を見つめた。
「ボクはちょっと他のひととは違うプレースタイルなので。もしかしたらシュートもドリブルも悠斗くんたちのほうが遥かにうまいかもしれませんね。総合的にみても、もしかしたら」
「っ、で、でも!先生のパスはすごかった!あんなの真似出来ないよ!かっこよかった!」
「……ありがとうございます。ボク、パスは得意中の得意なんです」
そういって少しだけ誇らし気に笑った黒子の顔を見て、少年もつられて笑う。まるで子供みたいだ。
「それで、悠斗くん」
「なあに、先生!」
「何かあったんですか?随分と辛そうな顔をしていたので」
「……え」
まさか、見られていたのか。あの姿を。興奮で上がっていた体温が一気に下がったような感覚に、少年は眩暈を覚える。見られたくなかったなあ、と喉の奥で転がしてみても、過去は巻戻らない。
恐る恐る見上げた黒子の顔は何時もの無表情だった。でもその無表情の中に気遣わし気な色を読み取る。ああ、先生は何時だって優しい。
黒子になら話をしてもいいかもしれない、そう思った少年はけれどもやっぱり目をまともに見返すことが出来なくて、下を向いたままぽつりぽつりと黒子が来るまで考えていたことを話し出す。
少年が話終わるまで黒子は黙って聞いていた。一言も口を挟むことはなく、逆にその静寂が少年を饒舌にした。もうどうしたらいいのかも分からない、辞めてしまった方が楽になるのかも。震える声で付け足された言葉にゆっくりと黒子が口を開く。
「昔、ボクにも悠斗くんと同じことを考えていたことがあります」
「え、先生が?!」
「はい。苦しくてどうしたらいいのかも分からなくて、バスケを嫌いになったこともあります」
「え、え、だって、先生は天才さんたちの一人で、インターハイとかでも優勝してて…そんな、嫌いになるなんて…」
少年の問いに黒子は微笑んで、何も言わなかった。
「でもやめられなかった。結局嫌いになったといったって、本気で嫌いになれるわけがなかったんです。どうやってもボクはバスケが好きでした。諦められなかった。往生際が悪い、とも言うかもしれませんね。……悠斗くん、ボクの周りには沢山の天才と呼ばれるひとたちがいました。そのひとたちがボクはいつでも眩しかった。眩しすぎて直視できないほどのそれはボクを苛んで……でも。バスケをやめよう、捨ててしまおうと思ったときに、ボクの足を止めたのもその眩しすぎるほどの光だったんです。彼らは天才でした。でも、それで満足するようなひとたちではなかった」
黒子は少年から視線を外して、夕焼けを見上げた。遥か彼方まで見透かすような仕種である。
少年は何を言ったらいいのか分からなくて、でも何か言いたくて、慰めのように口を何度かぱくぱくさせて結局黙った。
少年にとって黒子は大好きでたまらない先生ではあったけれど、どこか同じ人間ではないと思っている節がある。天才の一人と呼ばれ、インターハイやウィンターカップで優勝経験のある黒子を自分と同じ人間ではなく、ともすれば宇宙人か何かだと。だから挫折や苦悩なんて汚いどろどろとしたものとは無縁だったのだと勝手に思っていた。
――でも、そうじゃなかった。
嫌いになったことがあると、やめようとしたことがあると、そう言って黒子は笑った。少年と同じように。いや、もしかしたら少年なんかよりも遥かに強い気持ちで思ったのかもしれない。そうしてなお、その場に立ち続けていられるだけ強さが、きらきらと光って眩しかった。
「努力したって報われないことの方が沢山あります。どんなに頑張ったって追い付けないものの方がきっと多い。ボクもそうでした。でも、だからって努力が無駄だとは思いません。努力することが偉いとか、そんなことを言うつもりもありませんが…努力は尊いと思っています。形がなんであれ、報われなくても追い付けなくても」
「……そうかな」
「ええ。ボクは天才と呼ばれながらそれに満足せず、努力し続けるような、そんなひとたちを知っています。彼らはバスケ馬鹿でした。でも、決して愚かではありませんでした。努力を尊べるひとたちです。結局、努力を最後まで尊べるひとが強くなれるのではないかと、ボクは思います」
そこまで言って、黒子は少年の頭を撫でた。我が子の頭を撫でる母親のように慈愛に満ちた掌に、少年は思わず目を細める。
「悠斗くん、きみは努力を尊べるひとです。ボクはそんなきみがバスケをやめてしまうのが――それがきみの選択なら止めませんが――残念だなあ、と思います。勿体ないなとも」
「……うん。本当はオレ、やめたくないんだ。だって、だって、オレ、」
「はい。嫌ですよね、負けるのは。ボクも、負けるのは大嫌いです」
本当は。少年にもよく分かっていたのだ。どうしたらいいのかわからないと言いながら、やめてしまった方がいいのかと思いながら、本当はどうしたらいいのかなんて分かっていたし、やめたくないんだということもちゃあんと理解していた。ただ、言って欲しかっただけなのだ。誰かに「きみの努力は間違っていない」と。
少年はバスケが好きだ。今まで生きてきた中で一番好きなスポーツだし、この先バスケ以上に好きになれるスポーツもきっと出て来ないだろう。そんなバスケを簡単に諦めたくなかった。そんな、誰かに言われたからって。好きなものを諦めるのは、苦しい。それを少年はよく知っている。
「きっときみはうまくなりますよ。彼らと同じ瞳をしていますから」
「彼ら?」
黒子眩しそうな顔をしてそれが誰かを言わなかった。
けれど、少年の目には確かに映る。黒子の空色の瞳に沢山の色が浮かんだのを。青色、黄色、緑色、赤色、紫色、桃色、その他沢山の色が、まるで空を飛ぶ風船のように空色の中を泳ぐ。

