きくろ? | ナノ


※キセキ世代=25歳
※※青桃要素有り


黄瀬はまるで眩しい何かを見るような表情をして、おめでとうございますと口許を綻ばせた。その顔を見て、向かい合って座っている桃井が破顔する。隣に並ぶ青峰は相変わらず面倒くさそうだったが、少しだけ嬉しそうに見えたのは多分きっと恐らく間違いじゃない。
黄瀬が青峰から桃井と結婚することになったとメールを貰ったのは、もう二ヶ月も前のことだ。本当は直接報告を受けたかったが、その頃青峰は活動の本拠地であるアメリカにいたし(勿論桃井も同行していた)、黄瀬は幼少から続けている芸能活動により多くの時間を割かなければならなくなっていたため、願いが叶うことはなかった。それでもまだ連絡がきただけマシなのだろう、以前の青峰ならば連絡を寄越すことすらなかった筈だ。随分と丸くなったものだと、思う。牙の取れた獣か、と知られたら殺されそうなことを考えながら黄瀬はアイスティーに手を伸ばす。
「やっときーちゃんに報告出来てよかったあ…!きーちゃん、時間がなかなか合わないから」
「すいませんっス。最近仕事が忙しくて」
「この間発売した雑誌、見たよ。表紙だったね!かっこよかった!」
「ありがとう」
確固たる何かがあって始めたわけではないモデルの仕事も、今はもう自分を構成する大切な要素の一つと成り果てた。苦しいこともどうにもならないことも沢山あるが、それを差し引いてもやり甲斐のある仕事である。それにこうして知人の目に止まるのはやっぱり、嬉しいことである。
何とは無しに、何も言わずアイスコーヒーをずるずるとすする青峰の左手薬指に光を浴びてきらきらと輝く指輪を見付けて、黄瀬は微笑ましい気持ちと同時に今にも吐きそうになるほどの気持ち悪さを瞬時に覚えた。理由は分かっている。羨ましいからだ。
「……指輪、素敵っスね」
「あ?」
「大ちゃん!もう…。ありがとう、きーちゃん。青峰くんが選んでくれたんだよ」
「青峰っちが?」
「んだよ、悪ぃか」
青峰が選んだと聞いて少なからず黄瀬は驚いた。そういったこととはまるで無縁みたいな顔をしているのに、決めるときはきっちり決めるらしい。好きな男が選んだ指輪を通すだなんて、どれだけの幸福なのだろう、と思う。桃井の笑顔は色鮮やかな幸福に彩られている。幸福そうに笑う女ほど美しいものはない。
「よく見せてもらっていいっスか?」
「いいよ。はい、どうぞ」
はい、と黄瀬の前に指輪を嵌めた雪のように白い手が差し出された。斜め前から刺すように睨んでくる視線に若干びくつきながらも、手に誤って触れないように細心の注意を払いながら見つめる。指輪。リング。将来を約束するもの。相手の過去も未来も拘束し、自分のものだと支配するもの。
あのひとの心臓に繋がる血管が通っている指を拘束出来たらどれだけいいだろう。あのひとの過去も現在も未来さえも全て自分のものにしてしまえたら。名を呼ぶ声も、こちらを見る視線も、柔らかい掌も、駆け出す足も、全て縛り付けて自分のものにできたら。お世辞にも、もう純粋とは言えなくなった気持ちを抱えながら黄瀬は生きている。
――嗚呼、羨ましい。
「きーちゃんはさ、」
指輪をしげしげと眺めていた黄瀬に桃井が楽しそうに声を掛けた。そういうひと、いないの?
「え、あ、」
心臓が一つ跳ねた。僅かに動揺した黄瀬を青峰の鋭利な刃物のような瞳が捕らえる。
黄瀬には明確な好意を、そういう意味で抱いている人間がこの世にただ一人だけいる。中学生だったあの日々から連綿と続く想いは誰にも知られてはいけない感情だった。知られたら最後、もう二度とその人間の傍にはきっといられない。相手を好きだ、愛しい、自分のものにしてしまいたいと願うのと同じ強さで、どうか知られてしまいませんようにと祈っている。
それにしても、と黄瀬は曖昧な笑みでごまかしつつ温くなったアイスティーを口にした。青峰のその視線は、まるで全てを知っていると言わんばかりのものである。話したことなどなかったが、本能で生きているような人間にはもしかしたらまるわかりなのかもしれない。そうではないとしたら、青峰も同じような気持ちを抱いたことがあるのかと考えて、いや、それはないだろうと頭を振る。自分を基準に考えてはいけない。海外では認められ始めた感情とはいえ、日本ではまだまだ異端視される感情だ。皆が皆、一度はそんな気持ちを抱いたことがあるかもしれないなんて都合のいいことなど考えてはならない。皆が皆、一度は抱く感情だったらどんなによかったろう。
