――夢を見た。
一面雪景色の中に、月子はぼんやりとする頭を持て余しながら一人、ぽつねんと立っていた。周囲からは何も聞こえて来ない。雪が全てを吸い込んでしまったのか、月子が立っている場所だけが、世界から隔離されたように静かで。
「  ちゃん」
――不意に、懐かしい音が聞こえた。それはとうの昔に捨て去った筈の、今となっては誰にも呼ばれない筈の、名前だった。振り返ってみると、眩しい黄金色が目に飛び込んでくる。その色が何時だって羨ましかった。太陽の色、冬を吹き飛ばす、色。彼女は月子が暮らしていた小さい村の中でも一等仲の良かった少女だった。名前は何だったか、今ではもう思い出せなかったけれど(だって、もう、いないから)。  ちゃん、もう一度懐かしい呼び名で呼ばれる。何と返事をしたらいいのか分からず首を傾げていると、何で泣いているの?と今にも泣き出しそうな声音で問い掛けられた。泣いていない、と反論しようとして漸く自分が泣いていることに、気が付く。
「わたし、どうして、」
少女は何も言わず、ただ淋しそうに笑った。本当は全て知っているんでしょう、そう言うように。その言葉の温度に触れたくなくて、思わず少女の頬に手を伸ばしてみる。何を期待したわけでもなかった。ただ、この原因の分からない恐怖から逃げ出したかったのだ。しかし。
「……え?」
そっと触れた筈の柔らかな頬は、月子が触れた瞬間音もなく雪に変わる。さらさらと空気中に舞い散る欠片が綺麗で。そういえば雪は六花とも言うんだったと、何故だか思い出した。
「月子」
優しい声がした。けれども月子は振り返ることが出来なかった。何より、誰より愛しい存在と分かっていたから、もしもこの冷たいだけの掌で触れた瞬間に、彼が雪になってしまったらどうしようかと、半ば本気で思えてしまったから。(雪が溶けて、春が来る。その時わたしは変わらずに彼の傍に居られるのだろう、か)





――目が覚めた。
忌まわしいだけの、他を傷付けることしか知らない掌を誰かが握っていた。春の温もりのような体温。それが傍に在るだけで強くなれる気がした、たとえ傍になくとも、温度さえ覚えていられれば、幸せであれるような気さえ、した。罪業の証が刻まれたこの掌を、まだ好きだと、愛おしいと言ってくれる人がいる。それがどれだけ嬉しいことなのか、きっと誰も知らない。
「おはよう、月子。体調はもういいか?熱は…下がったみたいだな。良かった!」
「翼くん…ずっと此処に居てくれたの?」
「当たり前だろ。月子を残して何処にもいかないよ…あ、そうだ、月子、見て見て!」
ずいっと翼が差し出してきたのはよく分からない機械だった。しかし、月子はその機械を知っていた。何時だって隣で見てきた。誰の手も借りずに、たった一人で頑張ってきていたのを、知っている。その姿がいつも眩しかった、羨ましいとすら思っていた。それは月子が持たないものだったから。
「これできっと世界に春がくるよ。月子が悲しむ必要なんてなくなるんだ。大丈夫、これからもずっと一緒だぞ」
耳朶に囁かれる声は温かだった。どう返事をしたらいいのか分からなくて月子は何度も何度も頷く。長いこと忘れていた感情を思い出すことが出来たような気がした。
「……そういえば、星月先生は?」
「ぬ?大分前に薬草を採りに行くっていってたけど…」
「よくも此処まで逃げおおせたな。どうして不知火団長や青空副団長がお前たちに手を貸すのか理解に苦しむよ」
「…誰だよ、お前」
眼前の男は凄惨な笑みで笑う。最早正気とは思えない笑い方だった。男の足元は無造作に何かが転がされている。よく見た空色の髪の毛。逃げろ、声もなく呟かれた言葉を、月子と翼は確かに聞いた。









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