――先生は、空みたいだ。

オレ、まだまだ頑張るよ。頑張りたいって、思うんだ。
鮮やかな様々な色が浮かぶ瞳を見ながら少年がそう言うと、黒子は今度こそ嬉しそうに、笑った。
「せん、」
「おいテツてめ、こんなとこに居やがって!」
不意に聞こえてきた声に少年はびくり、と大袈裟に体を震わせた。対して黒子は大した驚きも見せず、何時もの無表情振り返る。
「青峰くん、あまり大きな声を出さないでください」
「はぁ!?テメーが家に居ないのが悪いんだろ!」
「ボク、合鍵渡してますよね?勝手に入っていればいいじゃないですか」
「テツがいない部屋で何をしろと。空港にも出迎えないしよ」
「教育実習でそんな暇ないって言いましたよね」
当たり前の様にそこにいて黒子と会話をしているのは、今やNBAで活躍しているプロバスケットボールプレイヤーの青峰大輝だった。少年もテレビ(しかも大体深夜の放送なので録画)でしか見たことのない、超有名人である。勿論少年の憧れている選手の一人だ(本当は海外で活躍中の火神大我の方が好きだったりするのだが、空気を読んで黙っていた)。そんな人間が目の前にいる。あまりの出来事に脳内処理が追い付かない。
「つーかテツ、こいつ誰」
「ボクの大事な生徒を指差さないでください。教育実習先の生徒ですよ」
「へえ…おいチビ」
「えっ?!あっはい!?」
「お前バスケすんの」
「っ、します!します!」
憧れの男から話し掛けられ一瞬にして少年の頭の中が真っ白になる。
やばいどうしようオレ青峰選手と喋ってる…!
手をわたわたと動かして慌てぶりをはっきり表現する少年に、青峰は少しだけ面白そうに笑って、バスケすっか!と足元に落ちていたボールを拾って少年に放る。え、と少年が反射的にボールを受け取る頃には、青峰は既にゴールの下にいた。
「え?え?」
「青峰くんは悠斗くんとバスケをしたいそうですよ。彼、構ってあげないと拗ねますから、良かったら相手してあげてください」
「で、でも、」
「逃げるのは、嫌でしょう?」
卑怯だ、と少年は思う。そんなことを言われたら逃げられない。逃げるのは、一番、嫌いだ。たとえその相手が誰であっても。少年は小さく握り拳を作ると、こくりと頷く。黒子がまた頭を撫でた。
「おいチビ早くしろ!」
「い、今行きます!あとオレはチビじゃなくて悠斗です!」
おっかなびっくり、それでも確かに青峰に傍に向かおうとする少年を黒子は呼び止める。不思議そうに振り返った少年の耳元で黒子は何事か小さく囁いた。それを見て青峰がまた大きな声でテツ!と今度は黒子の名前を呼ぶ。