「もうきーちゃん!ごまかさないでよー!」
「ごまかしてないっス!ただ、どう言ったもんかなと」
「え、それじゃあ」
今も鮮明に蘇る記憶がある。他のひとがなんと言おうと、ボクはきみとバスケが出来て幸せですよ。何時ものように無表情で謡うように告げた唇が、黄瀬の目には確かに微笑んでいるように見えた。
そのひとは言葉を偽らない。だから無条件に信じていられる。――いや、もしかしたら自分は信じていたいと思っているだけなのかもしれない、と黄瀬は瞼を下ろした。だって別に裏切られたって構わないとも思っているのだから。
しあわせだと言ってくれた。自分とするバスケは楽しいと言ってくれた。それがどれだけ魔法みたいな言葉なのかそのひとは理解していないだろう。一生掛かってもきっとわからない。でも、それでも。
「一途で頑固で真面目で、一度これと決めたら、絶対譲らない芯の強さを持ってる、決してひとを馬鹿にしたりしない、優しくて強いひとっス……あんまりに片思いが長すぎて、これが恋なのかもよくわかんなくなっちまったスけど。ただわかるのは、そのひとはオレじゃない誰かを好きになるってことだけ」
ずっと、いつも誰より努力している姿を見てきた。ボロボロになっても、これでもかって傷付いても、何度も立ち上がるその姿に憧れていた。眩しかった、目が眩むほどに。だから傍にいて力になりたいと思っていた。
――今でも、これっぽっちも変わることなく、そう、思っている。
「きーちゃ、」
「さつき」
桃井の言葉を遮ったのは青峰の鋭い言葉だった。もういいだろ、吐き捨てるように言われた言葉になんで!?と噛み付くも無視される。
「今日、式場見に行くんだろ。もう行くぞ」
「あ、そうだったんスね。ごめんね、時間取らせて」
「ううん、きーちゃんが謝ることじゃ、ていうか大ちゃんがいきなり」
「さつきは先車行ってろ」
「ちょっと、大ちゃん、ひとのはなしを、」
「いいから!」
「……っ!」
青峰の大きな声に、びくりと桃井は体を竦めると、少しだけ困った顔をしてまたね、と手を振って喫茶店を出て行った。桃井には申し訳ないが、そうしてくれて少しほっとしている。これ以上話したら何を言ってしまうかわからない。優しい彼女のことだからきっと理解しようと努めてくれるだろう。しかしその【理解しようと努める】ことも黄瀬にとっては凶器だった。相手が違ったら何でもなく祝福してもらえるのだと思うと余計に。
目の前に座った青峰は暫く黙っていたが、鋭利な刃物を思わせる瞳をのろのろと黄瀬に向けた。浮かんでいる光は心配か?わからない、わかりたくない。
「黄瀬、まだ引きずってんのか」
「どういう意味っスか」
「まだ、アイツが好きなままか」
「……オレ、青峰っちに話したっけ?」
「してねぇ、でも見てりゃわかる」
お前のアイツを見る目は、友人を見る目じゃない。ただの男の目だよ。
案外よく見ているなあ、と苦笑しながらもうとうに空になったアイスティーを啜る。溶けた氷の僅かな残りが気持ち悪さだけを喉に残す。
好きでいる期間が長すぎて、どうやったら嫌いになれるかがわからない。嫌いはおろか無関心にすらなれない。本当にちゃあんと好きになったのは【彼】が初めてだったから、もしかしたら黄瀬は他の誰もを好きになれないのだろうか。厄介なのは、そうなった自分を嫌だとは思えないことなのだ。
「……黄瀬」
「……………ありがとう、青峰っち。青峰っちが心配してくれてるの、とっても有り難いっス。そういう友人がいること、なんて素晴らしいんだろうとも思う。でもきっとオレはずっと、多分死ぬまで彼が、黒子っちが好きなままだと思うんス。今更変えられない。もう、黒子っちを好きであることはオレという人間を構成する大切な要素の一つになっちゃった。それをやめるってことは、オレがオレじゃなくなることと一緒」
青峰は何も言わない。肯定することもなかったけれど、否定することもない彼は多分、優しい。
「……黒子っちを愛していたいと思うことも、オレがそう思って生きることも、許してほしい」
青峰はそうか、と言ってそれきり何も言わない。そうっスよ、と黄瀬は言って窓ガラスの向こう側を見た。向こう側、停められたダークブルーの車の中で桃井が心配そうな顔をしながら手を振っている。優しいなあ、とまた黄瀬は思って、小さく手を振り返した。桃井の薬指がきらりと光った。





//有海
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