◇◆◇


その日の帝光中学体育館は異様な熱気を帯びていた。普段はバスケ部しか使用しないそこは、今日に限って沢山のギャラリーで溢れている。
「わー!また黄瀬がまたダンク決めたよおい!」
それもその筈。今日は世界で活躍中の俗にいうキセキの世代と呼ばれていた人間たちが皆OB訪問として練習に参加しているからだ。モデルとしても活躍中の黄瀬涼太をはじめ、緑間真太郎、紫原敦、赤司征十郎、忘れてならない青峰大輝たちが来るとあっては皆が浮足立つのも当然だろう。
そんな熱気溢れる体育館の入口付近で少年は流れる汗を拭っていた。やっぱり青峰さんたちはすごい。
「おいチビなにサボってんだ」
「ひっ!?さ、サボってないですすいませんキャプテン?!って青峰さん!?」
「あっははは!いつの時代もキャプテンは怖いのな」
「え、あ、いやあ…」
先日の邂逅から少年と青峰はすっかり仲良くなっていた。元から波長があったのかもしれない。少年はタオルでごしごしと擦りながらちらりと横目で青峰を窺う。青峰は入口の扉に寄り掛かりながら興味深そうに他のメンバーを眺めていた。少しだけ口角が上がっているのが分かる。
「そーいやチビ、お前まじでシュート入んねーな」
「うっ……それは……」
「ちょっとフォーム変えてやってみ。そう、足をもっと前に…腕をもう少し曲げて…で、投げる」
少年はわけが分からないながら青峰に言われたままにボールをゴールに向かって放り投げた。ボールは綺麗な弧を描いてゴールネットを揺らす。
「やっぱな。なんか変だと思ってたんだよ。あー、すっきりした」
「は、入った!入りましたよ青峰さん!」
「おー。ハイタッチするかハイタッチ」
「します!わーい!」
嬉しさを押し隠そうともしないでぴょんぴょん飛び跳ねて青峰とハイタッチを交わす少年に、青峰も頬を緩める。感謝されて悪い気はしないし、何よりバスケを楽しむ人間が増えるのはいいことだ。将来的に自分のライバルになるかもしれない。そういうのを未来への投資って言うんですよ、と黒子が言っていたのを思い出す。
「おいチビ、ちょっと手ぇ見せてみ」
「手?はい」
そう言われて少年は手を差し出した。その手を青峰はしげしげと見つめる。中学生にしては豆だらけの、骨張った小さな掌。
「なかなかいい手してんな」
「え、そうですか」
「ああ。オレの好きな手だ。努力家の手だな。こういう手の奴を、俺は知ってる」
少年は暫く考えこんだあと、じぃっと青峰を見つめた。
「……先生のことですか?」
「っは?」
「え、違うんですか?」
「……なんでテツのことだって思うんだよ」
「だって青峰さん、先生が青峰さんの話をするときとおんなじ顔をしてたから…」
「……んだよ、それ……っ」
あの日、初めて青峰と少年が出会った日。青峰の元へ走り寄る少年の耳元に黒子は囁いた。まるで眩しくてたまらない、愛しくてたまらないといった表情で。

(悠斗くんの瞳は青峰くんに一番よく似ています。バスケが大好きで堪らないひとの瞳です。だからきっとうまく、強くなりますよ)

その時の表情と少年の掌を見つめる青峰の表情があまりによく似ていたので、きっとそうだと思ったのだが違ったろうか。不思議そうに首を傾げる少年をよそに、青峰は恥ずかしそうに、けれど少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「おーい悠斗!パス練するぞー!」
「あ、はいキャプテン!今行きます!」
キャプテンに呼ばれた、とタオルを放り投げて慌てて走り出す少年を、青峰は呼び止めた。そうして眩しそうに目を細めたまま言葉を放りなげる。
「おいチビ!バスケは好きか?」
――青峰の脳裏に今も蘇る光景があった。夏の日、体育館。思い出の中の少年が笑う。
――おい、テツ。バスケは好きか?
「はい!大好きです!」
――はい、大好きです。青峰くんは?
「……ああ、俺も好きだ」
最後、ぽつりと呟かれた言葉は少年に届かなかったらしい。そのまま走って仲間の元へ行ってしまう。
そんな少年の後ろ姿を暫く見つめた後、青峰も後を追って仲間の元へ向かった。黄瀬が久しぶりに3on3しよ、青峰っち!と声を掛ける。しゃーねぇなあ、と怠そうにそれでも楽しそうに返した青峰は黒子の腕を引き寄せる。
「ならテツは俺と同じチームな!」
「勝手に決めないでくれるかな、大輝」
赤司が口を挟んでも青峰は意見を曲げる気がないらしい。腕を掴んで離さない。
そんな青峰の横顔をそうですよ、青峰くんと窘めつつ眺めながら黒子は小さく、楽しそうに笑った。



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